Chapter 7. True Eyes (真実の目) 3
四人は連れ立って、トゥルー・アイズの案内する店へと向かった。店内では、よく肥えた男が三人の先住民相手にまくしたてているところだった。
「馬鹿野郎。これっぽっちの毛皮で、そんな金額が出せるかよ! せめて、あと五枚だ」
事情を察したらしいトゥルー・アイズが、すぐさま進み出る。
「相場はこのぐらいだ。むしろ、毛皮が多すぎるぐらいだろう」
「なんだあ、お前……?」
トゥルー・アイズの堂々とした話しぶりに、男は眉をひそめた。
先住民たちがトゥルー・アイズに向かって、助けを請うようにわあわあと何事かを訴え始めた。
一通り聞き終えた後、トゥルー・アイズは男に向き直る。
「平等な取引ができぬというのなら、ここで商売はしない方が良い」
「ちっ。困るのはお前たちだ。誰が、ここの出資者だと思っている」
「――何?」
鼻白んだトゥルー・アイズの前に、フェリックスが立った。
「おいおい、穏やかにいこうぜ。ここの出資者は少なくとも、あんたじゃないだろ? フランクリンだろ」
「前はな。今は、このわし……ゴードンのものだ」
沈黙が降り、ゴードンは踵を返して店の奥に行ってしまった。
「……出資者があいつになったなら、他の店も高騰しているかもしれない。確かめてみよう」
トゥルー・アイズは悔しげに唇を噛み、店を出ていってしまった。
古ぼけた天幕を通り過ぎるときに、トゥルー・アイズはふと足を止めた。
「これは……」
「どうしたんだ?」
「見ろ、この店の名前を」
“フランクリンの交換所”とあり、それを見てフェリックスも青ざめて天幕に入っていく。ルースとジョナサンも慌てて続いた。
「おや、やあ。フェリックスにトゥルー・アイズじゃないか。久しぶり」
ひょろりとした長躯の青年は入ってきた二人を見て、目を丸くした。
「フランクリン。いつもの店はどうしたんだ」
「ああ。――取られたんだよ。ゴードンて奴に」
二人揃って顔を見合わせる。
「外装も内装も違ってたからわからなかったけど、お前の店だったのか! 何で取られたんだ?」
「ポーカーで、こっぴどく負けてさあ」
「まさか。負けなしポーカーで有名なお前が?」
フェリックスがあんぐり口を開け、フランクリンは大きなため息をついた。
「俺も油断してたよ。ゴードンは、元々ぼったくりで有名な商人でさ。ポーカーは、すごく弱いって噂だったんだ。でも――どこで鍛えたのやら、この俺が負かされちまったよ」
「それで出資者の座を明け渡したというのか?」
トゥルー・アイズがつかみかからんばかりに近づくと、フランクリンは身を引いて力なく笑った。
「ああ――。情けないことだけど。全財産賭けちまったんだから、仕方ない」
「あんな男が出資者になったら……この交易所は終わりだ」
トゥルー・アイズはうなだれたが、すぐに顔を上げた。
「フェリックス。こうなったら、お前がポーカーで取り戻せ」
「え? 俺?」
いきなり話を振られたフェリックスは、引きつったような笑みを浮かべる。
「師に教わったと言っていただろう」
「そうだ、お前なら奴に勝てるかもしれない!」
フランクリンも、トゥルー・アイズに加わってフェリックスを煽ろうとした。
「うーん。まあ、自慢じゃないが結構強い方だけど。ちょっと待ってくれ、二人共」
フェリックスは興奮した二人を落ち着かせるように、手で制してから言った。
「フランクリンでも勝てなかったゴードンは、いきなり強くなったんだよな? 多分、裏があるぞ」
「裏だと?」
トゥルー・アイズが、眉をひそめる。
「ああ。その“裏”を突き止めない限り、おそらく俺も勝てないだろう」
フェリックスが言い切ると、沈黙が流れた。
「どうやって突き止めるか、だが……。トゥルー、あいつに何か感じなかったか?」
「そういえば……微かな違和感を」
そこで、トゥルー・アイズはハッとする。
「
「ああ、俺たちで言うところの……悪魔の気配だ」
頷き合う二人を見て、ルースとジョナサンは同時に首を傾げたのだった。
そろそろ昼食の時間だというので、簡素な作りの食堂に入って食事を取ることにした。
「トゥルー・アイズさんも、悪魔が見えるの?」
ジョナサンの質問に、トゥルー・アイズは眉を上げた。
「だから
添えられたフェリックスの説明に、ルースもジョナサンもきょとんとしてしまった。
「シャーマンって……」
「精霊と交信する役目を持つ、巫者だ」
きっぱりとトゥルー・アイズが答え、ルースは納得する。
「レネ族のシャーマンは、代々この名前を継ぐ」
ルースは改めて、言葉を交わすフェリックスとトゥルー・アイズを見つめた。共に悪魔を見抜く力を持っている二人は、互いを兄弟と呼ぶ。
(つまり……うーん、仲間ってことかしらね)
本人たちに聞いてみればわかる話だが、問う気になれなかった。
「だが、うっすらとした気配だったな。取り憑いているのか?」
「または、悪魔の
「ふむ」
トゥルー・アイズは鼻を鳴らし、堅いパンを口に含んで咀嚼した。
そこでルースは二人の交わしている会話に違和感を覚えたが、先に質問を投じたのはジョナサンだった。
「ねえねえ、フェリックスは悪魔って言ってるけど、トゥルー・アイズさんは悪霊って言ってるよね。同じものなの?」
トゥルー・アイズは一瞬虚を突かれたようだったが、すぐに表情を緩めた。ジョナサンに接するときは普段より表情が和らぐので、どうやら子供好きらしい。
「本質的には同じだな。だが、見え方は違うのだろう」
「見え方?」
「ああ。私はレネ族のシャーマンだ。レネ族の祖先から受け継いだ考え方をし、自然をそのように感じる。だがフェリックスは違う」
そこでフェリックスが口を開いた。
「俺は移民の末裔だからな。どうしても聖書の教えを元に、世界を見てしまうさ。お前たちと同じように」
(そっか。あたしも熱心な信徒とは言えないけど、絶対影響受けてるものね)
だからフェリックスは“悪魔”を見て、トゥルー・アイズは“悪霊”を見る。本来形あるものではないから、そうなるのだろう。
(あたしたちが神は一柱しかいないと当然のように信じているように、トゥルー・アイズさんはレネ族特有の考え方をするのね)
それは、精神に染み込んだものだ。
「じゃあ、本当に悪魔の宝物を使ってるのかどうか確かめるべく、聞き込みといきますか」
フェリックスはあくまで軽い調子は崩さずに伸びをしてから、さっと立ち上がった。
真っ昼間にも関わらず、サルーンには人がごったがえしていた。
何やら呪文めいた言語で叫び、トゥルー・アイズに近寄ってきたのは、先住民の女性だった。
まくしたてられても、トゥルー・アイズは顔色一つ変えずに聞いている。話が終わったのか、女性はホッとしたように息をついてその場から去った。
「何て言ってたんだ?」
フェリックスが尋ねると、トゥルー・アイズは去りゆく女の背中を見送りながら淡々と答えた。
「“悪霊がここにやってきた。早く逃げろ。あんたになら、わかるだろう”と。きっと、あの女もシャーマンなのだろう」
「ゴードンのことを言っているのかねえ」
「さあ、それはわからない」
トゥルー・アイズはきっぱりと言い切り、フェリックスをじろりと見た。
「聞き込みするのだろう」
「ああ、そうだった。いや、お前がいきなり絡まれるから」
二人のやり取りを見て、ルースは本当にきょうだいみたいだと感じる。
きょうだいであるからこそ言える、遠慮の入っていない言葉――自分たちきょうだいが普段使っているものと同質だと感じた。
「お姉ちゃん、聞き込み始まったよ」
ジョナサンに言われて我に帰ると、フェリックスが泥酔一歩手前の男に話しかけているところだった。
「よう、兄さん。酒、もう一杯どうだ?」
「……ん? そりゃあ、もらっても良いがなあ。俺は兄さんってトシじゃないぞ」
がっはは、と笑って男は空っぽのグラスの底でテーブルを叩く。ちょうど良いタイミングで酒を一杯手にしたトゥルー・アイズが、フェリックスの手にグラスを渡す。
「兄さん。ゴードンと勝負したことないかい?」
「ゴードン? あんな化け物と勝負するわけないだろ。全部すっちまうぜ。何せ、一回目で勝負が決まる。ほとんどの場合、一発目から最強の手、ロイヤルストレートフラッシュだぜ?」
「絶対に勝てないってのか?」
「ああ、そうだ。絶対いかさまだと思って、みんな疑って確かめたりもしたんだが、いかさまじゃねえんだよ。誰も突き止められなかった。あいつ、ポーカー以外の勝負は受けないから、そこも怪しいと思うんだがなあ……」
男はフェリックスが差し出したグラスを奪い取るようにして取り、喉に流し込んだ。
フェリックスは肩をすくめて他の客にも聞こうとしたが、その前にトゥルー・アイズが口を開いた。
「今ので充分だろう。そんな運に恵まれすぎた人間が、いるはずない」
「……だな。ゴードンのところに偵察に行きますか」
「ああ。この子供たちは宿に戻すか、それとも……」
そこでルースが口を挟んだ。
「あたしも手伝うわ。でも、ジョナサンは留守番ね。ちょっと、そそっかしいところもあるし」
「お姉ちゃんよりましだもん! 僕が手伝うよ」
ジョナサンはルースに猛反撃して、トゥルー・アイズに向き直った。面白そうに、トゥルー・アイズは笑っている。
「それなら、良い役目がある」
「役目?」
フェリックスは、トゥルー・アイズの言葉に驚いて目を見開いていた。
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