Chapter 6. Loss (喪失) 3



 元々賞金稼ぎは流れ者が多いので、ここに定住している者は少ない。そういった事情もあり、宿屋はどこも混んでいた。


「二軒に分けて泊まることにしましょう。とりあえず、私とフェリックスは分かれるわ。よろしくて?」


 ジェーンの提案に、ウィンドワード一家はためらいがちに頷いた。


「残念ながら、私が泊まってる方は特に治安の悪い地区にある。その分、部屋は余分に空いてるけどね」


「治安が悪いなら、俺たち夫婦とオーウェンにした方が良いんじゃないか」


 アーネストの提案に、ジェーンはにっこり笑った。


「それもそうね。じゃあ、お嬢ちゃんと坊ちゃんは、フェリックスと一緒のところにしましょう」


「はーい!」


「わかったわ」


 嬉しそうなジョナサンに呆れながら、ルースは了承した。


「節約で、お兄さんは私の部屋に泊まっても良いわよ?」


 ジェーンにいきなり誘われ、オーウェンは真っ赤になっていた。


「け、結構だ!」


「あら、つれないわね」


 ジェーンは、あっさり肩をすくめる。どうやら冗談だったらしく、からかわれたとわかったオーウェンは益々赤くなっていた。無論、フェリックスが見逃すはずもない。


「あれー? もしかして兄さん、がっかりしてるー?」


「黙れ!」


 つんつんと頬を指で突かれ、激昂したオーウェンはフェリックスを殴ろうとしたが、あっさりかわされていた。


「もう、止めなさいよ!」


 ルースは一声叫び、ジョナサンの手を取った。


「行くわよ、ジョナサン」


「うん。ね、お姉ちゃん。家族じゃない男の人と女の人が一緒に寝るのは、よろしくないんでしょ? なのに、どうしてジェーンは、ああ言ったの?」


 ジョナサンの質問に、ルースはぎょっとして答えに窮した。


「誰から聞いたの、そんなこと」


「フェリックス」


 本当にろくなことを教えない男だわ、とルースは心中で毒づいた。 




 宿の食堂は混雑していた。屈強な男ばかりが、席に着いている。


 そんな中、入ってきたルースたち三人に否応がなしに視線が注がれる。


(治安が良いって言ってたけど、そうでもなさそうね)


 ジェーンが言っていたのは、あくまで比較してのことなのだろう。他の町だったら、一番治安の悪い地区でもこうはいかないはずだ。


 席に着いて、フェリックスがウェイターを呼ぶ。しばらく来そうにないので、その間に、とルースはフェリックスに尋ねた。


「普段、この町ってこんなに混雑してるの?」


「いや――ジェーン曰く、賞金稼ぎがここに帰ってきてるんだそうだ。よりにもよって、賞金首から喧嘩売られてるんだ。町を守ろうとしてるんだろ」


「……そう」


 ルースは恐ろしかった。これまでも、クルーエル・キッドの噂を聞いていただけに。


「ジェーンさんが、あんたは昔はとんがってたって言ってたけど本当?」


 更に質問を重ねると、フェリックスは何とも微妙な表情になった。


「参ったなあ。ジェーンは、お喋りだ」


「今のあんたからは、想像つかないんだけど?」


「俺も若かったのさ」


 それ以上の追及を避けるかのように、フェリックスは先ほど買った新聞を広げていた。


 ジョナサンがきょとんとして、ルースを見つめる。


 どうも、過去を詮索されたくないらしい。フェリックスが拒絶の態度をはっきりと示すのは、珍しいことだった。


 ルースはため息をつき、話題を逸らすべく、わざと大きな声をあげた。


「ところで、ウェイター遅いわね。どうなってるのかしら」


 呼んでから既に、結構な時間が経過している。


「忙しいんだろうさ」


 フェリックスの言う通り、見ればウェイターはてんてこ舞いだった。普段以上の客入りに、対応できていないのだろう。


「この調子じゃ、食べるまで一時間以上待ちそうだな。他のところに行こう」


「他のところ?」


「一軒、知ってる店があるからさ。ほら立って」


 フェリックスが新聞を畳んでさっさと立ち上がって行ってしまったので、ルースとジョナサンは慌てて彼を追いかけた。




 お世辞にも綺麗とは言えない二人部屋で、ルースとジョナサンはベッドに潜り込んだ。


「おやすみ、ジョナサン」


「おやすみ、お姉ちゃん」


 そうして二人は目を閉じたが――


 散発的な銃声が響き、すぐに目を開いてしまった。


「さっきから、ずっとね。まだ収まってないのかしら」


 銃声は、宿に帰る少し前から響いていた。フェリックスは、小競り合いだろうと言っていたが……。


 もしクルーエル・キッドが外にいたらと思うと、ぞっとする。


「ジョナサン、あんた怖いでしょ。一緒に寝てあげる」


 恩着せがましく言って、ルースはジョナサンのベッドに潜り込んだ。


「ええ? それって、お姉ちゃんが怖いだけでしょ。僕のせいにしないでよ」


「黙らっしゃい。姉の優しさに感謝しなさい」


「また、お姉ちゃんの勝手が出た」


 ぶつぶつ呟くジョナサンを黙らせるように、背中からぎゅうっと抱きしめると、少し恐怖が薄らいだ気がした。ジョナサンも怖かったのは同じだったようで、ホッと息をついている。


 しかし、銃声は止まない。


「眠れないわね」


「うん」


 窓から悪漢が侵入してきたらどうしよう、と要らない想像まで浮かんでくる。


「お姉ちゃん、放して」


 ジョナサンがルースの腕をはがしにかかる。


「何でよ」


「僕、フェリックスの部屋に行く」


「あんた! 姉を置いて行く気!?」


「お姉ちゃんも来れば良いじゃん。僕もお姉ちゃんも銃なんて使えないから、絶対その方が良いよ」


 ジョナサンはルースの腕が緩んだ隙に、一気にベッドから抜け出す。


「待ちなさい!」


 ルースの静止むなしく、薄情な弟は姉を置いて出ていってしまった。


 ルースは悔しさのあまり、しばし転げ回った。


(だからって、あたしまで行くのは……。大体、あっちは一人部屋のはずよ)


 ジョナサン一人なら何とかなるかもしれないが、ルースまで押しかけたらフェリックスも困るだろう。


 されど銃声は止まない。恐怖は去ろうとしない。


(しょうがないわ! 怖いものは怖い!)


 ルースは開き直り、自分とジョナサンの荷物を抱えて部屋を出た。


 ノックしてドアを開け、ルースは早口でまくし立てた。


「フェリックス? ジョナサンが怖くて仕方ないって言うから、あんたの部屋に移動させることにしたわ。でも、あたしも一人じゃさすがに……ね。だから来たけど、床に何か敷いて寝るから気にしないで……」


 そこまで言ったところで、ジョナサンがぽかんと口を開けてこちらを見ていることに気づく。


「フェリックスなら、いないよ?」


「――何で、いないのよ! ったくもう、腹が立つ男ね!」


 気恥ずかしくて思わず罵ってしまったが、いないだけで罵るというのはさすがにひどかったかもしれない。


「どうして、腹が立つんだ?」


 後ろから声がして、ルースは驚きのあまり前に転びそうになってしまった。とっさに、フェリックスがルースの腕をつかんで止める。


「どうしたんだ、二人共」


「お姉ちゃんが銃声怖いって言ったから、こっちに二人で避難して来たんだよ」


「ジョナサン、あんたも怖がってたでしょ!」


 言い合う二人を呆れたように見た後、フェリックスはからから笑った。


「何だ、そういうことか。ああ、あっちはよく聞こえるんだな。こっちは、そうでもないんだ」


「……あら、本当だわ」


 銃声はしているが、さっきの部屋ほどは響いていない。部屋のある位置の問題なのだろう。


「部屋を交換しようか?」


「えっ。それはだめだよ、フェリックス。もし、こっちから悪い人が来たらどうするのさ」


 フェリックスの提案を、ジョナサンが一蹴した。


「――ああ、なるほど。それでは怖がりな二人のために、俺が添い寝してあげよう」


 フェリックスがにやにや笑って、腕を広げた。


「結構よ。あたしは床で眠るから、あんたジョナサンとベッド使って」


「その必要はないって」


 フェリックスが指差した先には、部屋の狭さに似つかわしくないほどの大きさのベッドがあった。


「……一人部屋じゃなかったの?」


「ここしか空いてなかったんだ。まあ良いから寝なさい。俺はちょっと用があるから下に行くけど、ここなら銃声もそこまでひどくないだろう?」


「まあね」


「じゃあ、二人共おやすみ」


 そうして、フェリックスはまた階下に行ってしまった。


「なんだか、気が抜けちゃったわ」


「だねー。僕、こっちで寝るね」


 ジョナサンが端っこを陣取ろうとしたので、ルースはむんずとジョナサンの首根っこをつかんで押しとどめた。


「あたしが端っこ。あんたは、真ん中よ」


「えー」


「えー、じゃないわよ」


 渋るジョナサンを有無を言わさず真ん中に置き、ルースは端っこに転がる。


 緊張がほどけたせいか、ルースはすぐに眠りに落ちた。

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