Chapter 6. Loss (喪失) 2



 ジェーンを目にすると、カウンター向こうのマスターが微笑んだ。


「やあ、ジェーン。しばらくだな」


「ええ。――この子たちに、適当なものを」


「お安い御用だ」


 ルースは入った瞬間は身構えていたが、小奇麗なサルーンの内装と柔和な印象のマスターを見て、肩に入った力を緩めた。


 三人がテーブル席に着くとすぐ、ウェイトレスが三つのグラスを運んできた。


「どうぞ、お嬢ちゃん」


 ジェーンが一つのグラスをルースの前に押しやる。中を覗き込んで、くん、と匂いを嗅ぐと甘酸っぱい匂いがした。


「クランベリージュースだよ。お気に召すと良いけれど」


 マスターの笑みを含んだ声に、ルースも思わず微笑む。


 対してフェリックスとジェーンが手にしたグラスの中身は、琥珀色だった。前もフェリックスが同じような色のものを飲んでいたことを思い出す。


「それではまず、乾杯しましょう。――再会に」


 二人がグラスを合わせてから、ルースに視線を注ぐ。


「あ、あたしは良いわ。再会じゃないし」


 クランベリージュースで大人二人と乾杯をするのは、なんとなく気が引ける。


(一体、どういう知り合いなのかしら)


 ジェーンは賞金稼ぎらしいから、仕事でフェリックスと知り合ったのだろうか。


「さてと。今日、ここに留まった方が良い理由を教えてあげるわ。この周りで連続殺人が起きてるの」


 ああ、とフェリックスとルースは目を合わせて頷き合った。


 少し前まで滞在していた町で騒がれていた事件は単発の事件だったのだが、それも「最近、噂の連続殺人事件の一つ」だと思われていたのだ。


「手口はブラッディ・レズリーだとしか、わかっていないやつか」


「――あら、その情報だと少し足りないわ。誰が言ってたの」


「連邦保安官だが?」


 それを聞いて、ジェーンの柳眉が上がった。


「ふん、知らないと思って。一般人には、情報を伏せたのね。これだから連邦保安官は嫌いよ」


 ジェーンは腕を組んで、吐き捨てた。


「此度の連続殺人には、被害者に全部共通点があるわ。全員、賞金稼ぎなのよ」


 ルースは一瞬、言葉を失ってしまった。


「でも、女の人ばかりって……」


「数は少ないけど、賞金稼ぎに女性もいるわ。私のようにね」


 ジェーンはグラスの中身を一気にあおってから、グラスを叩きつけるようにして置いた。


 だとすると、フィービーやエウスタシオは被害者が賞金稼ぎではないので、ブラッディ・レズリーが関連している可能性を低く見積もっていたのか。


 とはいえ捜査はしていたので、あのときは「例外」の可能性を踏まえて捜査していたのだろう。


「連邦政府は、故意に情報を隠しているんじゃないかしら。賞金稼ぎを怯えさせないように、ってことだろうけど冗談じゃないわ。私たちは復讐に燃えることはあっても、引き下がるような性質じゃないわよ」


「賞金稼ぎたちは、怒ってるのか?」


「そういうこと。そんな理由も含め、この町の近く――外にいたら怪しまれて賞金稼ぎたちに絡まれる危険性が高いわ。馬車を直すにも、時間がかかるでしょう? まだ、中にいた方が良い。何なら、私が口を利いてあげる」


 ジェーンの助言を受け、フェリックスはちらりとルースを見やった。


「どうやら、その方が良さそうだな。親父さんたちを呼んでこよう」


「ええ」


 フェリックスに次いでルースも立ち上がりかけたが、フェリックスに手で制された。


「ルースは、ここで待っててくれ。ジェーン、頼んだ」


「任せて。お嬢ちゃん、ここで、のんびりお話しましょう」


 ルースが唖然としている内に、フェリックスは出ていってしまった。


 正面に顔を戻すと、ジェーンの笑顔が目に入る。


「お嬢ちゃん、かわいいわね! 子猫みたい」


(どうしてフェリックスの知り合いってのは、こう一癖も二癖もありそうな人ばっかりなのかしら?)


 ルースは思わず、苦笑してしまったのだった。




 ジェーンは、やたらよく喋った。


「いっそ、“お嬢ちゃん”じゃなくて“子猫ちゃん”って呼びたいわあ」


 何と答えて良いかわからずにルースは戸惑っていたが、気にした様子もなくジェーンが話しかけてきた。


「ねえ、フェリックスは最近どうしてたの。めっきり会ってなかったから、話を聞きたいわ」


「……ええと」


 最近どうしていたかと聞かれても、ルースは自分たちの用心棒になってからの彼しか知らないのだった。まだ付き合いは浅い。


「よく、わかりません」


「あら? 教えたくない? ヤキモチかしら」


 それを聞いて、ルースは茹でダコのように真っ赤になってしまった。


「誰が、ヤキモチなんか!」


「冗談のつもりだったんだけど……んもう、フェリックスってば悪い男ね。こんな純情な子引っかけて」


「だから違うってば!」


 ルースがじたばたすると、ジェーンは益々おかしそうに笑った。


「フェリックスは、随分トゲがなくなったわね」


「――トゲ?」


「あら、昔はツンツンしてたのよ」


 かり、とジェーンはつまみのピーナッツをかじった。


 全く想像がつかなかった。いつもへらへら笑っているのがフェリックスの特徴で、真剣な表情すら珍しいと思っていたから。


 ルースが面食らったことに気づいたのか、ジェーンは軽やかに笑って顔を近づけた。


「変わったわ。それが良いのかどうか、私には判断がつかないけれど」


 不可思議な、言葉だった。トゲがなくなったなら良い方向だろうとルースは思うのだが、ジェーンはそう考えていないらしい。


「あたしの家族は――兄さん以外だけど、みんなフェリックスを頼りにしてるわ」


 ルースの突然とも言える発言に、ジェーンは目を細めた。


「――そう。それは何よりだわ。お嬢ちゃん、良い子ね」


 一体自分は何を、と顔が赤くなる。ここに本人がいなくて良かった。


「私が初めてあの子に逢ったのは、十四歳の頃だものね。そりゃあ、変わるわね」


 そんなにも昔のフェリックスを知っていることに驚いたが、ジェーンの遥か遠くを見るような目にルースは首を傾げた。


「あの、二人はどういう知り合いなんですか?」


「うふふ。知りたいー? 秘密! ……って言っても良いんだけど、別に隠すような関係じゃないわよ。私とフェリックスは、師匠が同じなの」


「師匠が同じ? でも、ジェーンさんはナイフ使ってて……フェリックスは銃で」


「私たちの師匠は、銃もナイフも使えるすごい人なのよ。――まあ、そういうわけで私にとってフェリックスは、弟弟子に当たるのかしらねえ」


 二人の関係を知って、ルースはどこかホッとした。


「ジェーンさんは、どうして賞金稼ぎに?」


 そして、自分でも意識しない内に質問が口を突いて出た。虚を突かれたように、ジェーンは少しだけ間を空けてから答えた。


「ある男を追うために。理由は、ありきたりよ」


「ありきたり?」


「家族を殺されたの」


 淡々とした口調で紡がれる言葉には何の感情もこもっていないように思えたが、ルースは違うと気づく。こもっていないのではない。押し殺しているのだと。


「ある日、外出先から帰ったら、家族がみんな殺されてた。強引な商売をしていたらしいから、父と母は仕方なかったかもしれないわ……。でも、妹には何の罪もなかった」


 そうしてジェーンの艶やかな唇は、敵の名前を吐き捨てた。


「クルーエル・キッド」


 ルースは目を見張る。


「そのときは駆け出しの殺人鬼だったわ。そして、追いかけて何年にもなるのに、一向にあいつを殺せない。犠牲者だけが増えていく」


 ジェーンは懐からナイフを取り出し、それをもてあそび始めた。まるでそうすれば、心が安らぐかのように。


「実は私、結構良いところの娘だったのよ。南部のね。あの事件がなければ今頃、婚約者に嫁いで子供が二人ぐらいいたでしょうね。幸せかどうかわからないけれど、少なくとも――こういう暮らしはしていなかったと思うわ」


 ジェーンがドレスに身を包んで、子供と共に談笑している風景を思い描いてみる。さぞかし、似合うだろう。


 だが、対する実際のジェーンは男物の服に身を包んだ、猛々しい女性だった。


 いつか、フェリックスが言っていたことを思い出す。賞金稼ぎとは、西部で最も危険な職業だと。


 用心棒のように悪人から守るのではなく、悪人に自ら挑んでいく。更に、保安官のように権力に守られてはいない。


「両親が死んだから、婚約は破談になったの?」


 ルースの疑問がまるで子供の無邪気な質問であったかのように、ジェーンは苦く笑った。


「いいえ。婚約者も、その家族も良い人だった。むしろ、結婚を早めてくれようとしたのよ。でも私は、自ら全部捨てて西部にやってきたの」


 ジェーンは金の髪に指を入れ、耳を塞いだ。


「だって聞こえてくるのよ。何年経っても――。聞いたはずのない、妹の泣き声が」


 ルースが言葉を失ったとき、サルーンの扉が開いた。


「あら、フェリックス」


 ジェーンはさっきまでの真剣な表情から素早く笑顔に切り替え、近づいてきたフェリックスを仰いだ。


「親父さんたちに話して、町の入り口まで連れてきた。ジェーン、先に話を通してくれるか? 幌馬車が入ってきたら、みんな注目しちまうだろ」


「お安い御用よ。行きましょう」


 ジェーンが立ち上がったので、ルースも慌てて腰を上げた。


「ジェーン、ルースのお守りありがとな」


「いえいえ。かわいいわねえ、お嬢ちゃん」


「だろー? ぐふっ」


 フェリックスが得意げに言い切った途端、ルースはフェリックスの背中を殴ってやる。


「ルース、痛い……」


「痛くしたのよ。馬鹿!」


 ルースは呻くフェリックスと唖然とするジェーンを追い越し、さっさとサルーンから出た。


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