Chapter 5. Dirty Juliet (穢れたジュリエット) 8
マイルズは隣町で見つかり、捕獲後に父親でもあるウィルソン保安官にじっくりと絞られることとなった。
「そもそも、殺されたのはオーレリアじゃない! オーレリアが、シンシアを殺したんだ!」
わっと泣き出すマイルズに呆れたウィルソン保安官は、シンシアという娘が最近、息子とよく出かけていたことを思い出した。
背格好がオーレリアにそっくりだったので勘違いしたこともあるぐらい、彼女たちは体型や後ろ姿が似ていたのだ。
「父さんがオーレリアはだめって言うから、あの子を選んだんだ! そしたらオーレリアに殺されそうになって……散々だよ!」
「そんな理由で……。お前は、オーレリアが好きだったんじゃないのか」
「ああ。でもオーレリアは決して俺を愛してくれなかったし、優しくしてくれなかった! シンシアは、俺を愛してくれたんだ。父さん、何でそんな顔するんだよ。あんたの思い通りに、オーレリアじゃない娘を選んだのに!」
ウィルソン保安官はぐっと拳を握り締めて一旦、保安官事務所を出た。
ふと気がつくと、フィービーが隣に立っていた。
「なんという馬鹿な息子だ」
「……申し訳ない」
「だが、言っていることは本当のようだ。シンシアという娘は行方不明中らしい。先ほど親が届けにきていたぞ」
フィービーから失踪届を渡された瞬間、ウィルソン保安官は哀しげなため息をついた。
「愚息は確かに馬鹿です。しかし……私も同じぐらい、馬鹿に違いないですな」
老保安官の独り言めいた呟きに、フィービーは眉を上げただけで何も言葉を返さなかった。
町は大騒ぎとなった。両親が遺体を見たところ、やはりオーレリアではなくシンシアだったことが発覚したのだ。
ならば、オーレリアはどこに行ったのだろうか。町長の指揮下で大規模な捜索が行われたが、ついぞ彼女は見つからないままだった。
その代わりのように、町外れで町の副保安官の遺体が見つかった。ブラッディ・レズリーと取引先の仲介をしようとしたが、上手くできず失敗したと思った彼は逃げようとして、ブラッディ・レズリーに消されたのだろう――というのが連邦保安官の見解だった。
夜、保安官事務所で報告書を書き殴っていたフィービーは、ふと差した影に気づいて顔を上げた。
「お前、何の用だ」
「――耳よりな情報を持ってきた」
フェリックスが腕を組んで、戸口のところに立っている。月あかりが逆光になって、彼の表情はうかがい知れない。
「タダか?」
「金は取らない。だけど条件がある。情報の出所を聞かないことだ」
「――ふむ」
フィービーはペンを置き、首を傾げて考え込む素振りを見せた。
「よかろう。ろくな情報じゃなかったら、信じなければ良い話だ。話せ」
傲然とせがまれ、フェリックスは苦笑しながら情報を口にする。
「“エデン”の取引をしようとしたのは、町長だ」
「何だと?」
「締めあげれば、何か出るかもしれないぞ。じゃあな」
ひらひら手を振って行ってしまうフェリックスの背を見送り、フィービーは傍らに座っていたエウスタシオに尋ねる。
「どう思う?」
「締めあげてみましょう」
エウスタシオは、まるでお茶に誘われたときの返事のごとく軽やかな調子で答えた。
エレンの体調も完全に回復したので、ウィンドワード一家は、この町を発つことにした。
「居心地は良かったがなあ。やけにトラブルの多い町だった」
父の呟きを聞いて、ルースはふと思う。
(今まで行った町で、トラブルがなかったことなんて、あったかしらね)
大体、何らかの事件に巻き込まれている気がしてならない。
「あ、あたし……ちょっと、買い物してきて良い?」
「良いけど、どうかしたのかい」
「服を買おうと思って。今日も安売りやってる、って貼り紙見たから」
遠慮がちにエレンに答えると、彼女はふっと笑った。
「行っておいで。気をつけるんだよ」
「ええ!」
みんな幌馬車で出立の準備をしているため、ルースは一人で服屋に向かった。
幸い、今度はそれほど混み合っていなかった。
(色々あったから、みんな外出を控えてるのかもね)
ルースが服屋に入ろうとしたとき、入れ替わりに出てきた男がいた。金色の髪に、幼い顔立ち。背の低さもあいまって少年に見えたが、表情は妙に老成している。
肩が当たり、彼は軽く「失礼」と言って去っていった。
ルースは彼の声をどこかで聞いた気がして、その背をつい凝視してしまった。視線を感じたのか、男が振り向く。
目が、合った。
先に目を逸らしたのは、ルースの方だった。気まずさを振り払うためにも慌てて店内に飛び込み、めぼしい服を捜す。
しかし安売りの割に値が張るものばかりで、諦めるしかなかった。代わりに、あたたかそうなストールを一つ買うことにする。
(何かしら。嫌な予感がするわね)
会計を終えて、恐る恐る店を出る。さっきの男は、既に姿を消していた。
「ルース、ここにいたのか」
フェリックスが息を弾ませて、こちらに向かって走ってきた。
「うん。ママには言っておいたわよ」
「声をかけてくれたら、付いていったのに」
「さすがに真昼間だから大丈夫よ」
「しかしなあ。仮にも、ブラッディ・レズリーの襲撃に遭った町だぞ?」
そう言われて、ルースは苦笑した。
「もう、いないんでしょう? ブラッディ・レズリーって、あっという間に消えたわね。何だったのかしら」
忽然と姿を消してしまったので、一人も捕らえられなかったようだ。
連邦保安官補が気絶させた男も、突入後に消えていたという。誰かが連れていったのだろう。
「必要がなければ長居をせず去る。頭の良い連中さ。だから、ずっと西部を脅かし続けられる」
「ふうん。本当に、怖いわね」
サルーンでのことを思い出すと、肝が冷える。そしてルースは、そこでハッとした。
「ルース?」
「いえ、何でもないわ」
ルースは笑顔を浮かべて、紙袋を抱きしめるように抱え直す。
(あのブラッディ・レズリーの男に……声が似ていなかったかしら?)
されど、ルースは「失礼」の一言しか聞いていない。いくら耳が良い方だとはいえ、あれだけで声が判断できるのかと問われれば、自信がない。
「ねえ、フィービーってまだいるの?」
「フィービーは護送に同行したから、もういないぞ」
町長はブラッディ・レズリーと取引をした証拠――大量の麻薬――が見つかり、お縄頂戴となったのだった。もっとも、秘密の酒“エデン”は町長の家では見つからなかったらしいが。
「何か用だったのか?」
「ううん、聞いてみただけよ」
今度会ったときにでも言ってみようか、とルースは考えた。フィービー相手ではまともな話になりそうにないので、あの保安官補に言った方が良いかもしれないが。
「また、会えるわよね?」
「俺は会いたくないけどな。――まあ、ブラッディ・レズリー担当だし嫌でも会うだろ」
心底嫌そうなフェリックスが面白くて、ルースは声を立てて笑ってしまう。
フェリックスの後ろを歩きながら、ルースはふと旅立とうとしている町を振り返る。
結局、オーレリアの歌は完成しなかった。依頼人が捕まってしまったのでは、仕方ない。
(でも、最後に彼女に捧げたかったわ……)
ことの
オーレリアはマイルズを愛していたのに、マイルズが彼女を作ったので怒り狂って、マイルズの彼女や護衛たちを殺してしまったのだと……。
誤解されがちだった、というオーレリア。本当はマイルズを愛していたのに、上手に伝えられなかったせいで二人の関係は悲劇に陥ったのかもしれない……。
「ちょっと」
男は先ほど買った甘ったるいキャンディを舐めながら町の外に向かっていたが、ふと呼び止められて足を止めた。
赤い髪の子供を目にして、男はにやりと笑う。
「よう、ルビィ。もう帰るぜ。用事終わったし」
「せっかく誘き寄せたのに、さらえなかったの? 大失態だね」
簡潔に、子供は毒を吐く。
「まあ良いじゃないか。さらおうと思ったら、いつでもさらえる。今回は、分が悪かった」
「のんきで良いね。あんた、声を聞かれたんじゃないのか? 大丈夫なのか?」
「だーいじょうぶ。本当だったら、皆殺しにしたいところだけどな。声だけで、俺様を突き止められるわけないって」
ただ、と男は町の方を振り返る。
まだ舐め終わってない飴を吐き出し、不敵な笑みを浮かべる。
「あの子の目、気になったなあ」
そうして彼は、子供と並んで町を後にしたのだった。
To be Continued...
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