Chapter 3. Vanity Town (虚栄の町) 6



 翌日、町人は焼けて朽ちた薔薇園を目の当たりにして、驚愕していた。ある者は泣きわめき、ある者は絶望したように空を仰いでいた。


「救世主って――結局、魔物だったんだね」


「ああ」


 ジョナサンとフェリックスは宿屋の二階から、人だかりを眺めていた。


 青い薔薇なので植物かと思いきや、あれは動物のたぐいだという。


「あれは魂を喰うんだ。特に子供の無垢な魂を好み、魂をやり続ければ、恩返しとばかりに住みやすい土地にしてくれる。そういう魔物がいるって、聞いたことはあった」


 フェリックスは肩をすくめていた。


「どうして、そんな魔物がここに?」


「さあな……。大方、誰かが悪魔に願いごとをして……魔物の種を、もらったんだろう」


 見下ろした土地には、以前の緑が跡形もない。荒涼とした大地に生えているのは、微々たる草だけだった。


 よそ者の魂を捧げ、豊かな生活をしていた住人は、これから報いを受けるのかもしれない。








 ジョナサンを除くウィンドワード一家も、突然変わった景色に驚きを隠せなかった。


「あんなに豊かなところが……一夜にして……」


 ルースが呟いたとき、住人の一人が叫んだ。


「金を返せっ!」


「そうだ! よそ者め、不幸を運んできたな!」


「どうしてくれる――」


 にじり寄られ、ぐるりと囲まれる。


「気前が良かったのは、新しい養分を迎えるにあたって、少し悪く思っていたからだろう?」


 突如現れたフェリックスの発言に、町人は息を呑む。


「フェリックス。あんた、養分って何を言ってるのよ……」


「この町が豊かだったのは、魔物のおかげだったのさ」


 フェリックスはルースに向かって、魔物について簡単な説明をした。にわかには信じられない話だったが、町人の反応を見れば嫌でも真実だったのだとわかってしまう。


「事情はわかったが――とにかく、逃げよう!」


 父は叫び、現金の入った袋をぶち撒けた。あれほど慎ましやかだった人々が、我先にと金に群がる隙に、彼らは素早く幌馬車に飛び乗り、町から出ていった。








 待ち合わせの場所に、いつまで経ってもフェリックスが来ないので、ジョナサンはびくびくしながら樽の横に隠れていた。


 町の人に見つかれば、ただではすまないだろう。


 思わずその場を離れそうになったジョナサンは襟首を捕まれ、悲鳴をあげそうになる。


「待たせたな!」


 フェリックスはにっかり笑ってジョナサンを放り投げるようにして、馬に乗せた。


「みんなは、先に逃げた。俺たちも行こう」


 フェリックスがジョナサンの後ろに乗りながら言うと、ジョナサンはこくりと頷いた。


 馬はすぐに、走り出す。


「ぎりぎりだったね」


 本当は夜の内に逃げ出すつもりだったのだが、あの薔薇がウィンドワード一家を眠らせており、その効果が夜明けまで切れなかったせいで日が昇ってからの逃亡になってしまった。


「ルースが心配してたぞ」


「お姉ちゃんは、いつでも心配してるよ」


 ついつい言い返してしまうと、苦笑混じりのため息が聞こえてきた。


 そういえば、とジョナサンは自分の右手を見下ろす。青い薔薇が入り込んだ手――。


 平気だよね、と自分に言い聞かせて目を逸らす。見た目には何も変化はない。たとえ、どくどくと脈打つものを内に感じていても、きっと気のせいに違いない。


「どうかしたか?」


「――ううん。何でもない」


 何か異常があるとは認めたくなくて、気のせいだと思いこみたかったから、ジョナサンはフェリックスに言わなかった。これが大きな間違いだったとは、思いもせずに。




 荒野の真ん中で、ようやく家族と再会する。


 ルースはジョナサンを見るなり、ぎゅうっと抱きしめてきた。


「ああ、良かった! あんたが無事で」


 一旦体を離し、まじまじとジョナサンの顔を見ながらルースは安堵を滲ませ呟く。


 素直に無事を喜ばれ、ジョナサンは照れくさくなった。


「フェリックスから話を聞いたんだけど……町の人たちの反応、怖かったわ」


 ルースは恐怖を思い出したように震え、腕をさすった。


「でも――魔物だとか、信じられないな」


 オーウェンがフェリックスに向かって告げると、フェリックスは不可思議な笑みを浮かべた。


「信じなくても良いさ。俺たちは無事だった――それでもう、良いじゃないか」


 フェリックスの返答に、オーウェンは拍子抜けしたようだった。


「お兄ちゃん、フェリックスの言ったことは嘘じゃないよ」


 ジョナサンの発言に、オーウェンはぎょっとして弟を見下ろす。


「僕は、見たもの」


 妖しく美しい、現世では有り得ない色をした青き薔薇。


 荒野の向こうを見やる。既に遠く離れた町から、追っ手が来る気配はなかった。


 それどころでは、ないのだろう。人を捧げて、得ていた豊かさが無くなったのだから。


「虚栄の町だったんだ」


 フェリックスが口にした言葉こそが、あの町にふさわしかった。


「さて、出発するか」


「でも、お金ぶち撒けちまったろう。路銀は大丈夫なのかい?」


 皆に呼びかけたアーネストにエレンがすかさず聞いていたが、彼はふふふと笑って懐から袋を取り出した。


「ありゃ一部だよ。――あの町で稼いだ分だから、相当な金額だがな。貯金は別に置いてある」


「ああ良かった。全額ぶち撒けたんだったら、どうしようかと思ったよ」


「俺がそんなことするかよ。だが――今回の稼ぎが丸々ないんだから、財政は相当厳しいぞ」


「なら、全額じゃなくて一部だけ撒けば良かったんじゃないか?」


 オーウェンが指摘したが、父は苦笑して首を振った。


「あんな金、気味が悪くて持っていられないさ」


「確かにね。パパの判断、正しかったと思う」


 ルースが同意すると、父は気を良くしたようだった。


「さて、休憩は終わりだ。行こう」


 父が促しても、ジョナサンはいつまでも荒野の向こうを眺めていた。


「ジョナサン、どうしたの?」


 ルースに声をかけられ、ようやく我に返る。


「う、ううん」


 ふと手首を見下ろす。熱さを感じ、ルースが歌ったあの町の歌が脳内に流れ出す。




 『荒野に広がった楽園よ。神の愛を感じる……』




 荒野の楽園と呼ばれたあの町に、神の愛などなかった。


 奇妙な歌だと思ったのは、町人が真実を知っていながら神の愛を歌っていたからだろう。




To be Continued...

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