Chapter 3. Vanity Town (虚栄の町) 5



 銃を見たいと駄々をこねると、フェリックスはガンショップに連れていってくれた。


「ちょうど弾を補充するところだったんだ。おい、ルースやオーウェンには内緒だぞ」


「もちろん!」


 ジョナサンはわくわくしながら、ガンショップの中に足を踏み入れた。


 所狭しと並べられる銃の数々に目を奪われ、ジョナサンは小さな銃を手に取った。


「かっこいいー」


「いらっしゃいませ。おお、目が利きますね。そいつは上等の銃でしてな」


 二人の声を聞きつけたのか、初老ぐらいの年頃の眼鏡をかけた男が、いそいそと奥から出てきた。


「お兄さん、何をお求めで?」


「弾を補充したいんだ。これの弾なんだが――」


「ふむ。おや、随分使い込んだ銃ですな。どうです、手入れも致しましょうか」


「ああ、頼むよ。できれば少し負けてくれると……」


 フェリックスの頼みは聞いていない振りをして、「それでは該当の銃弾を奥から取って参りますので」と言って店主は行ってしまい、フェリックスは舌打ちしていた。


「チッ。男の店主は全然負けてくれないから、嫌になる」


 女性だったら負けてくれるのだろうか。


「そんなに負けてほしいの?」


「弾代が馬鹿にならなくてな。消耗品の最たるものだろ?」


「ふうん」


 よくわからなかったが、とりあえずジョナサンは頷いておいた。


 そこでふと、ジョナサンは壁にかけてあった肖像画に気づいた。


(――あの子だ)


 肖像画の少女は青い髪ではなかったが、顔立ちからして夜中の青い薔薇園で出逢った少女に間違いない。


「ねえ、フェリックス。あの子って……」


 ジョナサンが肖像画を指さしたとき、店主が戻ってきた。


「おや、あの少女が気になりますか?」


「うん。誰なの?」


「アリスですよ。この町の救世主と言われ、どの店にも家にも彼女の絵が飾られています。義務でね。私は元々流れ者で、最近ここに住み着いたので…………なぜかは、よく知らないんですけどね」


 アリス、という名前だったのか。


「救世主ねえ……」


 フェリックスは胡散臭いものを見るかのように、肖像画を眺めて眉をひそめていた。


「彼女が何をしたか、他の町人に教わらなかったのか?」


「そりゃあ、興味ありましたから聞きまくりましたけどね。だーれも、口を割りゃしないんですよ」


 店主は残念そうに、大きく首を振った。


「ふうん。この町の“奇跡”と関係あるのかな」


 フェリックスの何気ない呟きに、店主はすかさず食いついた。


「この町の奇跡! 奇跡の緑ですね。全く、地形的にも天候的にも有り得ないのに――神の御業というやつでしょうかね」


「ああ、有り得ないな。奇跡についても何も言ってくれないし、ここの町人は口が堅すぎる」


「それほど、奇跡を大切にしてるんでしょう。さ、お客さん。手入れは終わりました。弾は何ダースにしますか?」


「ええっとな――」


 銃の話に移った二人を見て、ジョナサンは不思議そうに首を傾げた。


(店主さんはともかく……フェリックスも、青い薔薇を見てないのかな)


 奇跡とは、あのことに違いないのに。そして、あの救世主と呼ばれた少女――。


 ――知らないなら、知らないままで良いじゃない。


 耳を、微かな囁きが掠めた。


「――ジョナサン?」


 フェリックスに呼ばれて、我に返る。


「どうした、呆けて。もう店を出るぞ?」


「う、うん。何でもない。ごめん」


 ジョナサンはフェリックスの後に続いて、店を出た。


 どうしてか、フェリックスに青い薔薇と少女のことを話す気には、なれなかった。




 また謝らないといけないと思うと気まずかったが、昼食のとき、ルースは普通に接してくれた。


 本人も怒りすぎたと思ったのか、どこかぎこちない空気は残ったままだったが。


 練習も夕食も終え、ルースとジョナサンは同じ部屋に入った。やけに甘い香りがすることを不思議に思ったジョナサンはあたりを見回したが、ルースと目が合って慌てて逸らしてしまった。


 ルースは、ジョナサンにやわらかい口調で話しかけた。


「ジョナサン。あたしのこと、うっとうしいって思ってる?」


 驚きのあまり、ジョナサンは反応するのが遅れた。しかし、かろうじてルースが次の言葉を発する前に答えることができた。


「そんなこと――ないよ」


 正直、確かにうるさいと思うときもあったが、うっとうしいなんて思わなかった。


「本当? なんだかあたし、姉さんがいなくなってから――姉さんの分まで、家族に気を配らなくちゃって思って」


 ルースはふわふわとした髪にブラシをかけながら、ぽつりと呟いた。


 キャスリーンは歌姫になるまで、裏方として一座を支えてくれた。彼女の細やかな気遣いのおかげで、家族は上手く回っていた。


「でも、だめね。全部、空回り。姉さんに任せて、ワガママに振る舞ってたツケね」


 ジョナサンは何も言えなかった。ここまで姉が思い悩んでいることを、察せなかった自分が恥ずかしかった。


「ああ、ごめんねジョナサン。こんな話聞かされても、困るわよね。もう寝ましょう」


 ルースはそっとジョナサンの頭を撫でてから、ベッドの中に潜り込んだ。


「……お姉ちゃん」


 しばらく経ってから呼びかけたが、返事はなかった。


(お姉ちゃん、ごめんなさい)


 どうしようもなく、謝りたかった。


 しょんぼりしてうなだれるジョナサンの耳に、囁く声があった。


 ――いらっしゃい。あそこに。


 ジョナサンはぼうっとしたまま、窓を開け放った。




 気がつけば、青い薔薇が咲き誇る庭園にいた。


「君は……」


 青い髪の少女が正面に立っている。


「よく来たわね」


 初めて聞く少女の声は、想像していたよりも低く甘やかだった。


「あの……君は、救世主なの?」


 ジョナサンの質問に、少女は動きを止めた。


「ええ――そうよ。何代目かは、知らないけどね」


 何代目、というところが引っかかって顔を上げたジョナサンの腕に、蔦が絡みついていた。


「いらっしゃい、新しい養分――」


 少女の瞳孔が細くなり、ジョナサンに顔を近づけて舌なめずりした。








 フェリックスはガンショップの主人と、サルーンのテーブル席で飲み交わしていた。


「私も不思議で仕方なかったから、色々調べてみたんですよ。そしたら、救世主は今まで何人もいるっていうんですよ」


「何人も?」


「そう。私が来てから、あの肖像画の女の子で二人目ですな」


 サルーン内は、人もまばらだったが、二人は他の客に聞こえぬよう低い声で話していた。


「あの子は、確か――新しい移民の子で。来たばかりなのに救世主って、どういうことかと思ったのですが……」


「――待ってくれ。代々の救世主に、共通点はあるか?」


「共通点? ああ、そういえば……子供ばかりですな」


 それを聞いた途端、フェリックスは椅子を蹴って立ち上がった。


「貴重な話をどうも! これ、勘定な!」


 呆然とするガンショップの店主に紙幣を押しつけ、フェリックスは階段をかけ上がった。


 ルースとジョナサンの部屋に、鍵はかかっていなかった。中に入り、ベッドに近づく。


 片方のベッドではルースがすやすやと眠っており――もう一つのベッドは――空だった。


「ジョナサン――」


 フェリックスは舌打ちして、開け放たれた窓を睨みつけた。








 アリスは青い薔薇を一輪つんで、ジョナサンの手に握らせる。


「あなたも養分となり、この薔薇を咲かせるのよ。そして、町は栄え続ける」


 べきべきと嫌な音がして、手を見下ろすと青い薔薇の手折った先から伸びた茎がジョナサンの手首に刺さり、体内に進入しようとした。


 喉から、悲鳴がほとばしる。


「ジョナサン!」


 突如、ランタン片手に現れたフェリックスは、すかさずジョナサンに刺さった薔薇を引っこ抜いた。


「フェリックス――僕、養分に……」


「ああ。話が見えてきたな」


 落とした薔薇の茎には、血がべっとりと付いている。自分の血だ、と思った途端に目が眩む。


「邪魔をするな――」


 アリスの形相が変わり、青い薔薇が発光する。途端に強い香りがあたりを漂い、危うく意識を失いそうになった。


 フェリックスは二、三発銃を撃ったが、少女の体に穴が開いただけで、応えた様子も見せない。


「焼くしかないか」


 フェリックスは手に持っていたランタンのガラスに、銃を叩きつけて割った。そしてそれを、薔薇の園へと投げ込んだ――。


 業火に包まれ、空にアリスの悲鳴が響き渡る。


「離れるぞ!」


 フェリックスはジョナサンの手を引き、走り出した。炎に包まれた茨が、いくつも彼らを追う。


 銃を撃って弾き飛ばしたが、いくつかはフェリックスとジョナサンの足に絡みついた。


 転倒しそうになるのを、すんでのところでこらえ、フェリックスは振り返って足を戒める茨を撃つ。ばらりと解けた隙に、フェリックスは炎の中に佇むアリスの心臓に弾丸を叩き込んだ――。


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