Chapter 2. Dear My Brother (我が親愛なる兄弟に) 3



 すっかり変わり果てた兄を見て、リチャードはため息をついた。


「兄さん。今からでも、お宝を返して頭領に謝ろうよ」


「……断る」


 ジョンは元々口数の少ない男ではあったが、この頃の兄は異常であった。


「俺、怖いんだ。保安官じゃなくて、頭領がさ」


 彼らの属するブラッディ・レズリーの頭領、クルーエル・キッド。彼は裏切り者には容赦がない。


「だって……俺たちは、お頭の顔を知ってるんだぜ……」


 なぜ、裏切り者を許さないか――? それは頭領の顔を知ってしまった者を、生かしておけないからだ。


 一度入ったら、逃げられない。頭領の顔を知らないほどの下っ端なら、まだいい。だが、ある程度出世してしまって、頭領に会う機会に恵まれるようになったら……。


「戻って、どうなる?」


 ジョンは虚ろな目で言ったが、リチャードは首を振った。


「一人、逃げかけたけど――必死に謝ったら許してもらったって聞いた。彼にならおう」


 もっとも、代償に片腕を落とされたらしいが。命と比べれば、大したことではないとさえ思える。


「真っ平だ。もう、誰かの下につくのは――」


 ジョンがぶつぶつ呟くのを聞いて、リチャードはゾッとした。あのときは目先の利益に捕らわれ、兄につい賛同してしまったが――どう考えても、兄は間違っている。


「兄さん。俺、一人でも帰るよ。まだ命が惜しいんだ」


 くるりと踵を返し、隠れ家を出ていこうとしたリチャードは後ろから差す影に気づいて足を止めた。


「許さない……」


「に――」


 足に感じる鋭い痛み。兄の仕業だ、と気づいたときにはもう意識が暗転していた。








 人だかりができていて、ざわざわと騒がしい。


「どうしたのかしら」


 人々が遠巻きに見ているものを背伸びして見ようとしたが、ルースの背では見られない。


「人が血まみれで倒れてる」


 フェリックスは一言言って、人ごみをかき分けて行ってしまった。ルースはフェリックスの後を慌てて追ったが、小柄ゆえにかなり苦しい。


 やっと開けたところに出た、と思ったら足を押さえて呻く男が見えた。


(この人、まさか……)


「――ジャンク兄弟の弟。リチャードだ」


 フェリックスの呟きで、ルースの推定が確定された。


「どうして怪我を……」


「さあ――ともあれ、重傷だ。病院に連れていこう」


「じゃああたし、保安官に知らせてくるわ!」


 フェリックスがリチャードを担ぎ上げると、人々は恐る恐る道を空けてくれた。


「どうして誰も、何もしなかったのかしら」


 ルースが思わず疑問を漏らすと、フェリックスは顎で壁に貼られた手配書を示した。ジャンク兄弟の手配書だ。


「関わり合いになりたくない、ってやつだろ。とびっきりの悪人なことは確かだが、これじゃ悪さなんかできないのにな」


 フェリックスが肩をすくめた拍子に、リチャードの頭から帽子が落ちた。それを拾ってから、ルースは保安官事務所に向かって走り出した。




「保安官さん!」


 ルースは、保安官事務所に到着するなり、叫んだ。


「ん? 何だい」


「ジャンク兄弟の弟が見つかりました! 大怪我だから、さっき病院に運んで――」


「何だと?」


 反応したのは、この町の保安官ではなく連邦保安官――フィービーだった。


「ふん、賭けはお前の勝ちだ、と言いたいところだが……二人揃ってじゃないと」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? 早く来てください!」


 生意気な小娘め、と舌打ちされたが、ルースは構わず保安官事務所から走り出た。




 町人に病院の場所を聞いてから、病院へと走る。


(今日は走ってばかりだわ)


 ルースが病室に入ると、フェリックスが顔を上げた。


「れ、連邦保安官がもうすぐ来るわ……」


 息も絶え絶えに報告すると、フェリックスが労わるように微笑んだ。


「ご苦労さん。ありがとな。フィービー呼んだのか」


「あんまり呼びたくなかったけど、保安官事務所にいたのよ」


 しかし、昼から酒びたりの保安官よりはましなのかもしれない。


「で、そのリチャード……だっけ……は、どうして怪我してたのかしら」


「それが不思議でしてなあ」


 壁だと思っていたところから声がし、ルースは飛びのきそうになった。医師が立っていたのだ。


「この傷口は、刃物でも銃でもなさそうですぞ。大きな動物に咬まれたとしか思えませんな」


 医師の説明に、ルースは首をひねった。


「コヨーテ?」


「コヨーテではありませんな。ピューマや狼とも違うし、熊とも違う……。一番近いのは、人間ですな」


 それを聞いて、ぞっとした。


「化膿がひどいので、正直……もたないかもしれませんな」


 医師が衝撃的なことを告げたときに、病室の扉がけたたましく開いた。


「連邦保安官だ。ジャンク兄弟がここにいると?」


「はあ」


 驚きつつも頷く医師の横をすり抜け、フィービーはベッドを見下ろした。


「喋れるか」


 聞くも、当然のごとく返事はない。


「無理ですよ。意識がないんですから」


「ふん。兄の居場所を聞き出そうと思ったが……」


 医師の呆れた指摘に鼻を鳴らし、フィービーは今、存在に気づいたかのようにフェリックスを見上げた。


「どこで見つけた?」


「サルーンの前だ」


「随分と人目につくところだな。こいつが、そこで倒れるところを目撃したのか?」


「いや。既に人だかりができていたんだ。目撃した奴もいるだろうな」


「ふむ」


 事情を聞き、フィービーは大股で病室から出ていってしまった。


 ルースが不安そうにフェリックスを見上げると、彼は苦笑した。


「後は、フィービーと町の保安官に任せよう。俺たちに、できることはないさ」


「ええ……」


 それでも、どうして良いかわからないルースに、フェリックスは告げた。


「俺は、もうちょっとここにいるから、ルースは戻っておいてくれないか」


「わかったわ」


 許可を出してもらってホッとして、ルースは病室から出た。


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