Chapter 2. Dear My Brother (我が親愛なる兄弟に) 2
「こ、ここまで来れば大丈夫だろ」
フェリックスは民家の裏に回ってから、ようやく足を止めた。ルースは肩で息をしながら、フェリックスに指を突きつける。
「あれ、何を投げたの?」
「前の町――メアリーズ・タウンでやってた、劇の小道具だよ。余ってるって言ってたから、何個かもらったんだ」
煙幕の正体がわかったところで、ルースは再びフェリックスを追求する。
「で、何なのよあの人!? 銃を向けてたわ! 撃つ五秒前だったわ!」
「連邦保安官だ」
「それは、わかってるわよ!」
叫んだルースの口を、慌ててフェリックスが塞ぐ。
「静かに。あいつに、また来られちゃ困る」
ルースは顔を真っ赤にして、フェリックスの手を引きはがした。
「わかったわよ。小さな声で話すわ。――質問を変えるわ。あんた、あの人に追われてるの?」
「答えは――イエス」
ルースがまた怒鳴りそうになったところで、フェリックスは必死になだめてきた。
「言っとくけど、俺は犯罪者じゃない」
「じゃあ何で」
「ある事件の重要参考人で手配されてるんだ」
フェリックスはポケットを探り、くしゃくしゃになった紙を取り出した。
人相書きにWANTEDの文字。フェリックスの――手配書だ。
「……随分安いわね、あんた」
何と賞金額は五ドルだ。
「全くひどい話だろ。……それは良いとして。ま、参考人で話を聞きたいだけだから、安くしてるんだろ」
「参考人として、何で呼ばれてやらないのよ?」
ルースのもっともな質問に、フェリックスは肩をすくめた。
「呼ばれてやったさ。そしたら、自分の納得のいく証言をしないってんで撃たれそうになってさ。慌てて逃げたんだ」
「それで手配されたの?」
「無茶苦茶だろ?」
確かに無茶苦茶だが、あの保安官ならやりかねないと思えるところが怖い。
「俺は素直に見たまま答えたのになあ」
「困った人ね」
大体、参考人を撃ってしまってどうするつもりなのか。
「フィービーに常識は通用しないんだ」
常識が通用しない人が連邦保安官とは、世も末だ。
(連邦保安官って、全国的な権限を持ってる保安官よね)
ルースもそこまで保安官制度に詳しいわけではなかったが、「連邦保安官はとにかく偉い」という認識があったのでショックも尚更だった。
「とんでもない連邦保安官だわ。フィービーって名前なのね……」
「フィービー・R・アレクサンドラだ」
フルネームを名乗られ、ルースとフェリックスは思わず声の聞こえた方に首を向ける。
「逃がすと思うか?」
「――ちょっと待って!」
銃を構えたフィービーの前に、ルースは進み出た。
「あなた、重要参考人のフェリックスを捕まえにここに来たわけじゃないでしょ? 悪人が町に入ったから来たんでしょう」
「まあな。だが、ついでだ」
ついでかよ、とフェリックスが肩を落とす光景を目の端に捉える。
「優先順位としては、悪人逮捕が先でしょ?」
「ああ」
「じゃあ、フェリックスに構うのは後にしてちょうだい。今、用心棒を取られるのは痛いのよ」
「ルース! 俺のために……!」
フェリックスが感激し、立ち直りかけた途端、フィービーが銃口を向けた。
「ふん、それもそうだ。残念だが、お前は後回しにしてやるか。逃げるなよ?」
「はいはい」
フェリックスは殊勝に頷いていたが、今にも逃げそうだった。
「それじゃあ、あたしたちも悪党を捜しましょ……って、そういえば悪党のこと聞いてなかったわ。誰なの?」
ルースの質問に、フィービーは黙って手配書を取り出した。
人相の悪い男が二人描かれている。賞金は二人合わせて二百ドル。
「ジャンク兄弟。クルーエル・キッドの配下だ」
「クルエール・キッドの?」
フェリックスの顔色が変わった。
「有名な人なの?」
「……ああ、ルースはまだ知らないのか。西部に暮らしてりゃ、嫌でもこいつの評判をどこかで聞くことになるよ」
フェリックスはその悪名高い悪党のことを説明した。
「“ブラッディ・レズリー”って団のトップだ。この“ブラッディ・レズリー”ってのが、とんでもない奴らでさ。殺戮に強盗に密輸に……とりあえず、悪どいことなら何でもするのさ」
「そして、リーダーのクルーエル・キッドという奴がまた厄介だ。頭が良いからか、未だに団員の誰も捕まっていないんだ。面が割れていないせいでな」
フィービーが付け加え、舌打ちした。
「クルーエル・キッド……って、もちろんあだ名よね」
「もちろん。憎しみをこめて、人々はあいつを“クルエール・キッド(残酷な坊や)”と呼ぶのさ。大体、皆殺しにするからな」
ルースは寒気を覚えた。そんなに危険な男が野放しになっているのかと。
「団員で初めて面が割れたんだ。何としても生きたまま捕まえて、キッドのことを聞き出すぞ」
フィービーは、もう勝ったような表情をしていた。
「ジャンク兄弟って奴らの顔は、どこで割れたんだ?」
「銀行強盗のときだ。他の仲間がさっさと逃げた後もお宝を漁っていたせいで、駆けつけた保安官に顔を見られたらしい。間抜けな奴らだろう?」
フェリックスの質問に答えながら、フィービーは鼻を鳴らした。
「キッドに消されないためにか、ブラッディ・レズリーにも合流せずに逃げ回っている」
「へえ。キッドに先越されないと良いな」
じゃないとせっかくの手がかりがあっという間に消されちまう、とフェリックスは肩をすくめた。
「心配無用。私が勝てないはずがない」
自信満々にフィービーは笑み、踵を返した。
「そこの小娘。せいぜいお前も頑張るんだな」
「あのね、あたしはルースよ」
小娘小娘と呼ばれ、ルースは腹を立てていた。
「私はフィービーだ」
名乗り合いたかったわけではないのに、フィービーは律義に名乗った。
「そういやフィービー。今日連れてるのは、いつもの保安官補じゃないんだな。とうとう逃げられたか?」
思い出したように放たれたフェリックスの指摘を受け、フィービーは不満そうな顔で振り返った。
「あいつは、前の町で後始末をしている。今日、連れてるのは臨時の保安官補だ」
臨時と呼ばれた男は無表情で礼をした。どう見ても、フィービーの傍にいるのが嬉しくはなさそうだ。
保安官は助手を雇うことができる。普通は常勤の正式な助手として雇うのだが、こうして一時的な助手を雇う場合もある。志願かフィービーによる指名で選ばれたかどうかはわからないが、もし志願したのだとしたら激しく後悔しているところだろう。
「後始末って……」
どんな面倒を起こしたのだろう。聞くに聞けなかった。
「じゃあな、お尋ね者に小娘。せいぜい頑張ってみろ」
フィービーは背を向け、去っていった。
(――変な人)
ルースは思わず、大きなため息をついてしまった。
「ハッ。そうだわ、あの人より先にジャック兄弟を見つけなくちゃいけないのよね」
「ジャンク兄弟だ。――関わらない方が良いと思うがなあ。よりによって、クルーエル・キッドの配下なんて……下手すりゃ命が危ないぞ」
フェリックスは、真剣な顔でルースを見た。
「わかったわよ! あたし一人でやるわよ!」
ルースがとうとう立腹してフェリックスを置いて走り出すと、彼は慌てて追ってきた。
「待て、ルース。それは危ない」
「うるさいわねっ! あんたって、ほんっとーに煮え切らない男ね!」
「ひどい! 俺、傷ついた!」
知ったことじゃない、とばかりにルースは益々足を速めたのだった。
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