Chapter 1. The 13th Mary (十三番目のマリア) 2
牧師は申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当に突然、失礼致しました。どうぞ、おかけください」
牧師館に通され、ルースは落ち着かない気持ちのままソファに腰かけた。
後ろには、用心棒らしくフェリックスが腕を組んで立っている。ジョナサンも彼の真似をしているのか、若干偉そうに腕を組んでいた。
「この祭りのことを、ご存知ですか?」
「いいえ。でも、隣の町で……ここで有名なお祭りが行われると聞きました」
近隣の町はもちろん、遠くの町からも見物に来るらしい。だからこそ、あんなにも人が多かったのだ。
「この祭りの名前は、十三人のマリア祭りです。文字通り、十三人のマリア役の少女が必要なんです」
「変な祭りだな」
ストー牧師の説明の途中で、いきなりフェリックスが口を開いた。
「十三ってのは、嫌われる数字だろ? なのに、なぜ」
「――疑問に思われるのも、無理はありません。ですが、祭りの中身を聞けば疑問は解けるはず」
牧師は微笑み、説明を続けた。
「マリアと言っていますが、実は元は使徒のことです。この町には農業に適した土地も近くになく、特に産業もないため、男は外に出稼ぎに出るしかありませんでした。そのため、町にいる女の数が圧倒的に多かったんです」
牧師は、淡々と歴史を語った。
「宗教劇をするにも、男が足りなかった。だから女たちは、使徒の代わりにマリアとしたのです。十三人のマリアがいると。いわば宗教劇を改変した。遊びの意図もあったのでしょうね。何せ娯楽も少なかったそうだから」
「なるほど。それで、それが段々評判になったのね」
「ええ。オリジナル劇のように見られ、他の町からも劇を見にくる人が現れた。そして、この祭りへと発展したんです。初日はパレードで、最終日に劇となります」
ジョナサンの「へえ」という声が響いた。
「じゃあ十三番目のマリアは、ユダってこと?」
「ええ。“裏切りのマリア”です。役が役だから、町の女の子たちはやりたがらなくて。祭りが始まったのに十三人目が決まらなくて、困っていました。それで、心苦しいのですが……」
牧師はためらいながらも、覚悟を決めたようにルースを見据えた。
「あなたの声は、人混みの中でもよく通ってました。聞いてみれば旅芸人だというし……最終日までに劇をこなせるのではないかと」
「それは……」
芝居もやったことはあるが、本業は歌い手だ。自信はなかった。
「もちろん、お礼は致します。町長から話を伺ったんですが――祭りの間、公演ができないので困っていると」
本当のことだったので、ルースはこくりと頷いた。
「祭りが終わるまでの宿泊代など、滞在費はこちらが持ちます。そして、終わった後の公演をお約束します。もちろん宣伝も任せてください。――いかがでしょう」
ためらったが断るには惜しい条件だと思い、ルースは首を縦に振っていたのだった。
ルースから事情を聞いた父は激昂し、道端であるにも関わらず大きな声でルースを叱った。
「ばっかやろう! 何で俺たちに一言も言わねえんだ!」
「だって……パパもママもいなかったし」
「ばーっかやろうっ! せめて両親に相談してから、って牧師さんに言えば良かっただろが! ったく、勝手しやがって!」
父が怒鳴るときの迫力は、本物の熊にも負けないとルースは思う。
「でも――良い条件じゃない。今、家計苦しいでしょ。これを逃す手はないと思ったの」
「子供が、そんなこと気にすんな!」
「子供でも、あたしは一座の歌い手でもあるわ。家計が苦しいのは、あたしの責任でもあるでしょ? お客が……姉さんのときより減ったから」
実姉キャスリーン。彼女は宝の歌姫と呼ばれ、彼女を一座に頂いていたときは金に困るどころか余るほどだった。
絶世の美貌を持ち、この世のものとは思えないほど美しい歌は人々を魅惑した。
しかしキャスリーンはもういない。行方不明になってしまったからだ。
「ルース、止めろ。お前の責任じゃ……」
「でも、歌い手があたしに代わって収益が減ったのは事実でしょ。――とにかく、あたしは引き受けちゃったから」
「おい、待て!」
父の声を背に、ルースは人混みの中へと走り出した。
ぐいっと腕を引かれ、ルースは振り向く。
「……泣いてるのか?」
フェリックスに顔を覗き込まれ、ルースは潤んだ目でキッと彼を睨みつけた。
「泣いてないわ」
ルースは、涙が零れない内は泣いているとは言わないと信じていた。
「――そうか」
腕を放し、フェリックスはルースの肩を叩く。
「親父さん、何て?」
「馬鹿野郎、だってさ。でも良いの。引き受けたんだから」
「お父さん、怒ってたんだ」
ひょっこり、ジョナサンがフェリックスの後ろから顔を出した。
「ええ。でも問題ないわよ。一週間はのんびり祭りを楽しめるわよ、ジョナサン」
「やった!」
ジョナサンは叫び、嬉しそうに飛び跳ねていた。
その夜は、用意された宿に宿泊した。割と上等な宿である上に、広い部屋だった。ルースはジョナサンと同じ部屋で、ジョナサンは既にすやすや眠っていた。
久々の温かい寝床にホッと一息をつきながらルースはベッドに潜り込んだが、すぐに揺さぶり起こされた。
「ルース。ちょっと起きな」
「ママ……何なの?」
「良いから。話があるんだよ」
母はランタンを近くのテーブルに起き、ベッドに腰を降ろした。
母のエレンが首を振ると、下ろされた黒い髪がふわりと舞った。ロマの血を引く彼女には、不可思議な魅力がある。
「アーネストから聞いたよ。あんた、自分のせいだと思ってるんだって?」
何を、とは言わなかったが何を言われているかはわかった。
「だって……」
「そりゃあね。キャスリーンのときよりは、ずっと生活は苦しくなったさ」
かつては艶やかだったエレンの声は、今はしわがれている。彼女の声は原因不明ながら潰れてしまった。喋ることはできても、もう美しい歌は紡げない。
「でも比べたって仕方ないじゃないか。義弟たちが抜けちまったせいもあるよ」
今まで旅芸人として共に頑張ってきた叔父一家は、先日定住したいと言い出し、別れてしまった。
「だけどね――」
「たとえキャスリーンが偉大な歌姫だったからって、あんたが下手だってことにはならないよ」
「そう……だけど」
自信が、ない。結果も付いてこない今、どうしても姉と比べてしまう。
「だけど不思議だね。あたしは、あの子が歌姫だった頃をあんまり覚えてないんだよね。裏方やってくれてたときのことは、よく覚えてるんだけど」
「あたしも。変なこともあるものね」
キャスリーンは元々は控えめな性格で、エレンの声が潰れた後に歌い手を務めていたのはルースの方だった。しかしこの新大陸に移住してから、ほどなくしてキャスリーンは舞台に立つようになり、一座の花形を務めた。
それも、ある町でいきなり行方をくらませるまでの話であったが――。
なぜかずきりと頭が痛み、ルースは誤魔化すように顔を上げた。
「ね、ママ。でも今回は美味しい仕事よ。引き受けたことは後悔してないわ」
ルースの変わらぬ決意を聞き、エレンは深い息をついていた。
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