シーズン7最終話 栄光の裏にある闇

 ある者は言った。



幸福の裏には不幸があると。



 栄華を極めた国の背景には、敗北した国があり民は裕福な暮らしをする者と極貧を味わう者が生まれる。



 温室育ちをして英才教育を受ける子供がいれば、明日をも知れぬ家庭で生まれて、痛みと共に学んでいく子供もいる。



 資本家と労働者。



 表と裏。



 光と闇。



世界は平等でもなければ、平和でもないのだ。



 だがそんな吐き気すら催すほどの格差社会であっても、人々が健やかに暮らす事ぐらいはできるはずだ。



 生まれ持った才能の差はどうする事もできないが、穏やかな暮らしぐらいは誰にだって可能な事。



 問題は世界がそれすらも許さない事にある。



 虎白はそんな争い続きの世界を変えたいと、大いなる挑戦に挑んだ。



 だがそれでも虎白が英雄と称賛される裏で、名もなき半獣族達は苦しんでいた。



その事実を知った虎白は愕然として、返す言葉もないといった表情で立ち尽くしている。



 一方で激昂したのは、征服王ことアレクサンドロス。



 顔を真っ赤に染め上げて激昂する勇者の凄まじい眼力の先には、不敵な笑みを浮かべるスワン女王がいる。



「弱者を踏みにじっておいて正当化とは、笑わせるな!! 我は鞍馬が時には気に食わない事もある・・・だがこの者は貴様の様な人間が世界を統治しないために戦っているのだ!!!!」



 英雄と勇者は今日までに何度も衝突してきた。



 互いに多くの生命を背負う身として、意見が食い違うがそれも愛する民や将兵のため。



 心根にある信念は、誰もが健やかに暮らせる世界の実現だった。



いくら衝突しても、両雄にはこの信念がある限り何度も協力してきたのだ。



 スワン女王のあまりに身勝手な意見に腹を立てるアレクサンドロス大王は、同じ夢を持つアレクサンダーのために声を荒げた。



 しかし温室育ちの女王の豊満な胸が邪魔してか、育ちの良さが理由で理解できないのか、スワンの胸には彼らの熱き想いは届かなかった。



「誰だって馬がいれば乗る。 虫がいれば殺す。 犬がいればしつける。 わらわの国に流れ着いた半獣族を利用するのは世界の流れに従ったまで」

「貴様はそんな半獣族らの苦しみを知っておいてそれを利用しているのだ!!!! 弱者の痛みがわからぬ者に世界は導けんぞ!!!!」




 偉大なる勇者の意見はもっともだ。



 だがそれを聞いたスワンは、虎白の顔を見ている。



ではお前は弱者の痛みがわかるのかと。



 英雄と呼ばれている間にどれだけの弱者が、嘆き悲しんだのかとスワンは得意げに笑っていた。



「少なくとも地位は低いにせよ、暮らしを与えた妾と戦争を繰り返した鞍馬とでは正当性が違うわね」




 さげすむ様な冷たい視線を虎白に送り続ける女王を前に虎白は、自身の軽率な行動に後悔していた。



 だが虎白はある疑問が浮かんでいた。



 しかしその疑問を投げかける事が、果たしてこの場で正しい言動なのかと考えている。



 すると嬴政が肩を力強く掴むと、静かにうなずいた。



「悩んでいるなら言ってみろ」

「ど、どうしてそれを・・・」

「人の痛みを知るから君主だ。 他人の痛みに気がつけなければ、民は苦しむ。 血を分けた兄弟の様に大切に思う親友の痛みに気がつけないはずがない」



 嬴政の眼差しは力強く、気高かった。



 彼の眼差しは、不思議なほど人を魅了するのだ。



伝説の始皇帝という傑物の眼力を何度も目の当たりにしてきた虎白は、彼の瞳が自身に向いていると考えると嬉しさからか、涙が溢れそうになっている。



 唇を静かに震えさせた虎白は、スワンとフキエに疑問を投げかけた。



「思想が全く異なるお前らがどうしてここまで協力するんだ? スワンからすれば、ルーシーを見捨ててこちら側につく事もできたはずだ・・・」




 虎白がどうしても聞きたかった事はこれだ。



方や低層階級の民を生命とも考えない様なスワンと、民の全てが戦闘民族にして国をあげて平和な世界を目指すフキエ。



 スワンの卑劣な性格からすれば、ティーノム帝国がスタシアに敗北した段階で、好条件を持ってアルデンや虎白にすり寄る事もできたはず。



 弱者の痛みを気にする事を知らないスワンが、ルーシー滅亡の瞬間に居合わせている事が偶然に思えなかった虎白は遂にその核心に迫った。



 一方で虎白からの問いにスワンとフキエはしばらくの沈黙を保った。



やがて沈黙を破ったのはフキエの方だった。



「聞かれたくない事だな・・・まあ知られたとて停戦条件に変わりないから教えてやるか。 ティーノムの商品をルーシーが買っているのさ。 盟友でありビジネスパートナーってわけさ」



 その言葉だけではティーノム帝国の名品を買っているだけの貿易に聞こえる。



だがこの状況でただの名品を売買する目的で、戦火の中に来るとは考えにくいものだ。



 虎白は自身の胸を何度か叩くと、まるで決心でもしたかの様に口を開いた。



「お前らの商品ってのは・・・」

「半獣族だ」

「・・・ルーシーの民は知っているのか?」

「民なんてものは必要な事だけを教えればいい」




 その瞬間、祖国のために命懸けで戦うユーリ・ザルゴヴィッチの顔が思い浮かんだ。



 今頃白陸軍の包囲を前に敗れているはずだが、彼女は自身の体が動くかぎり祖国の勝利を信じている。



生命をかけた祖国は皆が平和に暮らせる世界の実現を目標にしていた。



 そんな国が、半獣族を密かに買っていたと知ればユーリはどう思うだろうか。



虎白は小さくため息をつくと、拳を力強く握っている。



「ユーリは悲しむだろうな・・・半獣族をどうしているんだ?」

「我がルーシーは広大な土地を持っている。 そして民は戦闘民族ときた。 多くの食料と武器が必要になるな」

「半獣族に働かせているのか・・・」

「休みなくな」




 この期に及んでスワンは言うまでもなく、フキエにも悪びれる様子はなかった。



そして危険を承知でスワンがこの場に訪れていた理由は、ルーシーの民にこの事実を知らせないためであったのだ。



 なおも余裕の表情で笑うスワンが虎白に見せたのは半獣族のティーノム帝国臣民としての居住権だ。



 つまる所、所有者はスワンでフキエはティーノム帝国の支援を受ける形で半獣族を働かせていたのだ。



 その見返りはルーシーの精強な軍隊を借りるという事だ。



本人らも知らないはずだが、ユーリやゾフィアは何度もティーノム帝国の代理戦争を戦っていたという事になる。



 唖然とする虎白を前にスワンは、笑いながら口を開いた。



「あなたに否定できるかしら? 半獣族に仕事を与えたのは妾よ?」



 そしてスワンとフキエは、平然とその場を後にしたのだった。



虎白は怒りと、罪悪感で硬直していた。



 自らの行動が招いた顛末てんまつを受け入れられない虎白は、親友の着物を掴んだまま何も語らなかった。



方や勝利を確信して逃げていくスワンとフキエの背中を斬り裂こうとしているアレクサンドロスは、マケドニア兵と共に後を追いかけた。



 その場に座り込んだ虎白は、小さい声で複雑な胸の内を親友へ語った。



「何が英雄だよな・・・心のどこかで俺もその呼ばれ方に酔っていたのかな・・・救いを求める声なんて聞こえなかったよ・・・」



 静かに涙を流している親友を哀れんだ目で見ている嬴政は、細い背中を何度もさすっている。



今はこれぐらいしか親友にしてやれる事はなかった。



 そして重苦しい部屋の外からは、停戦の鐘が鳴り響いていた。



事実上、半獣族を人質に取られている白陸陣営は、これ以上の戦闘継続を行えなかった。



 しかし人質として扱われている確たる証拠はなく、表向きはティーノム帝国の善良な市民が同盟国であるルーシー大公国に仕事に行っているだけだ。



 戦争には勝利したが、白陸連合軍は敗北したに等しい結果となった。



悲痛の表情のまま、虎白らは戦闘が終了した両軍の中を歩いている。



 すれ違う度に向けられるルーシー軍からの鋭い視線は祖国を守る鉄の意志からだ。



だが彼らすら知らない国の事実を知った虎白は、ルーシー兵からの罵声にも耳を貸す事はなかった。



 すると正面からユーリが歩いてきたのだ。



既に傷だらけとなっている北の英雄は、南の英雄を見ると微かに微笑んでいた。



「お前の将軍はどれも優秀だな。 甲斐って将軍は強くて素晴らしい。 だからこそ、彼女を倒した私に箔が付くってもんだ」



 ユーリは竹子と優子を撃退した後に、現れた甲斐すら倒していたのだ。



驚いた表情を浮かべた虎白だったが、それ以上にここまで純粋なユーリが闇を知ったらどう思うのだろうかと考えていた。



 同時にこれからも酷使されていく半獣族の民を思うと、体が勝手に動いた。



虎白はユーリの細い体を力強く抱きしめている。



 この奇行に場の空気は、停戦が破れたかの様に緊迫して双方の兵士が武器を構えた。



 あまりの奇行に言葉を失うユーリは、抱かれたまま両手を広げて目を見開いている。



「悪かったな・・・本当に悪かったな・・・」

「な、なんだなんだ? どんな停戦内容になったんだ!?」

「お前は知らない方がいいんだよ・・・お前は純粋な人間だから英雄なんだ・・・」




 やがてルーシー兵が虎白を突き放すと、足早にユーリを連れて去っていった。



意気消沈する虎白は、白陸軍陣営に戻ると正妻の恋華が凍りついた瞳を向けていた。



 本来なら倒す事すら困難なほどに強大なルーシー大公国を、滅亡寸前にまで追い込んだのは恋華の活躍があっての事だった。



 恋華自身も勝利を確信していたが、戻ってきた夫はスワンとフキエの首という手土産ではなく停戦という荷物を持ち戻ったわけだ。



 これには他の将軍も動揺を隠せずにいた。



「是非納得できる言葉を聞かせて。 貴方」

「撤退だ・・・奪ったルーシー領はスタシアが治めるんだ・・・」



 それ以上何も語る事なく白陸へと帰っていった。



虎白の後ろ姿を見ている一同は、困惑と微かな怒りすら感じている。



 だがそれも虎白の知った事実を知れば、怒りも収まるだろう。



 こうして事実上ルーシー大公国は保有している領土の大半を失った。



 だがユーリ・ザルゴヴィッチを始めとする負傷中のゾフィアや妹のエリアナと精鋭は健在。



 スタシアが治める事になる旧領の奪還に動く事は、明白だった。



 戦争を続けたいと考える虎白、嬴政、アレクサンドロスらは、半獣族の民がティーノム帝国の人質となっている以上続けられないという現実を前に、虚しい凱旋を果たすのだ。




         シーズン7完



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