第7ー21話 正義の視点は異なる

 美しく華やかに夜空を彩る花火とはいつだって心を温めるものだ。



大きな発射音と共に放たれる花火を見て満足している者は、静寂と漆黒に包まれる夜空を見て名残り惜しさを感じる。



 線香花火の様に小さく儚く照らすのもまた一興。



儚く消えていく花火とて一度は美しく異彩を放つのだ。



 ルーシーという特大花火は天上界でその色を放ったが、異なる花火にかき消されて今、美しさと輝きを失おうとしていた。



 壮大な戦場で風前の灯火となった祖国防衛のために、自らの生命すら投げうって戦うユーリと同胞達。



 対するのは白陸軍の総司令である竹子とその妹の優子だ。



虎白を宮殿へと向かわせるために、ユーリと対峙した美人姉妹だが彼女らは北の英雄の実力を見誤った様だ。



 吹き飛んで白陸軍の盾に激突する優子は、可愛らしい小さな口から真っ赤な血を吐き出した。



 なおも竹子を見てみなぎる闘志を全面に出しているユーリは、周囲の白陸兵を蹴散らしながら襲いかかった。



「そ、想像以上の相手でした・・・」

「必ず祖国は守る・・・そしてお前達を滅ぼすんだ・・・全ては平和な世界のために」

「奇遇ですね。 何かが違えばこうはならなかったでしょう・・・」



 竹子と武器を交えるユーリは、既に連戦で満身創痍のはずだ。



 だが疲れをまるで見せずに竹子すら圧倒している彼女を見た戦闘民族らも、戦意を高めて白陸兵を圧倒していた。



 妹の優子が蹴散らされた事で、微かに感情的な表情を見せる竹子は再び刀で斬りかかった。



 サーベルで受け止めた北の英雄は、体を竹子へとぶつけると体勢を崩した隙に拳銃で鎧を撃ち抜いた。



「あ、姉上ー!!!!」

「竹子様が撃たれたぞ・・・」



 その場で動かなくなった姉を見て怒りをあらわにする優子は、立ち上がると刀を握った。



 しかしその瞬間、背中のエンフィールド銃が音を立てるとかつての惨劇が脳裏をよぎった。



 最愛の新納という仲間を失った際の悲しみは、今でも思い出すと苦しいものだ。



 目の前で倒れている最愛の姉を見た優子は当時の惨劇が鮮明に蘇ると、その場から動けなくなったのだ。



「こ、怖いよ・・・姉上・・・」



 すると優子の小さい肩に手を置いたのは、この激しい戦場でも変わらず陽気な高笑いをしている甲斐ではないか。



 自慢の長槍を手にしている彼女の視線はユーリだけを見ていた。



 そして高笑いこそしているものの、黒髪をなびかせる美女の気配は凄まじいほど殺気立っていた。



「あたいに任せな」

「甲斐お姉ちゃん・・・」

「想い人が倒されて何もできないんじゃ片思い失格だね」



 負傷する優子は白陸兵の手当てを受けながら、後退していった。



そして甲斐は長槍を回転させて迫ると、北の英雄の強烈な一撃を受け止めた。



 対するユーリは甲斐を相手にしても怯む事なく、再び魂の雄叫びを轟かせた。



 それを遠くで見つめる恋華は、落ち着き払っていた。



 なぜなら彼女の背後から白陸軍が接近していたからだ。



これは恋華が送り出した別働隊だ。



 別働隊を率いるのは、着物の下に薄手の鎧をまとった将軍。



 そして白陸軍と同行して進んでくるのは白い旗に鮮やかな薔薇の旗が、掲げられている騎馬隊だ。



 ローズベリー帝国である。



 やがて夜叉子将軍が恋華の隣へ来ると、煙管きせるを懐から取り出して吸い始めた。



「ご苦労」

「薔薇の国は事実上、滅亡したよ」

「生き残りは白陸へ吸収すれば問題ない」

「そう、恐ろしいまでに現実的なのね」




 今回の大騒動の渦中にいた小国ローズベリーは、既に滅亡したも同然だった。



 それはアト皇帝が即位して間もなく妹のアニャの反乱と、白陸軍の参戦により形勢が一変したからだ。



 アト皇帝はルーシーに魂を売ったに等しい行動をしていたが、彼の想定外は白陸の将軍レミテリシアとアニャが深くわかりあった事と、白陸軍の援軍が現れた事だ。



 極めつけは万が一にアニャ及び、民の反乱が起きた場合に送り込まれるはずだったルーシー軍が来なかった事もアト皇帝の計画を破綻させる要因となった。



 ローズベリーへの調略を指揮していたルーシーのエリアナは、既にアト皇帝を見捨てていたのだ。



 理由は想定外のルーシー首都攻撃だ。



 恋華はそれすらも計算して夜叉子に一軍を預けて送ったのだった。



彼女の恐ろしいまでの采配にかける言葉も見つからない夜叉子は、静かに煙を口から吹かしている。



 傍らで自身の行動が果たして正解だったのかと表情を青ざめるアニャ皇女が言葉すら発する事もできずにいた。



 神馬の上で平然としている恋華は、アニャの心境に関心すらないかの様に夜叉子とレミテリシアにユーリと戦闘民族の撃滅を命令したのだった。



 全ては夫の目指す夢の実現のために。



 一方でその夫は、仲間達と最後の扉へと突入していた。



 そこで目にしたティーノム帝国兵と、華やかなドレスを身にまとっている女に言葉を失っている。



 すると女はくすくすと笑い始めると椅子から立ち上がり、虎白の元へ近づいてきた。



「初めまして。 征服旅行はいかがだった?」

「へえ・・・性格の悪そうな女だな。 てめえ誰だよ」

「ティーノム帝国のスワン女王よ」



 彼女はティーノム帝国全土を支配する女王だったのだ。



 驚く虎白は嬴政らと顔を見合わせると、首をかしげていた。



 今にもルーシー大公国は滅亡してしまうかという時に、不敵な笑みを浮かべているスワンの余裕が不可解だった。



扉を蹴破り、最後の戦いが始まるかと思われた緊迫した空気は一変して異様な空気が一室を包んでいる。



「南の蛮族の皆さんに言いたい事があるのよ。 特に鞍馬? このまま、ルーシーとティーノム帝国を滅ぼすのはいかがなものかなあ」




 お互いに相容れないのは百も承知だ。



 虎白は既にこの二カ国を滅ぼすために、盟友らとこの場に立っているのだ。



 だがスワン女王は虎白から放たれる尋常ではない殺気を前にしても、不敵な笑みを変える事はなかった。



 奇妙な空気感を支配しているスワン女王は、驚く事を口にした。



「停戦ね」

「ありえねえな」

「そういうと思ったわ。 でも本当にいいのかしらねえ? おたくのメルキータ元皇女はきっと嘆き悲しむわよ」




 ここに来てスワン女王は、遠く離れた白陸本国を守っているメルキータの名前を出したではないか。



 一気に表情を曇らせる虎白はこの性悪女の頭の中にある交渉の札に、何が書かれているのか察し始めたのだ。



 それは現在から十年近くも遡り、虎白らが天上界に来て直ぐに起きたメルキータの祖国であるツンドラとの戦いだ。



 ツンドラは滅亡して、メルキータが民を連れて白陸に加わって今の宮衛党がある。



 不敵に笑うスワン女王は遂に交渉の札を表に出すと、虎白は愕然とした。



「メルキータ皇女の兄、ノバ皇帝を殺害した事でツンドラは滅亡。 そしてツンドラの庇護下ひごかにあった半獣族の小国は、わらわのティーノム帝国が征服した。 ここまで話せばお分かりかしら?」




 虎白はその時、全てを察したのだ。



圧政を繰り返すノバとツンドラ帝国から、民とメルキータを解放するために戦ったあの戦争は半獣族の小国を路頭に迷わせる事になった。



 そしてティーノム帝国に征服された半獣族達は、かの国の最低階級の民として扱われてきた。



 自身によって引き起こされた惨劇を知った虎白は言葉を失い、思わず周囲の仲間の顔を見た。



 明らかに動揺する虎白を見て満足げに笑うスワン王女は、改めて停戦の話しを持ちかけたのだ。



すると秦国の嬴政が口を開いた。



「それと停戦に何の繋がりがある?」

「停戦条件は半獣族を白陸へ引き渡すわ。 断れば次は半獣族の部隊を投入するわね」




 スワン女王は最低階級として飼い慣らした半獣族を、軍隊としても運用していた。



 スタシアが誇る四聖剣のフリーラとシンク将軍も、彼女が放った半獣族の部隊に撃退されたというわけだ。



 半獣族は純粋で心優しい性格が特徴で魅力だが、卑劣にもスワン女王とかの帝国は彼らの優しい性格を利用して軍隊として運用していた。



 これを聞いた虎白は言葉を失っていたが、嬴政は不満でならないといった表情だ。



 すると次の瞬間。



「ふざけた事を言うなあ!!!!」



 突如激昂したのは、アレクサンドロス大王だった。



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