第7ー20話 最後の砦で待つ者

 争いというものはいにしえより行われてきた。



それは種族を問わずに繰り返されている。



 動物は弱肉強食の世界をたくましく生きている。



 人間は卓越した知能故に一番肝心な争いという愚かな事を繰り返す。



 そんな醜き世界は神々から始まったに等しい。



 虎白やゼウスらは、新たな世界を求めて先住神であるシュメール神族を蹴散らした。



 神々ですら争うのだから人間や動物とて争うのは仕方ないのかもしれない。



 だがそんな世界を創ったからには責任を持って平和にしなくてはならないと、重責を担うのは鞍馬虎白だ。



 そんな虎白が信頼している動物だけの軍隊で、かつてのツンドラ帝国の生き残りであるメルキータは配下の宮衛党を率いてマケドニア領へ接近していた。



「マケドニアで災害が起きたから救助してほしいとは・・・神々を怒らせたとは一体・・・」




 メルキータの灰色の耳にはそう伝えられていた。



 ゼウスら神々を怒らせて災害が起きたと聞いたメルキータは、軍事演習を中断してマケドニアに迫ったが、彼女の青い瞳に写ったのは武装するアレクサンダー達ではないか。



 驚いたシベリアン・ハスキーの元皇女は進軍を止めて、様子を伺っていた。



 殺気立つマケドニア軍は今にも攻撃してくるのではないかという雰囲気だ。



「どうにもおかしい・・・私が話してくる」

「危ないですよ姉上」

「同盟国の窮地に駆けつけるのは当然だが、手違いなら一大事だからな。 私が必要ないのなら帰ろうじゃないか」




 メルキータは剣を地面に置いて、鎧まで外すと両手を上げたまま近づいた。



 するとマケドニア軍からも赤い鶏冠とさかが勇ましい黄金の兜を被った将軍がマントをなびかせて近づいてくると、馬上から物凄い剣幕で見下ろした。



 その殺気立つ剣幕を見た皇女は、何者かによって仕組まれた謀略だと直ぐに気がついた。



「どうやらはめられたな」

「大王の遠征時に攻め込んでくるとはな」

「災害救助と聞いたが」

「ふざけるな!!」



 将軍は今にも剣を抜こうとしていた。



 だが次の瞬間メルキータは、上げていた右手を前に差し出すと将軍に握手を求めた。



 律儀に人間の挨拶を行うメルキータの青く美しい瞳は真剣だ。



「必要ないなら喜んで帰る。 無事でよかった」

「本当に侵略ではないんだな?」

「我々の主君はこうしている今も、命懸けで戦っている。 信じよう・・・お互いに信じた相手の事を」




 すると将軍は馬から降りて、メルキータの手を力強く握った。



 人間の挨拶を終えた彼女は、次は半獣族の挨拶だと言わんばかりに将軍の褐色の頬を優しく舐めた。



 エリアナの策略はここに失敗に終わった。



 主君の帰りを待つ忠義の将軍らによって。



 一方でその主君らは険悪な空気のまま、最後の砦であるフキエグラードへ攻撃を始めていた。



「またユーリが出てくる。 あいつは俺が止めるから嬴政とお前は宮殿へと攻め込め」

「何を偉そうに。 我が民は無事なんだろうな?」

「今は止めろ。 メルキータを信じているからお前も自分の将軍を信じろ。 必ず誤報だったと気がつくさ」




 そう話した虎白は刀を手に乱戦へと突入した。



 嬴政とアレクサンドロスは宮殿へと攻撃を開始したのだった。



 やがて虎白は激しい乱戦でルーシー軍を破ると、宮殿の周囲を守る戦闘民族を撃退するために白陸軍の全軍と遂に合流した。



 正妻の恋華と愛しき竹子の顔を拝んだ虎白は安堵の表情を浮かべたが、再会を喜ぶ暇なく戦闘民族と恐れられるルーシーの民や兵士の撃退に取り掛かった。



 しかしほどなくすると、戦闘民族らは突如姿を消したのだ。



 宮殿の周囲は防御用なのか、小高い丘に囲まれていた。



 ルーシー軍が姿を消したのは、丘を越えて宮殿へと下がったからなのであろう。



 だが虎白の鋭い視線の先には丘の上に佇む一人の姿があった。



「ユーリか」

「あれは指揮官?」

「信じられねえほど強いから俺が倒す・・・」




 たった一人で丘の上に立つユーリの表情は勇ましくも、どこか儚くも見えた。



 正義を信じて戦っているのに四カ国に攻め込まれているからか、祖国の窮地だからか。



 風になびく金髪と、不思議と穏やかにすら見える表情を見ている虎白は静かに刀を抜くと彼女を見ている。



 するとユーリは突如として大きな雄叫びを轟かせた。



 両手を横に広げて後ろに体をのけ反らせてまで叫ぶユーリは、既に満身創痍のはずだが闘志に満ち溢れていた。



 やがてユーリが丘を駆け下りると、虎白も刀を持って前へ出た。



 だが次の瞬間だ。



「ユーリに続けー!!!!」



 その一声が白陸軍の耳に飛び込んでくると、丘の上に姿を見せたのは数える事のできないほどのルーシー軍や戦闘民族ではないか。



 大地を埋め尽くすほどの数で突撃する彼らは、生命すら捨てているかの様な殺気を放っていた。



 その光景を見た白陸軍は僅かに動揺したが、恋華が冷静に攻撃命令を出すと射撃を開始した。



 いくら撃たれても、いくら倒れても微塵みじんも怯まないルーシーはやがて白陸軍の元まで辿り着くと、凄まじい大乱戦を展開したのだ。



 虎白はユーリと再び武器を交えると、互いの顔を見て不敵に笑ったのだ。



「また会ったな」

「もう諦めろ!! 俺と一緒に来い」

「勧誘とは嬉しいが、私はこの国で戦争のない世界を創るんだ」



 白くて美しい顔に泥と血をつけて汚れている両雄は、この戦争が始まってから既に数えきれないほど武器を交えた。



 互いに認め合う北と南の英雄はこんな大戦争の中で、どこか楽しんでいるかの様にも見えた。



 だがそんな熱き想いを持たない虎白の正妻である恋華は、その様子を冷静に見ていると傍らに立つ竹子に言葉を放った。



「夫の邪魔をするあの人間の女を竹子と優子で倒してほしい。 夫は我が兵と共に宮殿へ突入させてフキエを討ち取ってもらう」



 実はこの時、恋華は夫である虎白が姿を見せた事を良くは思っていなかった。



 どんな時でも冷酷なまでに現実的な彼女は、憤りすら感じていたというわけだ。



 その理由は簡単だ。



「せっかく敵の総大将の首を取れる位置に誘導したのに・・・どうして私の前に夫がいるの・・・人間の国主に先を越される・・・」



 恋華は思い描いていた戦いの顛末てんまつがあった。



 それは虎白の手によってフキエを討ち取り、改めて白陸の権威を世界に見せつける事だ。



 メテオ海戦、アーム戦役で敵の総大将を討ち取ってきた虎白が、この内乱で活躍できないのは恋華にとっては死活問題というわけだ。



 だが虎白はそんな事を気にもせずに愛する者の顔を見るため、ユーリという脅威を止めるため姿を現したのだ。



「愛しき我が夫よ・・・くだらない想いだけでは夢は叶わないわ。 たかが満身創痍の人間一人に執着している場合ではない。 さあ竹子、優子。 夫と代わるのだ」



 その冷酷なまでの判断に困惑した表情を浮かべたまま、姉妹は虎白との戦闘を代わるために刀を手に向かった。



 やがて虎白と戦闘を代わると、恋華の命令を受けた皇国武士らが皇帝の鎧を力強く掴むと宮殿を目指すために戦線を離脱したのだ。



 突然の事に苛立つ虎白は配下の武士らを突き放すとユーリの元へ戻ろうとしていた。



「ご乱心召されたか!?」

「ユーリは強いんだぞ? それに比べてフキエなんぞ一度も前線に出てこなかった。 嬴政とアレクサンドロスで十分だろ!!」

「殿が討ち取る事に意味があると姫様は申された!!」



 武士からの言葉を聞いた虎白は、刀を静かに鞘に収めると全てを察した。



 正妻だが、幼少期から彼女を知っている虎白は恋華の冷酷な考え方を知っていた。



 恋華はこの状況においても、嬴政やアレクサンドロスの事は微塵も頼りにはしていなかったのだ。



 自身の手でフキエを討ち取れという恋華からの言葉なき命令を悟った虎白は、武士と共にフキエが待つ宮殿へと向かったのだった。



 その頃、宮殿では秦軍、マケドニア軍、スタシア軍からの猛攻を僅かな部隊が守っているという状況にあった。



 嬴政とアレクサンドロス、そしてアルデン王の代理としてメアリーが宮殿内部へと突入すると、そこにはフキエを守るフキエガードが立っていた。



 やがて虎白もその場に駆けつけると、精鋭無比のフキエガードを蹴散らし始めた。



「この状況・・・ツンドラの時を思い出すな」



 そして遂に宮殿の最後の扉を蹴散らした一行は玉座に座るフキエの顔を見た。



 髭を生やして、凛と睨みつけている最高指導者は逃げも隠れもせずに座っていた。



 だが虎白ら一行はフキエやフキエガードからの強烈な視線よりも、隣に座る女に気が取られていた。



 なぜならその女は貴族らしい華やかなドレスに身を包み、彼女の背後には撃退したはずのティーノム帝国の兵士が立っていたからだ。

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