シーズン8 北方遠征
第8ー1話 生きる原動力
辺りを見渡すと、緑豊かな野原が広がっている。
肌を撫でて去っていく風は、暖かくまるで風神が会いに来たのかと思わせるほど優しく吹いていた。
そんなのどかな景色を見渡している視界の
しかし好きな方を見渡す事のできる奇妙な体験の中で、ふと目をやると愛してやまない存在が野原で寝そべっている。
やがて近づいてきた虎白は、優しく微笑むと静かに口づけをした。
すると視界は狭まり暗黒へと移り変わった。
世界の始まりは漆黒の混沌から始まったと言われているが、これがまさにそのカオスと呼ばれる原初の景色なのだろうか。
「ありがとうな・・・俺の妻になってくれて・・・忘れねえからよ・・・」
そう聞こえた声は虎白の愛おしい声ではないか。
永遠に聞いていられる声がすると、カオスから世界が始まったかの様に光りが差し込めて視界が広がった。
純白の景色が見えると直ぐ隣には虎白の顔が覗かせた。
目が合うと、安堵の表情を浮かべて手を握っている。
「無事でよかったよ竹子・・・」
「こ、ここは・・・」
「白陸軍の病院だ。 ユーリに撃たれてから三日間も昏睡状態だったんだよ・・・」
北の英雄を前に敗れた竹子は、夢の中を彷徨っていた。
白くて眩い光りだけが差す景色へと進むと、虎白や優子の声が背後から聞こえてきた。
声を聞いて振り返ると姿は見えないが、何度も自身を呼ぶ声を頼りに進んだ。
やがて辿り着いた緑豊かな景色で虎白と再会すると、それは心地よい感覚が竹子を包み込んでいた。
しかし虎白から忘れねえからと寂しげに言われた途端、目を覚ましたのだ。
ベットに横たわったまま、首だけを向けると夢の話しを始めた。
「なんか俺が死ぬみたいな言い方だなそれ・・・死にそうだったのはお前の方だ竹子・・・」
「そ、そうだよね・・・夢の中でも虎白と一緒で安心した・・・」
「いつだって俺はお前を想っている。 竹子がいてくれるから俺は前に進めるんだ」
微かに声を震わせて頬に口づけをした虎白の様子は、どこかおかしかった。
腹部に三発もの銃弾を撃ち込まれた自身の傷の痛みすら忘れて、虎白の心配をしている竹子は何があったのか尋ねた。
満を持して出陣した北側領土への遠征は、どの様な
その顛末がために虎白の表情は悲しげなのか。
竹子の問いかけに口ごもった虎白は、僅かな沈黙を経て笑みを浮かべたがそれもぎこちない。
「気にするな。 今は休んで元気になれよ」
「長い間ずっと一緒にいるんだよ? 表情だけでわかるよ・・・」
阿吽の呼吸だってお手の物と言える二人の絆は、表情だけで互いの心境を察する事ができた。
心配そうな表情をしている竹子の小さくて白い顔を見た虎白とて、何があったのか話さなければ安心して眠れないという事をわかっていた。
細くて綺麗な手をしばらく握ったまま、見つめていると静かに事の顛末を話し始めた。
自らの行動によって半獣族が売りさばかれていた事も、不完全燃焼のまま停戦した事も。
隣の病室で眠っている甲斐がユーリに敗れた事も全て吐き出す様に話した虎白は、言葉を失う竹子を見て再び黙り込んだ。
大きく深呼吸をすると、竹子は虎白の頬を優しく手で撫でた。
「なあ竹子・・・俺の夢はよお・・・俺が叶えてもいいのかな・・・・・・お、俺が叶えたら誰かが踏みにじられる事にならねえかな・・・」
今日までいかなる危険も顧みずに戦争のない天上界を創ろうとしていた。
恐ろしい冥府軍と戦ってきたのも、全ては夢のため。
しかしその影で苦しみ続けた半獣族の事を思うと、足がすくんで踏み出せなくなっていた。
女にすら見える顔を歪めて、涙を流す虎白は自身の行動が過ちだったと自責の念に駆られていた。
しかし竹子の返答は早かった。
「虎白以外に叶えられる存在なんていないよ。 初めての挑戦なんだから大きな失敗だってあるよ、じゃあこれから半獣族の方々を幸せにしてあげないとね」
「で、でもよ・・・そうなったら何処かで別の存在が悲しむかもしれねえ・・・」
「じゃあその度に一緒に助けに行こうよ」
世の中に完璧に物事をこなせる者などいないというわけだ。
神であってもそれは例外ではない。
かつて混沌から世界を創り、子供である神々を生み出した原初の神々とてシュメール神族とゼウスや虎白達が衝突するとは思ってもいなかったはずだ。
いかなる者であっても犠牲を生み出してしまう。
竹子の優しい言葉は、虎白の過ちを包み込むかの様に暖かく胸に届いた。
純白の頬を伝っていく涙を細い手で拭き取ると、負傷した体をなんとか起き上がらせて口づけをした。
「それでも大いなる挑戦に挑む虎白に誰が文句を言えるの? 身を削ってまで誰かのために平和にしたいなんて。 いつの日か世界は虎白に感謝する日が来るよ」
その時、竹子は昏睡状態の中で見た夢を思い浮かべた。
悲鳴を上げたくなるほどの重荷を背負って、裸足で針だらけの道を歩むが如く困難な旅路を歩む虎白が、いつの日かあの平原に辿り着いたのなら。
気が済むまで膝枕の一つでもしてあげたいなと心底思ったのだ。
竹子は優しく微笑むと、色素の薄い白い髪の毛を何度か撫でた。
「お前がいなかったら生きていけない・・・」
「私もだよ。 こんなに素敵な神様と恋仲になれるなんてね」
その晩、虎白が病院から出ることはなかった。
護衛の皇国武士らを兵舎へ帰らせると、朝日が迎えに来るまで竹子の手を握り続けたのだった。
そして再び重荷を背負い、歩んでいくのだ。
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