第5ー21話 神によってなせる業

 神業とは何か。



それはまるで神にでもなったかの様な驚異的な行動を指すのだろう。



 運動神経が卓越している者が行う技も極めれば、誰も真似できない神業と言われる。



仕事や料理においても他者が及ぶ事のできない領域を人は神業というものだ。



 では石と鉄で作られている砦の壁を弓矢で破壊するのは神業と言えるだろうか。



宮衛党の背後に姿を現した三千もの部隊は、純白の大鎧に身を包み弓矢を手にしている。



 鎧の腰帯には虎白や莉久の様に二本の刀を差しているではないか。



美しいまでに整列している彼らの先頭で、これもまた美しい純白の神馬しんばにまたがっている者は凛とした表情で片手を上に上げた。



「城壁、城門へ射掛けよ。 犬の兵士は射抜くでない」




 淡々と、美声を発する女は虎白に顔が良く似た狐の神族ではないか。



体型は一回りも二回りも小柄だが、瓜二つと言える彼女が上に上げた手を下に振り下ろすと、光り輝く矢が砦の強固な壁へと飛来した。



 すると壁は脆いベニヤ板の様に砕け散ると、城門も吹き飛んだ。



その光景に虎白や宮衛党は唖然としていた。



 異様な空気の中で莉久だけは口に手を当てて涙を流している。




「虎白様・・・皆が来てくれたんですよ・・・あの御方に見覚えはありませんか?」




 莉久の話すあの御方とは神馬にまたがる女を指す。



三千もの部隊を指揮している女が凛とした表情で刀を抜くと、緩やかに砦へと刃先を向けた。



 落ち着き払っている彼女の雰囲気はどこか魅力的にも見えた。



そんな魅力的な指揮官が淡々とした口調で声を発した。




「我が夫にあだなす狼藉者共を討ち捨てよ」




 彼女が放った一声で狐の軍勢は一斉に砦へと駆け始めた。



破壊された城門に取り乱す冥府軍が、殺到する彼らに気がつくと槍兵を中心に迎撃の構えを見せた。



 螺旋らせん階段の様に湾曲している城門の先で、階段の一段ごとに槍隊が立ち並ぶ防衛線に狐の軍勢は殺到した。



驚く虎白は竹子や莉久と共にその光景を見ている。



 すると神馬にまたがる女が近づいてくると、優しく微笑んだ。




「久しいね貴方」

「な、なんだと!?」

「忘れてしまった? 貴方の妻である安良木恋華やすらぎれんかよ」




 恋華と名乗った女は確かに虎白の妻だと話した。



その言葉に誰よりも先に反応したのは竹子だ。



口に白い手を当てて、目を見開いている。



 恋華はその様子を気にする事もなく、莉久を見ると砦攻略へと向かおうとしていた。



困惑しながらも虎白がそれに続こうとすると、竹子が着物の袖を掴んだ。




「く、詳しい話しは勝ってから話そうね・・・この戦いにもう私はいらないみたい・・・負傷者の手当てをするね」




 そう話すと、竹子は仲間達と宮衛党の負傷者を助けた。



宮衛党はメルキータ指揮の元で砦の周囲に部隊を動かして、冥府軍の退路を塞ぎ始めている。



 謎の狐の軍勢の到着で砦への攻撃が始まった事から銃撃も止み、メルキータの手によって包囲が完成しようとしていた。



後は虎白と狐の軍勢が砦を陥落させて、敵の総大将を討ち取れるかにかかっている。



 その大役を担う虎白は下界で人間に封印された時の衝撃なのか、消えている記憶が複数ある中で恋華の存在と軍勢の存在を思い出していた。




「恋華は俺の許嫁いいなずけじゃねえか・・・それにこの兵士達は・・・」




 目を疑う様な光景とはまさに今、虎白が見ている光景なのだろう。



螺旋階段で待ち構える冥府軍をいとも容易く斬り捨てている彼らは、破竹の勢いで階段を駆け上がっている。



 その戦闘能力の高さは、常軌を逸しているのだ。



三千からなる彼らは一柱、一柱の戦闘能力が虎白や莉久に匹敵するほど強かった。



 やがて階段で待ち構える冥府軍もその異常な強さを前に恐れをなして、背中を向けて逃げ始めた。



猛追する彼らは最上部へと突入すると、そこは屋上の様な平地となっていた。



 素早く隊列を組んだ彼らは、沈黙と共に主の号令を待った。



恋華が先頭へ出ると刀を空へ向けた。




「我ら無敵の皇国軍である。 我の皇帝ある限り、負けはせぬ。 我らの皇帝鞍馬虎白ここにあり」




 恋華が虎白を見ると、先程までの困惑した表情から一変していた。



記憶の一部が回復した虎白は自身が彼らの皇帝であると、改めて思い出したのだ。



 優雅に隊列の前に出ると、恋華と傍らの家臣らにうなずいた。



肩に手をぽんぽんと置くと、名刀間斬りと時斬りを抜いた。




「我ら無敵の皇国軍だ。 天上界の安寧を脅かす悍ましき敵を粉砕するのだ。 皇国第九軍!! かかれー!!!!」




 自身が彼らの皇帝だったのだと思い出した虎白は号令をかけた。



冥府軍を粉砕せよと。



 その一声で走り始めた皇国軍を前に、冥府軍の動揺と畏怖いふは頂点に達した。




「皆の者、破回転はかいてんだ」




 虎白がそう話すと、彼らは一斉に前方へと跳ねた。



すると体を丸めて刀だけを突き出している。



そしてその状態から高速回転しているのだ。



 まるで車輪の様に回転しながら空中を進む彼らは冥府軍へと斬りかかった。



尖った車輪に斬り裂かれる冥府軍は、恐怖の中で最期にとてつもない言葉を皇国軍が口ずさんでいる事に気づいた。




「第七感・・・第七感・・・」




 記憶の一部が蘇った虎白までもがその異常な言葉を発していた。



これは天上界で語られる神業の一つだ。



第六感、第七感という神業を人々が知ったのは二十四年前に勃発したテッド戦役での事だ。



 詩人は当時の神業をこう語る。




「第六感により気配を感じ取り、第七感で動くかの者らは風の神となったかの様だ」




 詩人が語った内容はミカエル兵団とゼウスのオリュンポス軍の兵士が冥府軍と戦っている際に見た光景だ。



ミカエル兵団の天使は、飛来する矢の雨を第六感を持って避けた。



 天王の兵士は殺到する魔族を第七感を持って次々に斬り倒し、ミカエル兵団は矢の雨を避けきれまいと察すると、凄まじい速さで矢を弾き返したと語られている。



これこそ神々による神業だ。



 そう語られているテッド戦役での様子も二十四年後の未来である現在ではおとぎ話に等しかった。



今ではそれを知っている者も少なく、実際に見る機会もない事から空想の誇張こちょうされた話しだと言われてきた。



 だが虎白と恋華が率いる皇国軍は三千もの兵士達が一斉に第七感と口ずさむと、重力を無視したかの様に空中を回転しながら移動して冥府軍を圧倒している。




「一兵たりとも逃すな」

「両君に続けー!!!!」




 皇国武士が話す両君りょうきみとは鞍馬、安良木を指す。



狐の神族の国である安良木皇国を統治する鞍馬家と安良木家である。



 ここで話される両君は虎白と恋華だ。



両君に続く皇国武士の凄まじさは、冥府軍の戦意を打ち砕いた。



 だが冥府軍の中には天上軍を数分で粉砕した者らがいる。



戦慄する冥府軍が逃げ惑う中から姿を現した、現代兵士の姿をした何十名もの人影が皇国軍へと迫った。



手には機関銃を装備している。



 あの惨劇を思い出した虎白だったが、彼らに伏せろと叫ぶ事なく冷静な表情をしていた。




「撃ってくるぞ」

「飛び道具?」

「ああ、直線上に飛来する」




 銃という武器を知らない恋華は物珍しそうに、人間の発明品を見ている。



やがて一斉に火を吹いた機関銃の閃光が皇国軍を照らすと、弾丸が彼らを襲った。



無敵と歌う皇国軍を持ってしても、人間の大発明品である殺戮兵器を前には無敵ではないか。



 すると彼らは刀を構えると、第六感と小さく発して直ぐに第七感と発した。



直後、彼らは弾丸すらも刀で次々に跳ね除け続けているではないか。



凄まじいほどの速さで刀を動かしている皇国軍の表情には余裕すらあったのだ。




「投げ槍用意」




 虎白がそう命じると、皇国武士達は機関銃を放つ冥府軍の自慢の特殊部隊へと近づいた。



どれだけ近づいても第七感を使用する彼らは銃撃に反応している。



 やがて特殊部隊の顔が見えるほど近づいてくると、弾切れになったのか銃撃が止んだ。



虎白は今だと大声を発すると、後列に控える皇国武士達が一斉に槍を投げた。



 だが前方には虎白と恋華を含む大勢の武士が特殊部隊に迫っていたのだ。



虎白の命令に従って投げられた槍はこのままでは彼らの背中に突き刺さるというわけだ。




各々おのおの!! 跳ねよ!!」




 槍が彼らの背中を突き刺す刹那。



両君と前列の武士達は空中へ跳ねると、刀を鞘に収めた。



投げられた槍は突如、跳ね上がった虎白達に唖然としている特殊部隊の心臓へと突き刺さったのだ。



 そして空中で一回転させた両君らは着地すると、槍を敵兵から抜き取り戦闘を継続したのだった。



冥府軍自慢の特殊部隊もこの僅か一瞬にしてほとんどが戦死したというわけだ。



 これが神業というものだ。

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