第5ー20話 一蓮托生の戦士長

 時間とは良くも悪くも流れ続ける。



苦しい時は早く過ぎ去れと願うが、幸福な時は永遠に止まってくれと願うものだ。



 それだけ時間とは貴重なものと言える。



もし時間を支配できる者がいれば無敵なのかもしれない。



 良くも悪くも流れ続ける時間は戦場において、運命をわける事にもなるのだ。



戦場側面に迂回してウィッチが率いる冥府軍を撃退するために移動していたエヴァは、想定外の事態に困惑していた。



 それは天上軍が僅か、数分にして大敗北した事だ。



森林地帯に潜伏したエヴァとお初以下、数十名の部隊はこの状況をどうするべきなのかと議論していた。




「え、どうするの・・・」

「まさか虎白がこんなに早く・・・」




 それなりに付き合いの長いお初も困惑している。



エヴァは左右非対称の美しい瞳を凝らして、戦場を見ているとある異変に気がついた。



進撃を始める冥府軍が一定の場所へ差し掛かると、足を止めているのだ。



 すかさず双眼鏡を取り出して、様子を見たエヴァは驚きを隠せずにいた。




「まだ戦っているよ!?」

「み、見せろ」




 お初が双眼鏡を奪う勢いで手に取ると、レンズに写っていたのは圧倒的劣勢の状況下で怯むことなく戦い続ける鳥人の群れではないか。



それはお初にとっては大切な仲間というわけだ。



 双眼鏡をエヴァに押し付ける様に手渡すと、慌てて茂みを出ていった。



困惑するエヴァも側面攻撃ができなくなった今、お初の小さい背中を追う他なかったのだ。



 やがて鳥人特有の甲高い叫び声が響く中で、冥府軍の兵士達がちりの様に吹き飛んでいる。




「ただでは死なないわ!! 者共、一人でも多く道連れにしてから死になさい!!」




 鳥の毛が空中に舞う戦場で、鵜乱は懸命に戦っていた。



同時に吹き飛ばされる冥府軍の兵士の中で不気味なほど笑みを浮かべているのは戦神こと魔呂だ。



 彼女らは天上軍が撤退した数時間もの間、冥府軍の進撃を防ぎ続けていたのだ。



だが、銃声と共に地上へ落下していく鳥人族が後を絶たないのも事実であった。



 驚くエヴァは隣に立つ相棒のジェイクと、小声で話し合っていた。




「どうするんだエブ?」

「乱戦はうちらの得意な事じゃないけど・・・これを見捨てたらずっと後悔するよね」

「俺はお前のそんな所が好きだぞエブ、上等だ!! みんなやってやろうぜ!!!!」




 ジェイクはこの死地において、高揚していた。



まさにヒーローではないかと。



圧倒的劣勢の中で、死ぬまで戦い続ける鵜乱達を救出するために現れるエヴァとジェイク達は天の救いというわけだ。



 雄叫びを上げるジェイクは銃の先に短い剣を装着すると、我先に死地へと駆けていった。




「あ、じぇ、ジェイ!! うちらの優先目標は敵の特殊部隊ね!!」

「ラジャー!!!! ロックンロールだぜえ!!!!」




 一方で鵜乱とその戦士団はみるみる数を減らしながらも、決死の抵抗を続けていた。



ウィッチの部下に羽を撃ち抜かれて、地上に激突しても直ぐに立ち上がり戦った。



 地上に転げ落ちて直ぐに冥府軍に串刺しにされても、絶命するまで暴れ続けている。



冥府軍は彼らの決死の覚悟を戦慄と共に脳裏に刻まれていく。



 戦士長鵜乱も既に何箇所も銃撃による傷を負っていたが、懸命に戦っている。



そんな状況下で姿を表したのが、エヴァとその仲間達だ。



 鵜乱の決死の猛攻を助けるかの様に、死地へと踏み込んだエヴァは鳥人族の羽を撃ち抜こうとしているウィッチの部下を狙い撃ちした。



鳥人を撃ち抜けなくなった冥府軍は、鵜乱とその戦士達の命懸けの抵抗を前に怯み始めたのだ。



 もし天上軍が怯むことなく戦っていればどうなっていたのかと冥府軍の指揮官に思わせるほど、激しい抵抗を続ける彼女らの戦意は常軌を逸していた。



鵜乱は空中で羽を動かしながら、冥府軍に向かって絶叫する。




「戦いはまだ終わってない!!!! 貴様ら全員を道連れにしてやるわ!!!!!!」




 その剣幕を直視している冥府軍の兵士は、あの常軌を逸した鳥人が放った言葉が虚言などの類ではないと確信している。



何羽も地上へ落下していくというのに、戦意は衰えるどころか増していく異常な戦場で遂に冥府軍の指揮官であるウィッチは一部退却を宣言した。



 退却を見た鵜乱と戦士団による追撃は凄まじく、次々に冥府軍は背中を斬り裂かれていった。



すると背後からは轟音が聞こえ、視界には砂煙を上げながら接近する宮衛党を率いる虎白と仲間の姿があった。



 虎白は鵜乱達が生きていた事を知ると、足の早い旧ツンドラ兵の特性を利用して猛追撃に出た。




「生きていてくれて本当によかった・・・宮衛党を連れてきたから、このまま中間地点にまで追いやるぞ!!」




 大軍を有する冥府軍の中で一点だけで、踏ん張っていた鵜乱達を支える形で殺到した宮衛党は数万。



冥府軍はその戦力を前に退却したが、虎白は中間地点にまで追撃に向かった。



 やがて天上門を越えると、豪雨の中間地点へと出た。



視界が悪い天候の中で、冥府軍の姿を見失わない様に必死に追いかけ続ける事一時間が経過した。



 天候は一変して晴天となったが、虎白達の視界に入ってきたのは目を疑う様な光景であった。



エヴァは両手を頭に当てて、声を上げる。




「そう言えば敵は何か作っていたんだ!!!!」

「こ、これは砦か・・・俺達は誘い込まれたんだ・・・」




 ウィッチは鵜乱達の奮戦を見ると、直ぐに局地戦を諦めて中間地点へ下がった。



鵜乱やエヴァの目には逃げ去った様に見えたが、ウィッチはただ戦い易い場所に移動したにすぎなかったのだ。



 砦が不気味にそびえ立つ中で、城壁の穴から閃光が放たれると宮衛党の兵士が多数撃ち抜かれた。



冥府軍からの銃撃である。



 圧倒的に優位な地形へと移動したウィッチと冥府軍は高い城壁の上から銃撃と、弓矢による斉射せいしゃを繰り返した。



するとメルキータが突如叫んだ。




「絶対に退くな!!!! 城壁まで進んで中に突入するんだ!!!!」




 メルキータの声に従った宮衛党は更に足を進めて、城壁へ達すると大門の破壊を試みた。



城壁からは激しい銃撃が続いている。



 だがその時だ。



ふと、頭上を見上げると鉄製の球体が降り注いだ。



同時にエヴァが絶叫した。



離れろと。



 しかし間に合わなかった宮衛党は大門への攻撃を続けていたが、次の瞬間には燃え上がったではないか。



悲鳴と喧騒が響き渡る中で更に鉄製の球体が落ちてくると、甲高い音と共に視界が真っ白になったのだ。




「閃光弾だよ!!!!」

「うわああああ!!!!」




 これには虎白までもが、倒れ込んで悲鳴を上げた。



閃光弾とは光りと音が放たれる武器だ。



聴覚、視力に長ける半獣族と神獣には死ぬよりも苦しい攻撃というわけだ。



 城壁から響き渡る高笑いはウィッチの笑声であろう。



戦場は既に砦に籠もるウィッチと冥府軍が優勢となった。



満を持して出陣した宮衛党も乱戦であればその破壊力を発揮できたのだが、今の状況では身体能力を活かす事もできずに銃撃の餌食になっていった。



 もはやこれまでか。



誰もがそう感じていたその時だ。



「弓兵隊!! 射掛けよ!!!!」




 そんな声が響くと、光り輝く矢が城壁に飛来した。



すると城壁はいとも容易く崩れ始めたのだ。



驚きを隠せない一同は矢が飛来してきた背後を振り返ると、そこには弓を放つ者達が大勢いるではないか。



 だがさらに驚く事にその者らの外見は虎白や莉久の様に白い大鎧に身を包み、狐の耳を生やしているのだ。



矢を放ち続けている者達とは別に、前に出てきた者らは鎧の帯に差している刀を二本抜いた。




「虎白様!! お待たせ致した!! 我ら皇国第九軍これにあり!! 助太刀致しますぞ!! 皆の者かかれー!!!!!!」




 走り始めた彼らは皇国第九軍と言った。



虎白と同じ様に二本の刀を操る彼らは、宮衛党を守る様に前へ出ると大門をあっさりと破壊して突入してみせた。



 彼らこそ虎白がゼウスによって送られた援軍である。



狐の神族だけによる軍隊で、到達点と下界の守り手。



安良木皇国軍である。



 



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