第10ー2話 勇者の最期
一時期はギリシアの影響力は天上界で一番であった。
その昔起きた「テッド戦役」ではアレクサンドロスとマケドニアの活躍は凄まじかった。
マケドニアに続くスパルタやアテナイも同様に。
しかしこの活躍の裏には信じ難い事実があった。
虎白が天王となり、旧オリュンポスの王都へ入った日の事だ。
「この辺りの街も取り壊して変えないとな。」
オリュンポス事変の成功と日本神族の出現で混乱する天上界の中で白陸は天王の国家として天上界の最高位の位置についた。
旧王都を新たに帝都とするために周囲の探索を行っていた。
そして虎白は正室の恋華と共にゼウスが君臨していた王都の城の中を歩いていた。
地下へ繋がらる道を発見した夫婦は腰に差す刀に手を当ててゆっくりと地下へ入っていった。
すると雷鳴が鳴り響いたかと思えば部屋の明かりが灯された。
「びっくりするな・・・明かりぐらい炎とかでいいだろ。」
「ねえあなた。 これを見て。」
恋華が指差す先には数え切れないほどの書物が保管されていた。
そしてそこには「テッド戦役死者候補」と書かれた書類があった。
眉間にシワを寄せて恋華と共に書類をめくってみるとそこにはあの戦いで命を落とした大勢の者の名前が書かれていた。
スタシアのアルデンの祖父であるヒーデン公や嬴政に孫策や驚く事に虎白と莉久の名前まで書かれていた。
更に驚く事に冥府側の候補者の名前まで書かれていた。
言葉を失う虎白は更にめくってみると当時の冥王であるハデスとのやり取りまで記録されていたのだ。
「ふざけやがって・・・」
内容を見た虎白は怒りで声を震わせていた。
そこに書かれていた内容とはまるであの戦いで遊んでいたかの様な内容だった。
ハデスとの書類にはこう書かれていた。
「冥府側から戦死者を多く出させてやるから鞍馬の命を奪うな。」
「近頃、天上界では生意気な人間が増えているから多く死なせたい。 並びに鞍馬も同様に。」
「ダメだ。 鞍馬を死なせる事は許さない。」
あのテッド戦役は虎白を殺したいゼウスと死なせたくないハデスとの間で行われた茶番だったのだ。
お互いの反乱の意思がありそうな諸将を死なせて自らの地位を守るという事だ。
ゼウスはスタシアのヒーデン公やアンロードのグラントとカルロといった権力者でありながら虎白を擁護する者を消したいと考えていた。
一方ハデスはいつの日か虎白を救うために自らの冥王である地位を守りたいと考えていた。
ハデスに敵対しようと野心を抱えている者を大勢、ミカエル兵団を利用して死なせた。
この事実を知っていたのはオリュンポス神族だけだ。
あの壮絶な戦いで祖国が滅んだ国も少なくない。
今は宮衛党に身を置いているシフォンやルメーに美桜や白雪などは祖国と家族をテッド戦役で失っている。
全てはオリュンポス神族の思惑のために。
それを知った虎白は書物を握りしめて怒っていた。
「命をなんだと思ってんだ・・・」
テッド戦役で活躍したミカエル兵団とギリシア軍はゼウスから手厚い褒美を与えられた。
しかしあの戦いでは誰が活躍して誰が死ぬのかは決められていたのだ。
だがそれでも誤算とは生じるものだ。
戦死者の候補者として名前があったアンロードのグラントとカルロは攻め寄せてきた冥府軍をことごとく粉砕して混乱に乗じてなんと東側領土の全域を支配してしまったのだ。
ゼウスとしては由々しき事態であったが、立場上この活躍を褒めるしかなかった。
その結果、今日までアンロードは東側領土全域の支配者となった。
マケドニアを含むギリシア軍の活躍も決まっていた事だったのだ。
だがアレクサンドロスはそうとは知らず、ゼウスに忠誠を誓い続けてきた。
そして今。
アテナの説得も虚しく、アレクサンドロスは徹底抗戦の意志を示した。
しかしそれすらも見透かされていたかの様にギリシア軍が集結をするよりも早く皇国軍が到着していた。
アテナには再び手錠がかけられて後方へと連れて行かれた。
雷電達に鎧兜をつけられている虎白の表情はうなだれている。
第九軍の指揮を執るために後方へ下げようとする雷電の顔をじっと見ていた。
「殿・・・恋華様がお待ちです・・・」
「雷電・・・俺が何が言いたいのかわかるだろ・・・」
「御意・・・」
雷電は命令と主の心境の間で葛藤していた。
虎白が何を言いたいのかは言わずともわかっている。
「俺を放っておいてくれ」と言いたいのだ。
友の説得に行きたいのだと。
だがもう不可能な事だと雷電は思っている。
「殿・・・」
「言うな雷電。 俺は諦めねえ・・・」
「義務はどうなされた・・・」
「義務」とは虎白を司る言葉であった。
皇国の皇帝達には自身を司る言葉があった。
天白なら「破壊と再生」など。
中でも虎白は「義務」という言葉があったのだ。
今の義務は戦争のない天上界を作るために戦わなければならない。
私情で第九軍を放棄していいはずもなかった。
雷電からの問いに虎白は「でも行きたくねえ」と子供の様に返した。
すると雷電はため息混じりの笑みを浮かべた。
「変わりませぬな・・・弱き皇帝と揶揄されますぞ・・・」
「友達を見殺しにしてまで強き皇帝でありたいとは思わねえ。」
雷電の胸元を力強く押すと「俺は行くぜ」と歩き始めた。
すかさず雷電は虎白の腕を掴んでは首を左右に振って「なりませぬ」と発する雷電の言葉には力強さはない。
虎白は雷電の胸ぐらを掴むとその場に押し倒して馬乗りになった。
すると雷電の顔には涙が降り注いでいた。
「友達を見捨てないのだって俺の義務だ!! やる事をやるだけが義務じゃねえんだよ!!」
そう言うと雷電をその場に置いてアレクサンドロスの元へ向かった。
立ち上がった雷電はその場で一礼している。
「どうか悔いなきよう・・・」と小さな声で話すと恋華の待つ本陣へと戻っていった。
虎白は周囲で戦闘を行う皇国軍とギリシア軍の中を駆けていた。
戦況など言うまでもない。
第一から第九までの大軍勢が攻め寄せているのだ。
兵士単体の強さも言うまでもない。
部下達がマケドニアを制圧して友の首を跳ねる前に辿り着く必要があった。
途中で出くわす部下達に「虎白様!!」と呼ばれても振り返る事はなかった。
やがてマケドニアの王都へと入ると逃げ惑う国民と臨時徴兵されている男性達がいた。
素人の男性を徴兵したところで皇国兵の一柱とて討ち取れるはずもない。
虎白はこの惨劇を止めるためにも必死に進んだ。
「アレクサンドロスどこだ!!」
「鞍馬がいるぞ!!」
友を救いたい一心で叫ぶとマケドニア兵が殺到した。
虎白は第八感で時間を停止させると兵士の中を走って進んだ。
第八感の再使用には時間がかかる。
一度時間を停止させて動き始めれば次に止めるには多少の時間を必要とする。
だが虎白は既に第八感を三つも保有していた。
次に殺到するマケドニア兵と出会った時には「万物を触る能力」を使って近くの建造物を破壊して道を閉ざした。
亡き友であるハデスより継承した能力だ。
もう友を失いたくない。
虎白はその一心で進んでいた。
やがて王都の城の中に入ると近衛兵達が虎白の行く手を阻んでいた。
先に進めばマケドニア兵。
後ろに戻れば皇国兵が本陣へと連れ戻そうとする。
今の虎白はどこへ行っても追われる身だった。
第九軍の本陣に戻れば友を救う事はできない。
虎白は目の前にたたずむ近衛兵を倒そうと進んだ。
「第八感」
虎白が解き放った三つ目の第八感は「雷を操る能力」だった。
憎き敵であるゼウスから継承した能力だ。
城の中で雷鳴が鳴り響き、青く光る閃光が近衛兵を襲った。
しかし虎白は近衛兵を殺さなかった。
気を失わせると近衛兵を踏み越えていよいよ友の待つ部屋へと入った。
扉を蹴り破ってアレクサンドロスの元へ辿り着いた。
そこには玉座に座って最期の時を待つ友の姿があった。
ワインを片手に虎白の顔を見ても驚かず「飲むか?」と空いているグラスを手渡した。
「頼むよ・・・降伏してくれ・・・」
「そなたならわかるであろう?」
男には引けない時があると。
それは己の信念を貫く時だ。
アレクサンドロスは最後までオリュンポス神族に忠誠を誓うつもりだった。
「そなたらとゼウス様の間に何があったのかは知らぬ。」
「いいか、あれは・・・」
「言うな友よ。 今更それを知っても考えを変えるつもりはない。 そなたほどの男があそこまで激昂するのだ。 よっぽどの事であったのだろう。」
虎白という男を良く知っているアレクサンドロスはゼウスが何かとんでもない事をしてしまったのだとわかっていた。
だが今日まで忠誠を誓ってきた。
ゼウスからすれば使い捨ての駒にすぎなかっただろう。
目の前にいる日本神族の友なら自分を大切に扱ってくれるだろう。
全てわかっている。
「我の決定で多くの同胞を死なせた。 それが今になって我だけ生き残ろうとはあまりに身勝手ではないか。」
「だからって死ぬな!! 嫁のレミだってメテオ海戦で・・・」
「頼む友よ!!」
勢いよく立ち上がったアレクサンドロスの瞳は鋭かった。
「もう言わないでくれ」と目で訴えかけている。
そしてワインを机に置くと虎白と反対側に歩き始めた。
虎白も一定の距離を保ったまま、歩き始めた。
両者は広い部屋の中心へ行くと互いに動きを止めた。
「我が友よ。 そなたと戦えた事は嬉しく思うぞ。 メテオ海戦はよかったな。」
「お前の船が来なければ死んでいた・・・」
「なんという皮肉だ。 あの日そなたを救ったがためにこうなるとはな・・・」
両者に沈黙が流れた。
そしてアレクサンドロスは腰に差す剣を抜いた。
虎白は刀を抜かなかった。
「頼むよ」と声を震わせている。
「みんな行かないでくれよ・・・」
「嬴政がいるではないか。」
「みんなにいてほしいんだ・・・」
「それは傲慢だぞ友よ。」
虎白は考えていた。
雷を使って気絶させようか。
それとも触らずに持ち上げて脱出するか。
時間を停止させて縛り上げるか。
だが次の瞬間、アレクサンドロスは剣を虎白に向かって振り抜いた。
平然と避けた虎白は「頼む」と話していた。
だがもう聞く耳は持たなかった。
連続して攻撃を繰り出すアレクサンドロスだったが、虎白は全て簡単に避けていた。
それほどまでに両者の神通力には差があった。
だが虎白は強さを友に求めているのではない。
「戦争のねえ天上界を作りたいんだ・・・」
同じ志を持つ友に生きていてほしい。
ただそれだけだった。
剣を振り続けるアレクサンドロスに向かって雷を浴びせた。
近衛兵に使った時と同じ死ぬ事のない力で。
だが勇者たる征服王は失神する事はなかった。
体を震えさせながら果敢に襲いかかっている。
「鞍馬ああああああ!!!!!!!」
すると扉を突き破って続々と皇国兵が部屋に入ってきた。
既にマケドニアは陥落したようだ。
皇帝である虎白が何故か先に部屋にいて最後の生き残りである敵と戦っている。
そう認識した皇国兵は弓を構えた。
すると。
「手出すんじゃねえ!!!!」
虎白は絶叫した。
これに驚いた皇国兵は弓を下ろして主の戦いを見守っている。
その間もアレクサンドロスは剣を振っていたがかする事すらなかった。
虎白は考えるというより覚悟を決めていた。
この状況で友を救う選択肢はもうないのか。
仮に無力化しても恋華に殺されるのは明白。
恋華は虎白が口にした「戦争のねえ天上界」という言葉の実現のために脅威を排除している。
それなのに脅威となっているアレクサンドロスを生かそうとしている。
覚悟を決める他なかった。
虎白はアレクサンドロスが剣を振り抜いた次の瞬間。
刀を鞘から抜いて居合い切りを行った。
虎白の顔には赤い血が飛び散った。
そして力が抜けてその場に倒れ込む友の表情はなんとも清々しかった。
「と、友よ・・・」
「うう・・・」
「泣くな友よ。 夢の実現に一歩近づいたのだ。」
虎白の腕の中で最期の時を迎える勇者は幸福に満ちていた。
決して降伏する事なく。
涙に溺れて手が震える虎白は友の最期を受け入れられなかった。
「どうしてこうなる・・・」と声を震わせる虎白の顔を優しく触っている。
「時には犠牲が必要なのだ。 我はそれで構わぬ。 どうせそなたには勝てぬのだからな。 メテオ海戦の時にそれを理解していたのだ・・・」
虎白のカリスマ性と戦術の狡猾さ。
そして子供の様な純粋な思いは当時敵であったアルテミシアやレミテリシアの心すらも射止めた。
アレクサンドロスは征服王と呼ばれる英傑だ。
しかしそんな彼でも虎白の様な敵すらも魅了する才能はなかったのだ。
征服して敵を殺していく。
それが自身が同胞から「勇者」と讃えられる所以。
自分にない魅力を持つ虎白は時に妬ましく、時に頼りになる存在だった。
「そなたの夢を見られぬは残念だがこれでよかろう。」
「うう・・・」
「いつの日かそなたの夢の先を聞かせてくれ。 上手いワインを用意しておくぞ・・・」
今にも勇者の命は旅立とうとしている。
だが勇者が最期に魅せた表情は満面の笑みであった。
虎白は涙の中で笑って返した。
「さらばだ友よ・・・・・・」
周囲の皇国兵は旅立つ気高き勇者に一礼している。
虎白は部屋の真ん中で号哭を上げた。
ギリシア軍が統治する西側領土全域は皇国軍によって制圧された。
戦闘が始まって僅か九時間の出来事だった。
残るギリシアの民は即座に到達点へと送られて空いた領土にはモンゴル帝国と秦国と白陸が分割する事になった。
これで天上界統一が達成された。
高天原と皇国と白陸では盛大な宴が行われていた。
だが最大の功労者である虎白は帝都の城で寂しく酒を飲んでいた。
「あなた。」
恋華が様子を見にやってきたが虎白は振り返りもせずに夜景を見ていた。
悲しみに暮れる夫の背中に一礼すると部屋を出ていった。
すると竹子が部屋に入ってくると虎白の背中に抱きついた。
「辛かったよね」と優しい声で話している。
虎白は何も答えなかった。
だが竹子の細くて白い腕が濡れていく事に気がついていた。
「いいよ。 何も言わないで。 でも後少しだけ。 このままいさせて。」
竹子の温もりを背中で感じている虎白は勇者との日々を思い出していた。
それは今から三十年以上も前のメテオ海戦終結時。
アルテミシアを虎白が討ち取り、レミテリシアが最後の不死隊と攻め寄せる直前の事だ。
戦場には白陸兵とマケドニア兵。
そして冥府兵の亡骸が無数に転がっていた。
だが戦勝に歓喜する天上軍は声を上げて行進していた。
アレクサンドロスもまた、勝利に湧いていた。
虎白の元へ来て祝おうとワインを持ってきたが表情は勝者とは思えないほど暗かった。
「どうした鞍馬よ。 もう終わったのだぞ。」
「終わってなんかいねえ。 始まるんだ今から・・・」
その言葉にアレクサンドロスは困っていた。
アルテミシアは倒れ、残る冥府軍も崩壊寸前。
これを勝利と言わずに何というのだと。
虎白は小さい声で「これから大勢死ぬ」と話していた。
「兵が死ぬのは戦だから仕方あるまい。」
「馬鹿言うな。 そこで倒れているあいつら一人一人に思いがあったんだぞ。 終わらせないと・・・」
アレクサンドロスはその時目を疑った。
虎白は泣いていた。
誰よりも功績を上げて天上界は「英雄」と呼んでいる。
だが勇者の目の前で英雄は震えながら泣いていた。
勇者は英雄に向かってこう言葉をかけた。
「ではそなたが作ればよかろう。 争いが起きない天上界を。」
「はあ!?」
「できるのであろう。 そなたなら。」
なんて馬鹿げた事を言いだしたのだと目を細める虎白だったが、アレクサンドロスの目は真剣そのものだった。
虎白は兵士の亡骸を見ながら「ああ」とうなずいた。
そして「戦争のねえ天上界を作ろうぜ」とアレクサンドロスの顔を見た。
「英雄がそれを求めるのであれば。」
「勇者が協力してくれるのであれば。」
『叶うだろう』と両者が手を取り合った。
虎白の夢の一歩が踏み出された瞬間だった。
そして今。
虎白の夢は実現を間近にしている。
だが勇者は英雄の手で散り、残った英雄も暗闇の部屋の中で震えていた。
竹子の温もりを感じる虎白は声を震わせながら「お前らだけは離れないでくれ」と白くて小さい手を握りしめた。
「もちろんだよ。」
虎白はその晩、竹子と一夜を過ごした。
そして丁度その会話をしている頃に虎白の部屋の前まで来ていた白斗はやりきれない思いでいた。
部屋に来た理由は自分が何のためにアテナを説得したのか知りたかった。
友であるアレクサンドロスを殺すためなのか聞こうとしていた。
「父上・・・なぜ言ってくださらないのですか・・・そこまで苦しんでおいでなら・・・」
白斗はこの時初めて父が無敵ではないと悟った。
父も自分と同じ様に悩み苦しんでいるのだと。
白斗は城を出るとアレクサンドロスの墓に手を合わせた。
オリュンポス事変の成功。
西側領土の制圧。
天上界の統一。
虎白の夢はあと一歩だった。
残すは冥府のみ。
ハデスの息子であるペデスと冥府軍。
魔族の残党も健在。
あと一歩だ。
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