第10ー3話 天冥の皇太子

ギリシアを制圧して落胆している虎白の元に咲羅花桜火から手紙が届いた。



力のない表情で手紙を手に取ると「おお」と内容を読んでいた。



そこに書かれていたのは冥府軍からの交渉を求めるという内容だった。



部屋から出ると重い足取りで向かった先は息子である白斗の元だ。



宮衛党へと入ると兵士達と激しい訓練をしている息子を見ていた。





「いい調子だな。」

「ち、父上!?」





一時期の白斗は政務も軍事も投げやりになっていたが、今は訓練を行っては領土の視察にも出ていた。



そんな白斗の元へ訪れた理由は桜火からの手紙にあった。



天上門の防衛、監視を任されている桜火の大和国は突如接近してきた冥府軍に臨戦態勢となったが、交渉旗を持って近づいてきた者に驚きを隠せなかった。



その者はハデスの忘れ形見とも言える息子のペデス本人だった。



ペデスは桜火に手紙を渡すと足早に帰っていった。





「そうなんですかあ。 連中は何を話したいのですかね。」

「天冥同盟かもしれねえな。」





それを聞いた白斗は「父上の夢が叶いますね」と笑みを浮かべていた。



だが次の瞬間白斗は驚く事を聞かされた。



虎白は平然とした表情で「お前がペデスに会ってくれ」と話したのだ。



この時虎白はある事に葛藤していたのだが、既に覚悟を決めた様だった。



ある事とは息子白斗を政務、軍事から遠ざけてメリッサと共に平穏な暮らしを与えたいという気持ちだ。



もう一つは白斗の意志を尊重して皇太子としてこのまま、育てるかという二つの内容で葛藤していたが先日のオリュンポス事変での活躍などから皇太子の道を歩ませる覚悟を決めたのだ。





「いいか。 お前は俺の後を継ぎたいんだろ?」

「え、ええ・・・」

「なら向こうの大将だって後を継いだ身だ。 お前が行ってわかり合ってこい。」





虎白の言っている事は正論だった。



しかしペデスの本心はまだわからない。



父のハデスは天上界で死んだ。



虎白の「生きてほしい」という願いも虚しくハデスの意志で虎白の手によって命を落とした。



これをペデスがどう解釈しているかはわからなかった。



そんな不安を抱きながらも虎白はこの任務を白斗に任せたのだ。




「護衛に俺の兵を連れて行け。」

「よろしいのですか?」

「もちろんだ。 皇太子なら宮衛党だけじゃなく全軍を指揮できないとな。」





緊張した様子の白斗は早速、会合場所の中間地点へと向かう支度を始めた。



同行するのは虎白からの信頼も厚く下界の管理まで任されている雪花という狐帥だ。



おしとやかな雰囲気と冷静な判断力から虎白に非常に気に入られていた。



準備を進める白斗の元へ雪花と雪花軍団が到着した。



総勢三万もの皇国第九軍の護衛だ。



足早に宮衛党の門を出た白斗は雪花の前に立つと「よ、よろしくお願い・・・頼む」とぎこちない態度をみせている。



笑みを溢した雪花は「遠慮なさるな殿下」と一礼していた。






「わ、わかった。 では護衛頼むぞ。」

「御意。」





そして白斗は皇国九軍の中でも特に精鋭部隊である雪花軍団を引き連れて中間地点へと向かった。




















白斗を送り出した虎白は部屋に戻ると昼間だというのに布団を敷いて横になっていた。



着物を脱ぎ捨てて城内の妻達と暮らす部屋に戻ってしまった。



神話という位になった妻達は増大した領土と臣民に新たに加わった兵士の管理に追われていた。



何もかもが今までとは異なり、富国強兵へと奔走していたのだ。



だが当の虎白は身も心も疲れ果てていた。



誰もいない部屋で横になって目をつぶっても眠れる事はなかった。



目をつぶると死にゆくアレクサンドロスの表情が消えなかった。



既に虎白は三日も不眠状態だった。



部屋に残る愛する妻達の香りを嗅いで安心すると、起き上がって皆で食事する広間へと行き、座り込んでいた。



言葉を発する事もなく、ただ一点を見つめてはため息ついている。



するとまた歩き始めて城の天守から帝都の街を見下ろしていた。



本来なら虎白の隣にはロキータが必ずついている。



だが、心の傷を心配した竹子の配慮で今は尚香の海軍再編成の手伝いに出ている。



傷ついた虎白に傷ついたロキータの心を支える余裕はないと判断したからだ。



虎白は天守に立つと真下をじっと見ていた。



それは町並みを見つめるというよりは地面を見ていた。



皇国兵が警備する様子が見える。





「死ねっかな。」





そうつぶやくと天守の手すりに身を乗り出していた。



風を感じて目をつぶると「馬鹿者が!!」という女性の怒鳴り声が聞こえる。



虎白にとってその声は聞き慣れているが決して近くで聞く事のできない尊い声だった。



強力な第六感を有する虎白だからこそ聞こえる声なのだ。





「アルテミシアか・・・」

「夢の実現はどうした。」





はるか昔にも思える。



アルテミシアとの戦いでは「戦争のない天上界」のために奔走したものだ。



だが夢の実現が迫ると心身の疲れと悲しみばかり残った。



「全然思ってたのと違うよ」と小さい声で話す虎白に対してアルテミシアは「まだ夢半ばだろう」と返した。






「失いすぎたんだ・・・」

「だが残っている者もいるだろう。 我が妹はそなたを信じている。」





その言葉を聞いた時にレミテリシアが監視塔から飛び降りた日の事を思い出した。



身を挺して守った虎白は心の底からレミテリシアに生きていてほしかったのだ。



「必ず生きていてよかったと思える」と力強い言葉を浴びせていた。



それが今では自分が死のうと考えているとは。



あまりにも失礼だと痛感した。





「レミは頑張っているものな・・・」

「美しく有能な我が妹はそなたのものだ。」

「だから置いていくわけにいかねえよな。」





手すりから戻って部屋へと歩いていくと「ありがとなアルテミシア」と小さい声で話すと、気配はすっと消えていった。



大きく息を吸った虎白は布団を畳むと恋華が待つ政務の場へと向かった。



白陸全域で行われる富国強兵は順調に進んでいる。
































そしてその頃、白斗は中間地点へと辿り着いていた。



豪雨の中で雨具を着たまま冥府軍の到着をじっと待っている。



薄暗い不気味な天候の中で遠くから複数人の人影が見えてきた。




「来たぞ!!」




やがて人影は複数人から増えていき何百という人数へと増えていった。



すると天候が変わり、晴れ始めた。



近づいてきた冥府軍を見て白斗は驚きを隠せずにいた。



その光景には冷静な雪花ですら目を見開いて驚いた様子だった。



先頭を歩くのはペデスだ。



そして白斗達が驚いた理由は近づいてきた冥府軍の全員が傷だらけだった事にある。



ペデスまでもが満身創痍といった様子だ。





「白陸の代表者か?」

「く、鞍馬白斗と申す。 ペデス殿とお見受けするが。」





すると白斗の顔を見て安堵した様子で微笑んでいた。



しかし白斗はその異常とも言える冥府軍の様子に笑顔は生まれなかった。



「何があった?」と尋ねる白斗にペデスは「天上界と争っている場合ではない」と溢した。



雪花軍団が設営したテントの中にペデスを招き入れた白斗は水と食べ物を渡して傷の手当をさせた。






「すまないな・・・」

「一体どうしたんだ?」

「今冥府は割れている。 講和派と主戦派でな。 当然僕は講和派だよ・・・」





疲れた様子のペデスは食べ物を流し込む勢いで部下達と食べると水を飲んで一息ついて「ありがとう」と笑みを浮かべていたが節々から伝わる疲労感は凄まじかった。



そして落ち着きを取り戻したペデスは「父が残した天冥同盟を続けたい」と話していた。



うなずいた白斗は手を出して握手をするとペデスは表情を歪めて何やら言いたそうにしている。





「どうした?」

「無理は承知で話しているんだが・・・天上軍を援軍として送ってくれないか?」





その言葉にたまらず白斗は隣にいた雪花の顔を見ていた。



すると雪花は「可能性は限りなく低いでしょう」と返した。



下を向いたペデスに雪花は「まだ議論すらしていないので」と確定された事ではないと続けた。



しかし現実問題、援軍の派兵は可能性は低いだろう。



誰が主体となってどこの軍隊が冥府に行くのか。



それが問題だ。



落胆するペデスは「わかった」とため息混じりの返事を返すと立ち上がって馬にまたがった。



見送る白斗の顔を見ていた。




「お互い大変な星の下に生まれたな。」

「そうだな・・・でも親は選べないよな。」

「ああ。 なら生きるしかない。」




馬上で笑みを浮かべるペデスを見て白斗も微笑んだ。



そして天上軍、冥府軍による異例の会合は終わった。



白陸に戻った白斗はすぐさま虎白に全てを話した。



ペデスに敵意はなく苦境に立たされているという事も。



部屋で話を聞く虎白は渋い表情を浮かべていた。





「そう来たか・・・援軍かあ・・・」





白斗の表情を見ると、どうしても援軍として行きたいといった表情を浮かべていた。



ハデスの忘れ形見ともいえるペデスは虎白にとっても捨てがたい存在だった。



しかし現実的に冥府という危険な土地に軍隊まで連れて行く事に賛同する者はいないと考えていた。



今の天上界は白陸によって統治されてはいるがその背後には皇国や高天原という神族の国家が君臨していた。



天王である虎白は天上界での統治こそ絶対的な権力を有していたが、天上界を離れて行動するとなると皇国を統治する兄の天白や高天原のアマテラスからの許可も必要となってくる。



虎白は立ち上がると「話だけはしてくる」と城を出て兄の天白の元へ向かった。




























安良木皇国。



日本家屋の木製の家々が立ち並ぶ皇国はあまりに神秘的ともいえる風景が広がっていた。



木製といえど白い木で作られる家屋は美しく、武士ではない皇国の民達はそれぞれの仕事を一所懸命にこなしていた。



まさに日本人の原点とも言える勤勉に取り組む姿は「我らが手本なるぞ」と無言で人間に教えているかの様だった。



すれ違う民が必ず立ち止まって笑顔で虎白に一礼する中で歩き続ける虎白は一番の理解者とも言える第八皇帝の利白の元を訪れた。



皇国第八軍が管轄するこの地域では「愛を司る」利白らしい優しさで溢れた民達が暮らしていた。



そして第八軍の兵士に声をかけると利白の元へと案内された。



城に入ると子供の狐達に学問などを教える利白が座っていた。



虎白の顔を見るなり満面の笑みで出迎えた。





「朕は弟と話す。 子らは精進するのだ。」





声を一つに『はい利白様』と返事をする可愛らしい子供達を見て微笑む虎白の元へやってきた利白は「いかがした?」と優しく頭をなでていた。



そして利白と共に城の中を散歩しながら冥府への援軍派兵の話を始めた。



深刻な表情で愛弟の話を聞く利白は「左様か」と声を出し、池に咲く花を見ていた。





「朕は悲しく思う。 何故こうも命を奪い合うのか・・・」

「誰もが兄貴みたいに優しくないんだよ。」

「愛弟よ。 援軍を派兵したいのか?」





利白からの問いに力強くうなずいた虎白を見ると「変わらぬ義務であるな」と微笑んだ。



そして「天の兄上に話すとするか」と虎白の手を引いて天白の待つ第一都市へと向かった。



果たして「破壊と再生」を司る天白は何を思い、何を口にするのか。



そんな不安を胸に虎白と利白は向かった。















皇国第一都市。



鞍馬天白が治める安良木皇国の首都。



白と金色に塗装されている家々に、皇国軍の中でも選りすぐりの兵士のみが所属する第一近衛隊。



何もかもが異次元の美しさだった。



緊張した様子の虎白は利白の袖を掴んで歩いていた。



そして城へ入ると天白が出迎えた。





「愛弟達よ。」

「兄貴い・・・」





虎白は天白に冥府での事情を説明した。



すると天白は「冥府を滅ぼして新たな冥府にすればよかろう」とまさに破壊と再生を物語っていた。



天白の話す「滅ぼす」という言葉にはペデスの命も含まれていた。



古き冥府を破壊して新たに皇国の管理下にある冥府を作るという考えだ。



その言葉を聞いた虎白は「そうじゃない」と首を振っていた。





「では何がしたいのだ?」

「ペデスは死なせたくない。 だからペデス統治下の冥府として作り直したい。」

「脅威を全て排除してか?」






すると天白は「冥白を呼べ」と傍らの家臣に話すと走って冥白という者を呼びに行った。



虎白と利白は顔を見合わせると「冥の兄貴?」と虎白が首をかしげていた。



鞍馬冥白。



皇国第二皇帝にして「闇と安寧」を司る者だ。



これは古くから皇国で話されていた大陸大戦の勝利後の計画だった。



敵対するギリシア神族を倒した後に冥府を統治するのは冥白の役目であった。



何故なら冥白にはそれが可能だからだ。



しばらくすると冥白が部屋に入ってきた。



虎白と同じ様に白い肌をしているが目の周りは薄黒くなり紫色の瞳が不気味さを増している。



「愛弟よ・・・」と話す冥白の言葉は小さくそして低い声で話す様子はまるで冥府の者の様だ。






「冥の兄貴!!」

「変わらぬな・・・兄上何用か?」

「冥府に侵攻するぞ。」






この話を聞いた冥白は「理解した」と話すと皇国第二軍の元へと戻っていった。



安良木皇国の中で秘密裏に進む冥府侵攻作戦はペデスの救出と反乱勢力の完全排除。



そしてペデスと冥府を天上界の属国として敵意を二度と見せない所まで運ぶのが目標となった。



虎白は何日も皇国に滞在した。



白陸で政務を行う妻に会うことはしばらくできない。






「よしじゃあペデスには冥府門を死守してもらわないとな。」

「我らなれば犠牲も出まい。」





虎白と天白は入念に侵攻作戦の計画を練っていた。



冥府制圧後に冥白をペデスの補佐として入国させる事も計画の一つだ。



表向きは補佐だが、冥白が入る事によって冥府は完全に皇国の統治下となる。



天白の狙いはそこだった。



虎白の狙いはペデスの生存と戦争のない天上界。



利害の一致する兄弟は着々と計画を進めていた。



しかし兄弟は高天原の許可を得ていなかった。



日本神族においてアマテラスが最高神となる。



つまり皇国の上に立つのは高天原だ。



許可を得ていない事を危惧する虎白は「兄貴い」と口を開いた。





「御大将か?」

「さすがにヤバくねえか?」

「計画が完成してからでよかろう。」





天白に焦る様子はなかった。



淡々と計画を練る天白を見ていると「白陸に戻って九軍に伝えて参れ」と話した。



「許可は余がもらっておこう」とだけ話すとそれ以上口を開かなかった。



心配そうに白陸へ戻った虎白は疲れた様子で城へと入っていった。



すると虎白の破れた着物を塗っている竹子が部屋にいた。




「政務はいいのか?」

「又三郎とルーナと交代制で管理するの。」

「賢いな。」






竹子は夫との時間がどうしても欲しく、有能な副官である椎名又三郎とルーナの三人で統治を行っていた。



歴戦の白神隊が新兵訓練を行い、統治は順調と言えた。



疲れた表情の虎白を見ると「膝に来る?」と問いかけた。



すると虎白は姿を狐に変えると子犬ほどの大きさになって竹子の膝の上で小さく丸まっていた。






「あら。 ふふ。」

「ふぁー」

「よしよしゆっくり眠って。」





竹子の膝の上に行くと今までの不眠が嘘の様に熟睡していた。



着物を縫い終えると眠る虎白を抱きかかえて部屋へと戻っていった。



虎白の夢の実現まで後わずかだった。

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