シーズン9最終話 動きだす新時代
この100万年という途方もない戦いはゼウスが圧倒的に有利な状態で続いた。
驚異的な第九感によって。
何かが違えばゼウスの統治に終わりは来なかったはずだ。
ゼウスはポセイドンと共に血眼で襲いかかってくる日本神族と戦いながら考えていた。
ルシファーやハデスを冥府へ堕した所までは良かった。
人間を洗脳して彼らと冥府が「悪」だという事も上手くできた。
自身は偉大で抱かれる人間は神に抱いてもらえるのだから光栄に思わなくてはならないと思わせる事までできた。
「おかげで快楽の毎日だった。 それが今では・・・」
ゼウスの快楽を邪魔する日本神族を睨みつけている。
眼前に現れたのは忘れたくても忘れる事のできない忌々しい顔。
白い顔に半分だけ赤い入れ墨の様に模様がある特徴的な顔はまさに血眼となってゼウスへ襲いかかっている。
その時ゼウスは怒りに震えていた。
完璧に統治できて、全てが自分の思い通りだったのにそれを破壊した張本人が鞍馬虎白という狐だった。
「全てはあいつを人間に落とした事が間違いだった・・・たった一つの間違いでまさかここまで追い込まれるとは・・・」
嫌がらせの意味も込めて人間として生かした虎白がまさかここまで戻ってくるとは思わなかった。
ゼウスは雷の姿のまま小さい声でつぶやいた。
「せめてあいつだけは道連れにしてやる」と。
追い込まれたゼウスは虎白だけを見ていた。
時を同じくして虎白も今日までの永遠にも感じる日々を思い出していた。
「大勢失った・・・フレイアやオーディンだけじゃねえ。 日本神族だって大勢やられた・・・」
神々の戦争は熾烈を極めた。
大地の形は変わり海水によって広大な海ができた。
あの戦争はルシファーの優しさから始まったのだ。
人間を守りたいという優しさから。
虎白は少し口角を上げると指先で濡れた瞳をさっと拭いた。
「もう始まってんだ。 新時代の流れはよ。 ゼウスは刺し違えても到達点へ送ってやるよ。」
刀を力強く握った虎白は多くの仲間に囲まれた最後の戦いへと足を踏み出した。
新時代の風が吹いている。
虎白やハデスが口にしている言葉は天上界全域で形となり始めていた。
ここは北側領土のスタシア王国。
アルデンは盟友スレッジと共に北の敵勢力との戦いを繰り広げていたが、オリュンポス軍崩壊の一報を聞いた勢力は一斉にアルデンへ降伏を申し出た。
時代が変わる事に気がついた諸国はこれ以上の戦闘を継続すれば反逆者になるのは自分達なのだと痛感していた。
代表達がアルデンの前に現れると片膝をついて頭を下げていた。
「降伏を認めましょう。 奴隷制の完全撤廃が条件です。」
険しい表情をした各国の代表だったが渋々受け入れた。
この瞬間にスタシアが北側領土の最高統治者という事が確定した。
アルデンは領土の再分配と各国にスタシア軍を駐屯させる事を決定した。
赤い髪を風になびかせて周囲を見渡すと傷だらけの将兵で溢れていた。
命を落とした者も多かった。
「虎白・・・夢が叶ったら償わなければ。 多くの犠牲者に。 だが実現しなくては犠牲はもっと増える・・・あと一歩だな。」
スタシアは保有戦力の1割を損失した。
周囲で倒れる兵士の亡骸を見て大きなため息をつくとその場に座り込んだ。
スタシアとスラグがここで踏ん張らなくてはどうなっていたか分からなかった。
万が一にも北の諸将がオリュンポスへ現れていたら白陸軍は大勢の戦死者を出す事になっていただろう。
アルデンは南の空を見ていた。
そして竹子と宰相の率いる白陸軍も戦闘は続いていた。
王都に本陣を構えた竹子は神族の最後の戦いを見ていたが、まだ諦める事のできない者達が存在していた。
西のギリシア軍だ。
彼らは開戦当初から王都への進撃を始めたが到着が大幅に遅れていた。
そして戦況が決まった今になって現れた。
竹子は白陸軍を迎撃に向かわせた。
ギリシア軍の遅参の裏にはある者の影響があった。
時は少し戻り西の大軍が王都へ進撃して白陸軍の背後を強襲しようとしていた。
「何かいます!!」
先兵がアレクサンドロスに叫んだ。
砂埃の先で佇む大勢の姿をアレクサンドロスが視認した次の瞬間には銃声と共に先兵が大勢倒れた。
驚いたアレクサンドロスは人影を見つめていた。
そこには金色の旗が風になびき、札束と拳銃が描かれた旗が見えた。
「悪いが通せないなあ。」
笑みを浮かべる髭面の男はサングラスを外してアレクサンドロスを見ていた。
その男の名はカルロだ。
東側領土のアンロード王国軍だった。
カルロ達がここに現れた理由は宰相夜叉子の計略だった。
夜叉子は自身と第4軍ではギリシア軍を止める事はできないと考えていた。
周囲の南軍の救出から直ぐに始まったオリュンポス軍との戦闘。
この状況で西のギリシア軍まで食い止める戦力はさすがの白陸でも存在しなかった。
そこで夜叉子は妹の修羅子に連絡してアンロード王国軍を地下道から西へ向かわせていた。
夜叉子の機転によりギリシアの進撃を止める事ができた。
「ええい!! かかれー!!!!」
想定外の事態に激昂したアレクサンドロスとアンロード王国軍との戦闘が始まった。
この事でギリシアの王都到着は大幅に遅れた。
アンロードの国王グラントはその光景をテレビで見ながらワインを飲んでいた。
女を左右に座らせて得意げな表情だった。
「虎白は間違いなく世界をひっくり返す。 嬉しいもんだ。 教え子が時代を築くなんてな。」
このグラントとカルロは東側領土の全域を支配するという異次元の権力を握りながらも天上史を揺るがす大事件には参加する事は少なかった。
だが白陸の窮地には確実に参加しては虎白を助けてきた。
一体この者は何者なのか。
それは虎白が下界に人間として落とされる前の話だ。
大陸大戦の敗北で日本神族は到達点へと送られたが虎白だけはゼウスのペットの様に連れ回されていた。
ゼウスは一番の脅威と感じた虎白を自分の配下に置く事で優越感を味わっていたのだ。
「天王様。 お次は何を?」
「東のアンロードとか言う国が拡大している。 様子を見てこい。 必要なら殺せ。」
「仰せのままに天王様。」
今では考えられないほど従順な虎白はゼウスの命令で東へ赴いた。
そこで虎白は運命的な出会いをする事になった。
王都を出た虎白を迎える様に門に寄り掛かる嬴政と孫策は笑みを浮かべていた。
「天王はなんだって?」と孫策が尋ねると虎白は命令の事を話した。
そして虎白達は東へ向かった。
「なあ虎白聞いたか? 近いうちに冥府が大規模攻勢を仕掛けてくるらしいぜ。」
興味もなさそうに足早に歩く虎白はそこで暴れるスカーレットに出会った。
ベルカが中に入っているとは知らずに。
そしてその後アンロードの偵察と戦闘を行った一同はグラントとカルロの元へと辿り着いた。
不敵に笑うグラントはワインを飲みながら虎白に尋ねた。
「狐のギリシア神族なんて珍しいな。」
「俺はギリシア神族じゃない。 日本神族だ。」
「へえ。 じゃあお仲間は?」
「みんな死んだ。 生き残った俺をギリシア神族が保護してくれてんだよ。」
当時グラントも大陸大戦の事は知らなかった。
グラントはただ悪ふざけをしていたに過ぎなかった。
だが虎白には言葉の一つ一つが突き刺さった。
「何故自分だけ生き残ったのか?」というグラントからの問いに答えられなかった。
何も覚えていないからだ。
そしてグラントは虎白の空虚な心につけ込んだ。
「もしかしたら何か驚く真実があるんじゃないのか?」
「さあな。 天王の命令だ勝手に領土を広げるな。」
するとグラントはカルロと顔を見合わせて笑っていた。
「世界をひっくり返したいんだよ」と話すグラントの言葉を聞いた虎白は首をかしげていた。
ゼウスの統治下にある天上界をひっくり返すとは、あまりに壮大な話に聞こえた虎白は呆れた表情で遠くを見ていた。
「そもそもただのマフィア集団のてめえらが。」
「なあ狐。 俺らについてこい。 一緒に新時代を築こうぜ。」
これが虎白にとって運命的な出会いとなった。
直後に起きたテッド戦役で孫策達を失った虎白を保護したのもグラント達だ。
だが同時に傷心している虎白に新たな活動場所としてゼウスが提供した場所こそが人間である祐輝の体だった。
どこまでも性格の悪いゼウスは虎白にかつての親友であるルシファーと戦わせて、友人を目の前で死なせてから人間に生まれ変わらせた。
それ以来グラントは虎白の味方だった。
世界をひっくり返す時を心待ちにして。
そして今。
虎白はゼウスを目の前にしていた。
周囲を日本神族が取り囲んでいる。
鬼の形相の虎白は「降伏は認めない」とつぶやくと襲いかかった。
「お前が倒せ虎白よ!!」
天白がそう叫ぶと虎白も咆哮を上げた。
その時虎白の脳裏に蘇る大勢の犠牲者達の顔。
フレイアを始めとする大勢の顔が。
アルテミシアやウィッチに白陸軍の将兵の顔が蘇る。
そして咆哮を上げたまま次に叫んだ言葉は。
「帝時亜狩っ!!!!」
オーディンとフレイアから授かったこの技はあまりに強烈だった。
時間は停止して対象物との時間を自在に操る事ができた。
虎白自身の動きは加速していた。
停止して動けないゼウスの肩から下に斬り裂いた。
そして時間が動き出すとゼウスは吐血したが直ぐに雷に姿を変えて逃げようとしていた。
一方ポセイドンは海水で弟のゼウスを援護していたがこちらにもハデスが襲いかかっていた。
「あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
三叉槍を万物を操る能力で引っ張りながら大鎌を振り抜いた。
海水に姿を変えようとしていたポセイドンに対して高天原軍総大将のアマテラスの援護があった。
日本神族の総大将だ。
彼女もまた大陸大戦の屈辱を晴らそうと必死だった。
「晴天泰平(せいてんたいへい)」
海水は煙を上げてポセイドンは姿を戻すと身体中が燃えていた。
これこそアマテラスの能力である「太陽を与える力」だった。
時には人間や世界を照らし、時には悪の根底を照らす。
ポセイドンは体の中に太陽でも入れてしまったかの様に赤く体を変色させて悲鳴を上げていた。
「冥王。 討ち取りなさい。」
「あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
そして大鎌はポセイドンの頭から真っ二つに斬り裂いた。
それと同時にハデスは力尽きた様にその場に崩れ落ちた。
だが目だけは虎白を見ていた。
「行け鞍馬・・・虎白よ・・・」
雷に変えて逃げようとするゼウスに向かって銃弾が飛び交った。
エヴァのナイツがミナカタと共に現れた。
この程度で死ぬ事はないがゼウスはナイツの銃撃で姿を上手く変えられずにいた。
それだけ神通力を消耗しているのだ。
「虎白行けー!!!!」
エヴァが叫ぶとミナカタが大岩をゼウスに向かって投げ飛ばした。
雷を浴びせて大岩を砕くと破片と共に虎白へ襲いかかった。
「死ね鞍馬あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」と絶叫しているが虎白の表情は誰よりも冷静だった。
「大陸大戦は終わる。 みんなごめんな。 それと。 ありがとうな。」
大きく息を吸い込むと「帝時亜狩」と叫んだ。
次の瞬間にはゼウスが真っ二つに裂けた。
少しの沈黙の後、アマテラスが「勝鬨を上げなさい」と沈黙を破ると日本神族達は大地が割れるほどの雄叫びを上げた。
それはいつまでも続く様だった。
100万年分の苦悩が今終わったのだ。
虎白は鞘に刀を戻すとハデスの元へ歩いていった。
「お前も天上界に戻ってこい。」
純白の手を差し出すとハデスは嬉しそうに微笑んだ。
だが首を縦には振らなかった。
虎白の顔をじっと見て「さあ」と大鎌を置いて前かがみになっていた。
「我も大陸大戦の敵なるぞ。」
「な、何いってんだよ? お前がいたから勝てたんだよ。 お前はもう仲間だろ。」
アマテラスはうなずいていた。
高天原の総大将が認めたのだ。
ハデスはもはや仲間だ。
しかしハデスはその場から動かなかった。
「我の忌々しい体を斬ってくれ。 あの愚弟と共に育った我を解放してくれ。」
ハデスは目を閉じると大きく深呼吸をして「最期に本当に幸福であったぞ」と笑みを溢した。
既に凄まじいほど感じられた邪気はなくなり、美しいギリシア神族となっていた。
だがハデスに永遠に絡みつく過去と罪悪感は消えない。
虎白は唇を震えさせて「もういいだろ」と立ち上がらせようとしていた。
「そうはいかない。 頼む。 我の最期の頼みを聞いてくれ。 くら・・・虎白よ。 我が友よ。」
その場で動けなくなっている虎白の肩に天白が手を置いた。
静かにうなずく天白は「武士として礼儀だ」と虎白の刀を触っていた。
うつむく虎白はゆっくりと刀を抜いた。
そしてハデスの頭部を斬ろうとしているが手が小刻みに震えていた。
「どれだけ殺せばいいんだ・・・」
「殺す? 違うぞ虎白。 これは解放だ。 この忌々しい体を捨てられるのだ。」
「う、うう・・・」
虎白は泣いていた。
ハデスは微笑んでいる。
「友に救われたのだ虎白」と小さくつぶやくと「さあ!!」と声を上げた。
「忘れねえぞハデス。」
「我もだ。 我とそなたの思いは受け継がれるだろう。 さらばだ虎白!!」
そして虎白は刀を振り下ろした。
同時に泣き崩れた。
武士の礼儀を通したが虎白の光景は武士とはほど遠かった。
ハデスの亡骸を抱きしめて大声で泣いている。
そこに兄達が寄り添っていた。
「あいも変わらず弱き皇帝であるな虎白よ。」
「あ、兄貴い・・・」
「ヒヒッ。 構わぬ泣くのだ。 利白よ。 側にいてやれ。」
大陸大戦は終わった。
天上界を揺るがす大事件もここに終わり、新時代が到来した。
鞍馬虎白は天王となった。
そして白陸が天上界本部都市へ移転して天上界の首都となった。
高天原は総本山に移り神族だけの国を建国した。
最後の瞬間まで戦闘を続けていたギリシア軍は西側領土へ撤退していった。
北側領土はアルデンが、そして東は変わらずグラントが。
南側領土は嬴政が総大将となった。
竹子達は数日後に高天原神族に呼び出され正式に「神族」の位を得た。
宰相達は「神話」という位になり最高権力を手に入れた。
虎白と白陸の統治がここに始まった。
念願の戦争のない天上界へ。
新時代の始まりだ。
国に戻った虎白は神話となった妻達と宴をしていた。
「みんなおめでとう。」
晴れて神族となった彼女達は現人神(あらひとがみ)として崇拝される事になるのだがそれはまだ先の話だ。
虎白が天王となったがまだ夢の実現には辿り着いていなかった。
酒を豪快に飲んだ虎白は天守閣から帝都となった白陸の街を見渡していた。
かつてゼウスが見ていた景色だが、町並みは次々と日本家屋へと変えられていた。
「帝都に暮らしていた下級神族も到達点へ行ったか。」
ゼウスの敗北を知った王都の民達は後を追いかける様に到達点へと旅立った。
見下ろす虎白の横に竹子が歩いてきた。
優しく微笑むと虎白は思い切り抱きしめた。
「お疲れ様。」
「ああ。 竹子もな。」
「記憶が戻っても愛してくれる?」
「もちろんだ。」
嬉しそうに虎白に抱かれる竹子は突如として暗い表情を浮かべていた。
同時に虎白もだ。
すると「まだ終わってねえ・・・」と振り絞る声で話していた。
「冥府ね。」
「ペデスは怒っている。 俺に父親が殺されたからな・・・」
「で、でも・・・」
「わかっている。 話し合ってわかってもらえるか試してみるさ。」
ハデスの息子であるペデスは妻のペルセポネと虎白の血液が微量だが混じっていた。
つまり我が子であるペデスを救おうと考えていた。
ハデスの忘れ形見を。
「俺の血を勝手に使いやがって」と唇を尖らせる虎白は夜空を見て微笑んでいた。
竹子が布で虎白の目から流れる輝くものを拭き取ると「さあみんなの所へ行こ」と着物を掴んでいた。
皆の元へ戻ると恋華が話していた。
「という事で正式に神族となった皆には子を授かってもらう。」
「な、なにっ!?」
「あなた。 喜ばしい事でしょう? 当然あなたの血も交えての子よ。」
神話となった竹子達は子供を授かる事になったのだ。
念願とも言える虎白の血が入った我が子。
竹子は赤面しながら喜びを抑えられずにいた。
同時に虎白は白斗の事を考えていた。
「あいつは今回もよくやった。 俺の息子だ。」
シーズン9完
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