第9ー19話 100万年の因縁

残すところはゼウスとポセイドンだけだ。



虎白は周囲に集まってくる仲間達を見てそう感じていた。



大事件とも言える大反乱は間もなく成功する。



天上界に暮らす者はこれを反乱と考えているだろうが、日本神族の皆からすれば長年の戦いをようやく終結させられるといった感情だ。



記憶も心も操られて騙され続けた100万年。



到達点に送られたのは彼らがあまりに強力で危険だったからだ。



下界に落とされた虎白は中でも危険でゼウスにとっては殺しても殺しきれない忌々しい存在だった。



故に虎白は下等な人間の体に落とされた。



だがそれが間違いだった。



青い空を見上げて小さく微笑む虎白はかつての宿主だった祐輝の事を思い浮かべていた。





「人間は下等じゃなかったな。 お前が苦労してくれたおかげで俺はここまで来られた・・・色々奪っちまったな・・・本当にありがとうな・・・」





人間は下等ではなかった。



それは祐輝だけではない。



竹子を筆頭とした最愛の妻達や虎白に付き従った白陸軍の将兵達が今日までの長い天上界での戦いで証明した。



危険だったが、強力な敵だったアルテミシアやウィッチに呂布も人間だった。



彼女らの事を思い浮かべると少し悲しそうに下を向いていた。





「なんのためにお前らと戦ったんだろうな・・・アルテミシア・・・俺らの戦いに意味はあったのかな・・・」





神殿へ向かいながら下を向いたその時だった。



辺りは暗くなり、地面が透けて見えていた。



まるで水中の上を立っているかの様だった。



すると遠くから船に乗った女性と髑髏の仮面をした者達が現れた。



虎白の前に停まると女は船から降りてきた。





「久しぶりだな。」

「アルテミシア・・・」

「妹を愛してくれている様だな。」





満足気に微笑む美女は虎白が惚れ込んだアルテミシアだ。



虎白の肩に手を置くと「迷うな」と真剣な眼差しで見つめていた。



かつてメテオ海戦で戦った事を後悔していた。



こんな未来に行き着くならアルテミシアを殺す理由なんてなかったはずだと。






「俺は・・・」

「未来は誰にもわからない。 あの時は戦うしかなかった。 あれでいい。 そなたが生き残らなければ真実に辿り着く事はなかったんだから。」

「また会いたかった・・・」





顔を歪ませる虎白を励ますかの様に力強く肩を掴むと前後に振っていた。



未来はどうなるかわからなかった。



お互いに守りたいものがあった。



アルテミシアの表情は清々しかった。






「私は妹の背中でずっとそなたの生き様を見てきた。 本当に勇敢だったな。 後少しだ。 妹をこれからも愛してほしい。」





そう言うと船に乗り込んだ。



隣で佇む不死隊にうなずくと船は進み始めた。



見上げる虎白を船上から見つめるアルテミシアは優しく微笑んでいた。





「何も間違っていない。 迷うな。 そなたの判断が正しい。 私はこれからもそなたを見ている。」





進んでいく船を見送るかの様に見つめる虎白はあまりに空虚な表情だった。



何かが違えばアルテミシアは自分の隣で立っていたのかと。



下を向いて黙り込んでいると眉間に銃口を突きつけられた。



ケラケラと笑う神経を逆なでする様な笑い声に聞き覚えがあった。






「なにビビってんのー?」

「ウィッチか・・・」

「私の事を殺しておいて随分なビビり方じゃん。」

「うるせえな。」





ニヤニヤとした表情で虎白を見るウィッチは虎白の胸に拳をボンッと当てた。



「やるしかないじゃん?」といつになく真剣な表情で見ていた。



ため息をついてウィッチの美しい顔を見つめていると静かにうなずいていた。






「こんな世界でお前と殺し合う事にも意味があったのかな・・・」

「続けて。」

「争いは何の意味もなかった。 ゼウスだけが得をしていたこんな世界で俺とお前は殺し合った。 何かが違えば俺らは仲良くしていたかもな。」

「・・・・・・」





黙って虎白の話を聞いているウィッチを見て虎白は少し口角を上げて「お前はポエマーか!!」って言わないのかと尋ねた。



「言わないよ・・・」とウィッチは悲しそうな表情で見つめていた。



彼女らしくないと虎白が首をかしげていると大きなため息をついていた。






「あんたの言う通りだよ・・・私はアメリカが大好きだった。 でも使い捨てられた。 汚いものをたくさん見ていくうちに自分が悪魔になっていくのを感じていたよ・・・」

「お前は悪魔じゃねえよ。」

「もっと早くあんたに出会えていたら違ったのかな・・・」






氷の様に動かないウィッチの瞳が溶け始めていた。



切なく輝く瞳から流れ出るものはウィッチの氷の心が溶けたとも言える。



虎白はウィッチの肩に手を置いた。



「俺は戦いを終わらせる」と強い眼差しで見つめていた。







「あんたしかいない・・・」

「わかっている。」






ウィッチはうなずくと歩き始めた。



立ち去る後ろ姿を見て「美しい世界にしてみせるぞ」と話すとウィッチはその場に立ち止まっていた。



しばらく背中を向けて下を向いていると彼女は振り返った。



見慣れたニヤけた表情を見せていた。





「お前はポエマーか!!」

「ヒヒッ・・・」





互いの瞳は悲しくも美しく輝いていた。



やがてウィッチの姿は見えなくなっていた。



すると虎白を呼ぶ天白の声が響いていた。



はっと我に返った虎白は目を見開いていた。






「死者と話していたのか?」

「あ、ああ・・・」

「強力な第六感も健在か。」

「そっか・・・」






虎白が見つめる先にはゼウス神殿が見えていた。



神殿を守る僅かなオリュンポス兵が最後の戦いに備えていた。



正真正銘、最後の勢力だ。



天上界の全域から集結する戦力を前にどうする事もできない。



刀を抜いた虎白と天白は進んだ。



100万年の因縁に決着をつけるために。





「行くぞ。」

「ああ。」






兄弟を先頭に皇国軍が神殿へ突入すると高天原軍や白陸軍もそれに続いた。



天白の前にオリュンポス兵が立ちはだかると剣を振りかざした。



刀で剣を受け止めると破裂でもしたかの様にオリュンポス兵の剣は跡形もなく砕け散った。



驚くオリュンポス兵を見る事もなく平然と歩くと肩をぶつけていった。



ただ肩をぶつけられただけだった。



しかしオリュンポス兵は体の半分が吹き飛んでその場に倒れた。






「邪魔だ。」

「相変わらずすげえな兄貴。」

「そなたの時間を操る能力も大概であろう。」

「ヒヒッ。 まあな。」




皇国の当主にして鞍馬家の長男である天白の第八感は「万物を破壊する能力」だ。



いかなる物でも触れるだけで粉砕する事ができた。



この天白の攻撃ならゼウスでもあるいは。



だが天白の能力は「破壊」だけではなかった。



オリュンポス軍の反撃で負傷する皇国兵を見ると地面に手を当てた。



すると地面から金色の煙が出ると皇国兵の負傷も損傷した武器も全てが完全に修復していた。



鞍馬天白の第八感は「万物の破壊と再生」の能力だった。



倒れるオリュンポス兵の剣や兜が粉々に破壊されたかと思えば盾として再生して皇国兵の前に吹き飛んでいく。





「皆の者!! 間もなく戦は終わるぞ!! 全身全霊の限り己が武力を奮え!!」





皇国軍を先頭に神殿へと流れ込む天上軍は世界の改新を物語る様だった。



虎白と天白を追いかける様に7柱の兄弟達も続々と姿を現し始めた。



最初に姿を現したのは鞍馬利白(りはく)だ。



皇国第8皇帝であり鞍馬家の8男だ。



虎白と天白に合流する形で近づくとまるで全てを包み込むかの様な優しい笑顔を見せていた。






「久しいな弟よ。 朕(ちん)は嬉しく思う。」

「利白の兄貴!!」






虎白の嬉しそうな表情を見ると優しく頭をなでていた。



天白の鋭い雰囲気も虎白の狡猾な雰囲気も放ってはいない。



鞍馬利白はとてつもないほどの愛が滲み出ていた。



「愛を司る者」と呼ばれた利白はこの終わりのない戦いに何を思っているのか。






「朕は悲しく思う。 この無残な殺戮を。 朕は人間にも健やかに暮らしてほしい。」





利白の表情は今にも泣き出してしまいそうな表情だ。



この戦場で倒れていく人間を見て心を痛めていた。



神族にして実に珍しい人間を愛する者だった。



「八」という旗を掲げている皇国第八軍を率いる利白は戦いの終結を願っていた。





「朕は思う。 殺戮ほど無益なものはないと。」

「ヒッヒッヒ。 相変わらず甘いな。」

「いいんだよ天の兄貴。 利白の兄貴はこれがいいんだよ。」

「ゼウスの所業は許される事ではない。 朕も覚悟を決めておる。 人間を守るために朕は刀を振るう。」





3柱の兄弟達は顔を見合わせて笑うと神殿の階段へと足をかけた。



「いよいよだ」と小さく虎白がつぶやくと足早に天白は進んだ。



虎白が体勢を崩さない様に腰に手を当てて支える利白を見て嬉しそうに尻尾を振って喜んでいる。






「ただの階段だよ兄貴。 嬉しいけど自分で登れる。」

「強くなったな愛弟よ。」

「兄貴大好きだぞ。」

「朕もである。」





利白の愛は虎白を勇気づけていた。



この階段の先にはゼウスとポセイドンが待っている。



最終決戦はこの神殿だ。



天上界の形勢は日本神族の出現で完全に白陸側に傾いたが、天王と海王は未だに健在だ。



戦いはまだ終わっていない。



それを証明するかの様に階段の上から雷鳴が鳴り響いた。



3柱の兄弟が上を見ると雷が光り、海水が降り注いだ。





『雷神海王(らいじんかいおう)!!』





次の瞬間には雷と海水の剣が兄弟を襲った。



刀で虎白が受け止めたが海水と雷の相性は抜群だった。



悲鳴を上げた虎白は口から煙を吐き出すとその場に崩れ落ちた。



白目を向いて動かなくなっている虎白を抱きかかえると利白は傍らの部下に運ばせた。





「満天亜狩!!」

「愛命亜狩(あいめいあがり)」






ゼウスとポセイドンを斬り裂くかの様な斬撃を繰り出した。



しかし雷と海水となって姿を消した。



天白の背後には次々に兄弟達が集まってきていた。



日本神族達も同様に。



ゼウスとポセイドンを取り囲む様に。



日本神族総大将のアマテラスはじっと神殿を見つめていた。




「スサノオ。 鞍馬に強力なさい。」

「御意姉上。」





鞍馬家に続々と助太刀する日本神族達がゼウスとの戦いに身を投じた。



しかしそれでもゼウスとポセイドンは日本神族と互角に戦っていた。



雷と海水という最強の組み合わせを武器に。































意識が飛んで白目を向いている虎白は白い道を歩いていた。



それは到達点への道だった。



虎白はここがどこなのか直ぐに理解した。



すると白い道から怒号が聞こえていた。





「まさか到達点でも戦っているのか!?」





足早に進んでいくとそこには絶世の美女が立っていた。



耳は横に長くエルフ族の様だった。



色素の薄い透き通った髪の毛を耳にかけて虎白を見ていた。



虎白は美女を見てその場に崩れ落ちた。





「ふ、フレイア・・・」

「ハク・・・やっと会えた・・・」





どちらからでもない。



互いに力強く抱き合った。



彼女の名はフレイア。



涙を流して抱き合う2柱は顔を見合わせて互いの頬の温もりを感じていた。





「ゼウスの能力が解除されたのね。」

「ああ・・・でもやられちまった・・・」

「お兄さん達も皆がまだ戦っているのでしょう?」






静かにうなずく虎白を見てフレイアは悲しそうにも美しい手を虎白の胸に当てた。



そして力強く押した。



驚いた表情をした虎白を見ながら小さな声で「戻って」と話した。



周囲を見ると斧を持った屈強な戦士達が戦っていた。



酒を「スコール!!」と叫んで浴びる様に飲む者や肉を口に押し込む様にして食べている者までいる。






「ハク。 ここは到達点じゃないのよ。」

「まさか本当にあったのか?」

「あったの。 ここはヴァルハラよ。」





虎白は更に崩れ落ちた。



かつて大陸大戦という神族の間で起きた世界大戦で共に戦ったフレイアや北欧神族。



彼は常々口にしていた。



「死ねばヴァルハラに行く」と。



あの戦いで命を落としたフレイアはヴァルハラに辿り着いていた。






「本当にあったのか・・・」

「ハクをここへ呼んだのはオーディンよ。」

「いるのか!?」






フレイアが指差す先には斧を持った戦士の戦いを見ながら酒を飲む隻眼の男の姿があった。



虎白に気がつくと歩いてきたが既に虎白は涙が止まらなかった。



崩れ落ちる虎白を立ち上がらせると「久しいな鞍馬家の坊主」と笑みを浮かべていた。



隣でフレイアは笑っていた。






「ゼウスに負けるな。」

「戻らないと・・・」

「我の技を汝は継承している。 思い出せ時を操る能力を。」

「俺の第八感は時間を止めるだけだった。」





虎白は時間を自在に操る事ができる。



だがそれはオーディンから授かった能力だった。



元は時間を停止させるだけだった。



継承した能力を扱いきれていなかった虎白はオーディンに再会して真の「時間を操る能力」を思い出そうとしていた。



目をつぶってその場に正座する虎白は精神を統一していた。



オーディンは斧を持って構えていた。





「このヴァルハラでは死ぬ事はない。 我を斬ってみろ。」

「いいのか?」

「もちろんだ。 大戦を終わらせろ。」





刀を鞘から抜くと第八感を解き放った。



動きが止まったヴァルハラで虎白は動いていた。



縦陣で回転してオーディンへ向かっていくと斬り込んだ。






「帝時亜狩(ていじあがり)」





時間が動き出すとオーディンは体を斬られていたが一瞬で治癒していた。



「素晴らしい」と笑みを浮かべると酒を飲み始めた。



虎白は鞘に刀を戻すと一礼した。



フレイアが笑みを浮かべて「技の名前の由来は?」と尋ねた。





「定時上がりは人間が喜ぶ言葉なんだよ。 誰だって実現させたいが実際は難しい。 俺はそんな困難な道をここまで歩んできた。 やがて実現させる。 戦争のない天上界で定時上がりができる素晴らしい世の中を。 だから帝時亜狩だ。 これでも真面目だ。」






目を見開いていたフレイアは突如声を上げて笑っていた。



咳き込んでは酒を美しさに違わず豪快に飲むと一呼吸置いた。



ふうっと息をつくと「ハクらしいね」と満面の笑みを見せた。



そしてもう一度虎白の胸を触った。



虎白はフレイアの美しい手を触ると「行ってくる」と目に涙を浮かべていた。






「また会えるかな・・・」

「どうかな。 死にかけないでほしいわ。」

「確かに・・・フレイア・・・元気でな・・・」

「弱き皇帝が躍動するサーガをいつの日かまた聞かせてね。」






虎白は笑顔を見せると来た道を戻った。



すると目を覚ました。



雷鳴が聞こえ、砲撃音や怒号も響いている。



だが柔らかい感触と嗅ぎなれた匂いに気持ちが落ち着いていた。




「虎白!!」

「た、竹子か・・・」

「よかったあ・・・」





周囲を見るとそこは白陸軍の本陣だった。



竹子の周りには家族達が集まっていた。



皆が心配そうに夫を見ている。






「お前ら・・・」

「虎白のお兄様が休ませておけって。」

「利白の兄貴か?」

「い、いや千白様って・・・」





鞍馬千白は皇国第七皇帝だ。



愛を司る第八皇帝利白とは正反対とも言える怒りを司る者と言われている。



気を失っていた虎白を白陸軍の元へ運ぶと竹子に「さっさと寝床でも用意しろ」と睨みつけていた。



そして足早に陣を出てはゼウス神殿へと向かっていった。






「千の兄貴らしいや。 ガキの頃はよく泣かされたもんだ。」

「そ、そうなんだ・・・もう、甲斐が虎白にそっくりなんて言って近づいていくもんだから怒鳴られちゃったよお・・・」

「ヒヒッ。 頑固でぶっきらぼうだが、仲間想いで優しい兄貴だよ。」





笑みを浮かべて竹子の膝枕から起き上がると雷鳴が鳴り響くゼウス神殿を見ていた。



腰に刀を差すと千白と共に戻ってきていた莉久や紅葉を連れて陣を出ようとしていた。



すると竹子が駆け寄ってきて着物の袖を掴んでいた。



上目遣いで見つめる可愛らしい表情はどこか悲しそうでもあった。






「気をつけてね・・・」

「ああ。 この戦いが終われば大きく時代が変わって新時代が来る。」

「う、うん・・・」

「終わったらゆっくり話そうな竹子。 それにお前ら。 俺はお前ら全員を心から愛している。」





そう言うと虎白は皇国第九軍と共にゼウス神殿へと進んでいった。



この大事件は神族にとっての因縁の戦い。



そしてこの戦いが終わる時には大きく時代が変わる。



新時代の到来と共に戦争のない天上界実現が目前となる。



日本神族の皆が到達点へ行き、大陸大戦という因縁を忘れていた神族の中で虎白だけがもがき続けていた。



孤独に戦っていた虎白はいよいよ因縁との決着に乗り出すのだった。

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