第9ー9話 神へ反旗を翻す
怒るゼウスは雷となって王都まで戻ってきていた。
オリュンポス軍が天上門で戦っている状況においても自分は下級神の美女をはべらせている。
ゼウスの体を指で色っぽくなぞる女の髪の毛の匂いをかいでいる。
「衛兵。 東西南北の全軍に鞍馬が裏切り冥府軍に寝返ったと伝えろ。 討ち取った者には神族の位を与えてやるとな。」
しばらくすると天上界中に「鞍馬虎白と白陸は冥府に寝返った」と報じられていた。
そしてゼウスはこうも続けた。
「仕方なく鞍馬の兵士になっている者には猶予を与える」と。
白陸軍の一般兵達は速やかに降伏してオリュンポス軍に従えば罪は許すと。
この報は最前線の天上門にも伝わったが逃げ出す兵士はいなかった。
宰相が近くにいる事と古参兵の将校達が新兵達を引き止めていたからだ。
しかし宰相の力が及ばない場所があった。
白斗は先日の赤軍との戦いで親友を失っていた。
虎白との話し合いで口論となった挙げ句、親友を失った事から白陸軍との同行を拒否して宮衛党に引きこもっていた。
優奈の身辺の世話や半獣族達と遊んでいる。
メリッサも半獣族の世話をしていたが、内政大臣の美桜や軍総司令のウランヌと頻繁に会っては話をしていた。
政務、軍事への意欲がなくなっている白斗は1人で刀を振り回す事はあったが軍部の訓練に参加する事は少なかった。
そこに軍総司令のウランヌが訪れて訓練参加を頼みに来る。
「殿下。 たまには我軍と訓練しませんか?」
「どうせ親父は俺を前線には連れて行かねえよ。」
「殿下・・・」
ウランヌに背を向けて刀を振るっている。
鍛えられた肉体美を見つめるウランヌもため息をついていた。
親友の戦死は虎白のせいではないと言いたいが激昂する白斗の顔を思い浮かべると何も言えなかった。
すると白斗は刀を鞘に戻して汗を拭きながらウランヌの隣に座った。
豪快に水を飲むと切ない表情で遠くを見ていた。
「わかってんだよ。 親父は戦争のない天上界を目指している。 兵士1人の犠牲に嘆いていられないってのは。」
「虎白様も悲しんでいおいでですよ。」
「へっ。 どうだかな。 今も暴れてんじゃねえか。」
しかめっ面の白斗は赤軍の撃退以降、ろくに虎白と口を利いていなかった。
宮衛党は自分を受け入れてくれるが、白陸軍の兵士はそうもいかなかった。
直ぐに白斗を宰相と比較しては苦言を呈してくる。
「叔母上の様にはなれねえ。 親父に抱かれてさぞ幸せだろうよ。 息子との時間なんてあるはずねえさ。 抱く事で忙しいだろうからな。 天王にそっくりだ。」
「殿下っ!! 口が過ぎます。」
白斗は虎白と話をしたかった。
だがいつも遠征に出かける虎白とは話せなかった。
親友を失った悲しみを慰めてほしかった。
生まれて直ぐに離れ離れになった。
今は近くにいるはずなのに遠い。
ウランヌは悲しそうに黙っている。
そんな時だった。
「一大事ですっ!!!!」
『????』
宮衛党の半獣族が青ざめた表情でウランヌの前に転ぶ勢いで走ってきた。
呼吸を荒くする兵士に白斗が水を飲ませると少し落ち着いた。
青ざめる兵士は吐き出す様な勢いで話を始めた。
「宰相様の領土に残っている新兵が一斉に裏切って我らの領土に攻め込んできました!!!!」
「なんだって!? また赤軍か!?」
「い、いえそれが・・・裏切り者は我々だそうで・・・」
白斗とウランヌは顔を見合わせていた。
既に美桜は国民の避難を始め、ヘスタとアスタは部隊を率いて白陸兵の撃退に向かっていた。
白斗は服を着ると腰の刀をギュッと握って走り始めた。
「殿下!?」
「ウランヌ! 俺に一軍預けろ。 メルキータの重装歩兵でいい!」
「ちょ、ちょっと!!」
困った表情のウランヌは酷く混乱していた。
天上門では何が起きているのか。
裏切り者は我々だなんて。
虎白がどれだけ身を削ってここまで来たかウランヌは知っていた。
それは宮衛党の近況報告のために虎白の政務室へ訪れた時だった。
「という状況です。」
「そうか。 しっかりやっているな。」
「頑張ります。 では。」
「待て。」
ウランヌは呼び止められて虎白を見ると真剣な眼差しで見ていた。
立ち上がって近づいてくると顔を近づけてきた。
思わず赤面するウランヌは黙り込む。
「お前階級は大佐だな?」
「もうすぐ少将になります・・・」
「もったいない。 俺の側にいれば宰相になれたのにな。」
「ええ!?」
虎白はウランヌの才能を見抜いていた。
「優奈にはもったいねえ」と何度も口にしていた。
紛れもない傑物だったが、ウランヌはメルキータと優奈へ鉄の忠誠心があり虎白の配下にはならなかった。
そのため出世も遅れて未だに大佐だった。
「今からでも遅くねえ。 俺の元へ来い。」
「いいえ。 私には家族がいますから。」
「俺らは家族じゃねえか?」
「仲間です。 家族は宮衛党のみんなです。」
虎白は椅子に腰掛けると遠くを見ていた。
「そうかよ」と少し悲しそうだ。
ウランヌは困った表情をしているが心の中では嬉しかった。
認めてもらえている。
それなら十分。
宰相になれなくても家族に頼られて皇帝に認められるなら出世できなくてもいい。
「ウランヌ。」
「はい?」
「しっかりな。 白斗も最近じゃ宮衛党に入り浸っているしな。 無茶しない様に見といてくれ。 お前にはそれができると思っているから言っているんだ。」
ウランヌは敬礼すると政務室を出ていった。
虎白は心から信頼していた。
メルキータとニキータは宮衛党では一番の力を持っているが、軍事の才はなくウランヌこそが軍事の才として傑物だった。
政治力の高いメルキータとニキータは美桜と共に政治に集中していた。
その代わり軍部はウランヌとヘスタ、アスタ姉妹が担当していた。
ウランヌも心のどこかでは理解していた。
虎白に求められている事も自分が宰相に引けを取らない事も。
だが白陸軍へ異動するつもりはなかった。
「ここが私の家だからね。」
走り去る白斗の背中を見つめるウランヌも急いで宮衛党の召集にかかった。
北側領土。
スタシアのアルデンはアメリカと話し合っていた。
「まさか虎白にかぎってそんな。」
「どうなっているのかね? 赤軍撃退では活躍してくれたがね。 天王の敵になったのならこの同盟も考えなくてはな。」
アルデンは南の空を見ていた。
虎白が冥府に寝返っただなんて。
静かに目をつぶって考えていた虎白との日々を。
メアリーが莉久と虎白に嫁いだ日の事だ。
宴の中で虎白はアルデンと共に天上酒を飲んでいた。
「実にめでたい日ですね。」
「ああ。 永遠に続いてほしいな。」
「ええ。 戦争がなくなれば叶いますね。」
天上酒を飲み干した虎白は大きく息を吸い込んだ。
傍らの狐が虎白に酒を注ぐとまた飲み始めた。
豪快に飲むと「アルデン」と小さくつぶやいた。
先程までメアリーと莉久を見て笑っていたのにまるで戦場にでもいるかの様な真剣な眼差しになっていた。
「俺は戦争のない天上界を創るためなら死んでも構わない。」
「何をいきなり! 虎白が生きていなくては叶いませんよ。」
「どうかな。 だが俺は誰が敵に回っても戦うぞ。 俺のために死んだ兵士のためにも必ず実現する。」
何度も口にしていた。
「戦争のない天上界」という言葉は会うたびに口にしていた。
鋭い眼差しの奥で輝く子供の様に純粋な輝きをアルデンはしっかり見ていた。
そして今。
アメリカ人の外交官を前にアルデンは黙っていた。
白陸へ攻め込もうとしているアメリカを相手にアルデンが下した決断は外交官を驚かせた。
「戦いましょう。」
「では我らの空挺団が白陸に降下しましょう。」
「いいえ。 大英帝国やフランス帝国といった白陸を攻撃する諸将を打倒します。」
アメリカ人は驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。
白陸に味方するという事は天王を裏切る事になる。
アルデンは真剣な眼差しをしているが外交官は呆れていた。
「我々はユーモアを重んじますよ。 ジョークは会話の中で大切な事だ。 でも今はジョークを言っている場合ではない。」
「私の目が冗談を言っている様に見えるか!!」
日頃は落ち着いた雰囲気で紳士的なアルデンが赤い髪を激しくなびかせて怒鳴っている。
その瞳は獣の様だった。
アメリカ人は思わず絶句したが彼も国を背負っている立場。
判断を誤れば国が滅びてしまう。
「こ、この件は一旦持ち帰らせていただく・・・」
「ご自由に。 私はスラグのスレッジ殿と戦います。 味方する気が起きたら歓迎します。 もし我々が逆賊として倒れたら罵ればいいでしょう。 他の帝国と共に。」
外交官は逃げる様にスタシアを出た。
アルデンは全軍に召集をかけた。
北側から誰一人として白陸へは行かせないと。
親友と誓った夢のために。
赤き王は剣を握った。
虎白と共に逆賊となった。
西側領土。
マケドニア。
アレクサンドロスは玉座で険しい表情をしていた。
「何をしているのだあいつは・・・」
西側領土は何度も白陸と戦ってきた。
連敗を重ねていたが白陸とは一向に関係は改善されていなかった。
そして征服王ことアレクサンドロスが西側に入った事で細かく分かれていた西側諸将は結束された。
今では西の全てが湧いている。
「鞍馬を殺せ」と。
アレクサンドロスの一声で西の全軍が白陸へ殺到する。
だがその征服王だけが悩んでいた。
「今更天王に歯向かうほど愚かならメテオ海戦で死んでいてもおかしくない。 我が南の有力者のままだった。 賢い男だから厄介なのだ。 その鞍馬が何故だ。」
既にマケドニア軍やスパルタ、アテナイといったギリシア軍の主力が集結していた。
中でもスパルタはアレクサンドロスの指示を待つ気配はなかった。
準備が終わり次第、白陸へ向かいそうだった。
じっと考え込むアレクサンドロスの目の前に突如現れた。
彼らギリシア人にとって崇拝してやまない存在が。
戦神アテナだ。
「あ、アテナ様っ!?」
女神のアテナは言い表せないほどの色気と勇ましさを持っていた。
彼女は戦術の神だ。
それはつまりアレクサンドロスを動かしに来たのだ。
「あなたを追いやった理由は?」
「我に西の統治をと・・・」
アレクサンドロスの言葉を遮る様に笑った。
アテナは近づいてくると色っぽい筋肉質の美脚をアレクサンドロスの足に絡ませている。
呼吸が荒くなると舐めあげる様な上目遣いで顔を近づけてくる。
「統治だなんて。 汝の責任感を利用したのね。 思い出しなさい。 ガイアの出現時に何が起きたの?」
「あ、あれは白陸が助けに・・・」
するとアテナはまたしても笑った。
分厚いアレクサンドロスの胸に細くて綺麗な指をなぞらせるとアテナは首元を掴んで耳に口を当てている。
その声はアレクサンドロスの全てを虜にするかの様に色っぽく興奮を覚えた。
彼の中で眠っていた激しい欲望が爆発した。
「助けに来たのではない。 見せしめに来たの。」
「なっ!?」
「我々は白陸に足止めされ、マケドニアが崩壊した時に現れたのが安良木恋華でしょ。」
アレクサンドロスは「はっ」と目を見開いていた。
マケドニアの弱体化と白陸が救援したという事実。
そして自分の体の上で優雅に絡みつくアテナの姿を見ると意は決した。
最後にアテナは囁いた。
美しい唇はアレクサンドロスの耳に触れている。
「ようこそ。 神族の世界へ。 汝は征服王。 逆賊を討って正式に神族になりなさい欲望のままに。」
気がつくとアテナは消えていた。
アレクサンドロスは抑えきれない興奮を爆発させた。
アテナの香りが鼻に残るまま、玉座から立ち上がると広間を出て集結する全軍に咆哮した。
「逆賊鞍馬を討てー!!!!! 我らは今日を持って人間ではなくなるぞ!! 我らは天王に愛されし神族となるぞー!!!!」
歓喜するギリシア軍の士気の高さは常軌を逸していた。
決壊したダムの様に流れ始めるギリシア軍は白陸へ殺到した。
世界がゼウスの一声で動き始める頃。
王都を目指す虎白とハデスは世界のほとんどが敵に回った事を知った。
だが虎白に焦る様子はなかった。
「味方と思った事なんて一度もねえよ。」
「だが不味いのではないか?」
白王隊に守られながら白陸軍への合流を急ぐ。
ハデスはもはや白王隊と共に行動していた。
途中で出くわす冥府軍を従わせて。
冥府軍は白陸軍との戦闘を終えてハデスと白王隊の周囲に集まってきていた。
「我が王よー!!」
白王隊の中から叫ぶのは冥府の将軍だった。
青白いこの世の者ではない顔だ。
そして将軍がハデスの隣まで来ると虎白にも一礼した。
「全軍が白陸との戦闘を止めましたぞ。」
「いいだろう。 白陸の宰相に軍を預けろ。」
「わかりました我が王よ。 我ら将軍は宰相に従います。」
将軍は白陸軍の元へと向かった。
漆黒の旗と純白の旗が入り乱れて進んでいる。
この光景を見て虎白が冥府に寝返っていないと誰が信じられるのか。
だが虎白本人に動揺はなかった。
「俺の嫁に預けるのか?」
「好きに使え。 斥候でも囮でも何でも妻達の好きにさせろ。」
「へえ。 でも生憎そんな連中じゃねえから俺も惚れちまうんだよなあ。」
「羨ましいな鞍馬。」
妻の話をすると極端に悲しそうな表情を浮かべるハデスを虎白はじっと見ていた。
詳しい話はゼウスを殺してからだ。
虎白とハデスは互いにうなずいた。
この世界をひっくり返す戦いはもう始まっている。
負ければ最悪の反逆者。
勝てば何が待っているのか。
やがて虎白は白陸軍の背後にまで来た。
「おいハデス行くぞ。 染夜風。 部隊を細かく分けて嫁達に合流させろ。」
「御意・・・」
「何処へ行くのだ鞍馬!?」
「決まってんだろ。 全部あいつから始まったんだ。 俺はあいつと一緒にこの戦いを続けるぜ。」
虎白は走り始めた。
染夜風の指示で白王隊は分散して宰相達の支援に向かった。
白陸軍は未だに動かない。
そんな状況で戦い続ける宰相と私兵達。
白王隊が加われば状況は好転する。
虎白が向かう先は狐が桜を咥える旗印だ。
竹子と白神隊は次々にオリュンポス軍を倒していた。
一切の迷いはなかった。
虎白が決めたなら天王の軍隊でも斬る。
竹子の瞳は輝いていた。
「例えそこが冥府でも夫が行くなら私は行きたい。」
背後で戦う白神隊も一切の迷いがなかった。
しかしそんな竹子の前に現れた。
戦神アテナが。
「戦術的に白陸の勝ち目はない。 降伏も認めないけど。」
「ふふ。 いよいよ私も戦神と対峙ですか。」
「戦術が特技だけど弱いとは言った覚えないけど。」
「ええ。 思っていませんよ。 全力で斬らせていただきます。」
竹子は斬りかかった。
足を肩幅に開いてから振り下ろされる竹子の一刀はアルデンから叩き込まれた奥義だ。
しかしアテナは青色で縁が金色の美しい盾でいとも簡単に受け止めた。
竹子の表情に驚きはなかった。
「どうして抗う?」
「ふふ。 私の全てだからですよ。」
盾で刀を防ぐアテナの太ももを思い切り蹴った竹子はじっと睨んでいた。
アテナは腰に差す剣を抜いた。
「後悔するよ」と言い放つと斬りかかってきた。
刀で受け止めたが腕が折れそうになっていた。
そんな時だった。
「縦陣。」
風を切る様な甲高い音と共にアテナが吹き飛んだ。
そして目の前に立つ姿はいつも見てきた大好きな姿だ。
白い尻尾をフリフリとさせて振り返り竹子を抱きしめた。
「愛してるぞ。」
「うん・・・私も・・・」
「じゃあ。」
『行こう。』
虎白は刀を構えた。
竹子も同様に。
対峙するのは戦神アテナだ。
吹き飛んだアテナは平然と歩いてきた。
切り傷の一つと体にはなかった。
「何かした?」
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