第9ー8話 雷と万物

不気味な沈黙の中で雷の弟と万物の兄は向き合っている。



虎白はその奇妙な空間の中で困惑していた。



ゼウスが来る前に話していた内容とは一体なんなのか。



この沈黙は何を意味しているのか。





「お、おいゼウス。 どういう事だ?」





虎白がゼウスに問いかけるが返事はない。



ハデスを見ると邪気に満ちあふれていた。



体から漂う、どす黒い煙の様になっている邪気は周囲に生える草を一瞬で枯らしていく。



するとゼウスは手のひらを開いて下に向けると雷がゼウスの手を覆う様に流れている。



そして雷は剣となり、ハデスへ斬りかかった。





「お、おい!!」





虎白は突如として始まった兄弟の殺し合いに驚いた。



ハデスも鎌で雷を受け止めるが、身体中に雷が伝っている。



やがてハデスのマントが燃え上がると脱ぎ捨てて鎌を投げるとゼウスの腹部に当たったが、雷となって攻撃を無力化している。



万物を操る能力を持つハデスの鎌は空中で不自然に静止すると、もう一度ゼウスを斬ったがやはり意味はなかった。



虎白は困った表情をしていたが、刀を鞘から抜いた。





「仕方ねえか・・・ハデス悪いな・・・」





ゼウスの隣に立つとハデスと対峙した。



周囲では神々が戦っている。



ゼウスのオリュンポス軍も参陣して戦況は天上軍の優勢。



虎白は刀でハデスに斬りかかるとすかさずゼウスが雷の剣でハデスを攻撃した。






「ハデス降伏しろ。 そうすれば兄弟なんだから殺しはしないだろ? なあ天王。」

「邪気に飲まれ、二度と我らの知っている兄に戻らないと知れば鞍馬。 そなたならどうする?」






ゼウスが虎白に尋ねた言葉はあまりに残酷な世界のあり方。



頼りになる兄が既に邪気に飲まれた存在となった。



虎白にも兄がいる。



もし頼りになる兄上達が邪気に飲まれ、竹子達を殺しに来たら自分は戦うと。





「そうだな・・・」

「鞍馬。 我は諦めぬ。 せめて刺し違えてでもこの弟を殺す。」

「ハデスもう止めろよ・・・」





そしてそれは次の瞬間だった。



ゼウスに斬りかかった大鎌を虎白の刀が受け止めて、雷の剣がハデスの腹部を貫いた。



そしてハデスはその場に跪いた。



純白の血が腹部から流れ出ている。






「終わりだ。 兄上。」

「ぐ、ぐふっ・・・あああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」







ハデスの叫びは全ての神族を戦慄させた。



雷の剣は真っ直ぐにハデスの頭部に振り下ろされた。



その時だった。



虎白の刀が雷の剣を止めた。



雷は体を伝って虎白の体に流れ込む。






「うわあああああああ!!!!!!!!」

「何をしているのだ鞍馬。」

「何も殺すな・・・ゼウスお前の勝ちだ・・・ハデスを救ってやれ・・・」






どうしても生きていてほしかった。



虎白の中にあるのは、もはや次の冥王が誰かという話ではない。



ただいい男だからだ。



きっとこうなる前は素晴らしい兄だったのだろう。



邪気は取り除ける。



かつて虎白は実体験で知っていた。



魔呂やレミテリシアや桜火に呂玲。



皆が邪気を洗い落として家族となった。



血の繋がったギリシアの家族なのだから彼らもまた、わかり合える。



復讐や殺戮の連鎖は断ち切らなければならない。



まずは天王と冥王から。



感電してその場に倒れる虎白は呼吸を荒くして立ち上がるが全身が痙攣して刀を上手く握れずにいた。





「はあ・・・はあ・・・ゼウス考え直せ。」

「無駄だぞ鞍馬。 さあ魔軍の残党も全て討ち取れ。」





しかし虎白は刀を鞘に戻した。



そして両膝をついて動かなくなるハデスの前に行くと、包帯を取り出して腹部に当てていた。



「治癒するまで抑えておけよ」とハデスの手を握って抑えさせていた。



虎白が優しく微笑んだ次の瞬間。



2柱には同時に激痛が走った。



激痛が消える間もなく電流が走った。





「鞍馬・・・そなたは危険だった。 権力を手に入れる? いいや違う。 思い出してしまう事が危険だったのだ。 大人しく我のために戦えばよかったのだ。」






虎白とハデスを貫く雷の剣。



ゼウスに背後から刺された2柱はどうする事もできなかった。



そしてその場に倒れた。



ゼウスは雷となって2柱にとどめを刺そうとしていた。





「鞍馬は我を守るために兄上と刺し違えたと妻には言っておいてやろう。 そしてそなたの妻は我が貰う。 はははははははあああ!!!!!!!!!!」

「て、てめえ・・・利用するだけ利用しやがって・・・」

「く、鞍馬・・・これも何かの巡り合わせだな・・・そなたと共に死ぬとはな・・・」






ゼウスの雷は2柱に降り注ごうとしていた。



大きく両手を広げていると雷がビリビリと2柱の上に現れた。



轟音を共に雷は動き始めた。



まさにその時だった。



風を切る音が聞こえたと思えばゼウスは体を雷に変えて何かから避けていた。



直ぐに虎白とハデスを引きずって走り去る。





「我は剣・・・鞍馬家に仇なす者を討ち倒す剣なり・・・」

「雷電か・・・」

「虎白様! これは一体!?」

「わからない・・・どうやら俺達は利用されただけだった・・・」





ハデスの髪の毛を掴んだまま走っていた雷電は虎白を丁寧にその場に座らせると周囲を見渡していた。



雷電の時空を操る能力は驚異的な力だった。



ゼウスを斬った時に雷の時空を歪ませた。



殺す事まではできなかったが、雷がゼウスの思う様に元通りになるまでは少しだけ時間がかかった。



雷電はその隙きに虎白とハデスを救うと白王隊が戦う場所まで下がったが、ほんの100メートルほど下がった程度だった。



そこには恋華が眉間にシワを寄せて立っていた。





「あなた・・・」

「おお恋華・・・ゼウスに襲われた。 こうなったらやるしかねえ。」

「鞍馬・・・どうする気だ?」

「決まってんだろ。 白冥同盟だ。」





手当てをされた2柱は立ち上がった。























白陸軍は魔軍の撃退に進んでいると背後からオリュンポスの大軍が迫ってきた。



その光景は白陸軍を驚かせた。



「天王の軍隊だ」と歓喜している。



今日までの長い戦いで一度も援軍に現れなかった天王の軍隊が迫っている。



竹子はその光景をじっと見ていた。





「・・・・・・」





だが何も言わなかった。



周囲にいる宰相達もじっと見ているだけだった。



そして白陸軍とオリュンポス軍が交わる瞬間の事だった。





「撃てー!!!!」






なんとオリュンポス軍は白陸軍を攻撃し始めたのだった。



だが倒れた白陸兵はいなかった。



全兵士が盾を構えていたが困惑する将兵は反撃には転じられなかった。




「反転!! 天王の軍へ攻撃!!」





竹子の命令は早かった。



だが白陸軍は動揺のあまり、動かなかった。



「何故天王の軍隊が・・・」と絶句している。



宰相達は落ち着いていた。



それはこの決戦前夜の事だった。



虎白は机の上に何かを並べている。



妻達は全員で何をしているのかと見ていた。



机には狐の置物がたくさんある。



金色の狐の置物と白い狐の置物だ。





「何しているの?」





竹子が尋ねると虎白は指を立てて口の前にやった。



顔を見合わせる妻達は黙り込んだ。



そして机の上に狐の置物を並べると真ん中に金色の狐を。



左右に白い置物を並べ始めた。



すると懐から黒い羽を取り出してそれも並べ始めた。



黒い羽は狐の置物と対峙しているかの様だった。



「布陣図か!」と甲斐が声を上げそうになると竹子が口を押さえた。



そして虎白は竹子の部屋からある物を持ってきた。



美しく光り続ける冠だ。



雷でできた冠だ。



全員が顔を見合わせると雷の冠を狐の置物の後ろに置いた。



すると手で雷の冠をずらし始めて、狐の置物にぶつけた。



次の瞬間には妻達全員が絶句した。



虎白は冠を手で叩き割ったのだ。



白い血が流れているのに声すら出さずにじっと妻を見ていた。



驚きを隠せない妻達を気にする事もなく虎白は狐の置物の向きを変えて冠の破片へと向けた。



そして更に驚いた事に狐の置物に交じる様に黒い羽を並べ始めたのだ。



目を見開いている妻達に深々と一礼した虎白は一言だけ声を発した。



「愛しているぞ」とだけ。



そして虎白は部屋に戻っていった。



妻達は騒然としていたが、誰もこの事について話さなかった。



どうして話してはいけないのかも理解していた。



戦場でオリュンポス軍と対峙している竹子はつぶやいた。






「口にすれば気づかれてしまいますのでね。」






ゼウスの強力な第六感は自分に意識が向いていれば誰であろうと気がつく。



自分の軍隊と戦う計画を練っていれば当然気がつくが、話さえしなければ何を企ているのはわからなかった。



そのために虎白は無言の反転攻勢を伝えた。



虎白は一体何故そこまでの事を想定していたのか。



















白王隊に囲まれる虎白とハデスはまさかの白冥同盟を結成した。





「鞍馬・・・これは反乱になるぞ。」

「いいや。 勝てば反乱にはならねえ。」

「本当にいいのか?」

「死ぬ時は一緒だな。」





不敵な笑みを浮かべる虎白は「死ぬ気なんてないけどな」と言っている様だった。



ハデスは思わず笑ってしまった。



その時、ハデスの体に纏う不気味な邪気がほんの少しだけ落ちた。



「おお」と虎白が笑っている。





「鞍馬・・・」

「魔軍にも協力させろ。 俺はミカエルを止める。」





ミカエル兵団と戦う魔軍の両軍を味方にする事で白王隊、ハデス軍、ミカエル兵団、魔軍、そして白陸軍の全てをもってゼウスのオリュンポス軍と戦う作戦だ。



この鞍馬虎白という男はいつも窮地を利用してしまう。



本人の中では整理がついていなかった。





(どうしてゼウスは俺まで殺そうとした・・・冥府の統治は俺じゃないのか・・・)






だが考えながらも最善の選択を下した。



兵士が無駄に死なないために。



即座に冥府と停戦してオリュンポス軍への攻撃に転じた。



何度も停戦してきたのだ。



今更驚く事もない。



共に戦った事だってあったのだ。






「ハデス。 こうなったからには仕方ねえ。 ゼウスを殺っちまおうぜ。」

「それでいい。 邪気に飲まれて我を失ったなんて思っていないぞ。」






虎白は首をかしげてハデスに顔を近づけた。



「話の続きを聞こうか?」と話すとハデスは首を横に振った。



「今は止めておこう。 これが終わった時に天上酒を飲みながら話そう。」と返すと虎白は笑った。





「そうかよ。 じゃあやるか。 一世一代の大反乱をよ。」

「感謝しているぞ鞍馬・・・やはりそなたは変わらないな・・・」






突如全軍が反転している。



白王隊とハデス軍は即座に斬り合いを止めて白陸軍へと進んだ。



だがその状況においてミカエル兵団と魔軍は戦闘を続けていた。


































ルシファーは叫びながらもミカエルと戦っていた。





「周りをみやがれミカエル!!!」

「堕とすだけでは甘かった。 多くの天使をこの様な見た目に変えて。 許すまじ。」

「だからそれは俺のせいじゃない!! 何故わからないのだ!!!」





天使と悪魔が壮絶な戦いを繰り広げていた。



表裏一体なのかもしれない。



悪魔の軍団の総帥は元は天使なのだ。



そしてこの悍ましい見た目に成り果てた魔族も元は美しき天使達。



何がこの戦いを生んでしまったのか。



そしてそこに虎白とハデスが割って入ってきた。





『止めろ!!』

「よお鞍馬ああ!?」

「ルシファー。 お前とは話したい事が山程ある。」

「そうだなあ。 じゃあミカエルを黙らせろ。」





虎白がミカエルを見ると無表情で武器を構えていた。



「俺は魔軍と共闘する」と口にするとミカエルは虎白にも剣を振り抜いた。



聖なる天使の総帥であるミカエルが堕落した魔軍と共闘するなんて事はあり得なかった。



虎白は剣を刀で受け止めたが吹き飛んで吐血した。





「はあ・・・くそっ。 なんで俺ばかりこんな目に合うんだよ・・・」

「鞍馬無事か?」

「はあ・・・こいつらの戦いは止められねえ。 むしろルシファー達にミカエルを止めさせねえと・・・」

「反乱が成功した後にミカエルをどうする?」

「それは・・・未来が決めるだろうな・・・」





ハデスが手を伸ばすと虎白は手を掴んで立ち上がった。



ミカエルはゼウスに反旗を翻すと知れば虎白を殺しにくる。



今はルシファーを使って止めさせるしかなかった。



問題は反乱が成功する前に勝負がついてしまう事だった。



どちらにも死んでほしくなかった。





「ハデスの言う話が本当なら俺はルシファーと話したい。 何故俺の親友を殺したのか。」

「それは違うぞ。 親友を殺したのはルシファーではないぞ。」

「はあ? 俺はこの目で見たんだぞ。」

「サタンだ・・・あの者の中にいるもう1柱の自分だ。」





遠くを見た虎白はため息をついた。



「そんな事言われても」と下を向いている。



「サタンは天上界への怒りから生まれた」と続けるハデスを見ながら天使と悪魔の壮絶な戦いを一度見てから歩き始めた。





「全部終わればわかるか。 行こうぜ。」

「そうであるな。 目指すは王都だ。」






2柱は歩き始めた。


































白陸軍はオリュンポス軍と戦っていたが、士気は低かった。



「どうして天王の軍が・・・」と兵士達は青ざめていた。



宰相の私兵達が奮戦しているが、正規軍は防戦一方だった。



それでも互角に渡り合っているのだから私兵達が今日までにどれだけの場数を踏んできたのかわかる。



メテオ海戦以来の古参兵でさえ動揺して動けなかった。



竹子は兵士を見ながら刀を抜いて馬から降りた。






「当然ですね。 私も正直整理がついていません・・・」





だが夫が決めた事。



そうなら行くしかない。



例え反逆者になろうとも夫が決めたのならついていきたい。



竹子の考えは揺るがなかった。



だが問題は兵士達にはそこまで付き合う義理がない。





「ただ白陸軍に入っただけですものね。」





冥府軍との戦いや天上界で法を犯す敵とは戦う。


だが天王の軍隊と戦うなんて自分達も法を犯しているではないか。



白陸軍は盾でオリュンポス軍の攻撃を防ぐだけで反撃はしなかった。



逮捕された時にオリュンポス兵を殺したと言えばどんな罰を受けるのか。



人間という生き物はそう連想してしまうほどに賢く出来ている。



だが、人間とは時に頭ではわかっていても体が動いてしまう生き物でもあった。



それが竹子や宰相、そして私兵達だ。





「いいんです。 これは私が決めた事。 全兵士が戦わなくても構いません・・・」





竹子は刀を持って進むと私兵は続いた。



周囲を見渡すと動かない白陸軍の中から私兵の旗だけが前に進んでいた。



どこも同じ状況だった。



清々しい笑顔を見せた竹子は天上門を塞ぐオリュンポス軍へ向かった。





「まるで天上界から出ていけと言っている様ですね。 生憎そこは私達の帰る場所です。 そして帰る場所を守ってきたのは夫ですので。 申し訳ありませんが、斬ります。」





竹子は襲いかかってきた下級神であるオリュンポス兵を一刀両断した。



この瞬間に竹子はもう後戻りはできなくなった。



だが迷う様子は微塵もなかった。



そして振り返り私兵白神隊を見つめた。



勇ましい眼差しで刀を高らかに上げた。





「私が行き着く先は天か冥か。 どちらでも構いません。 夫が行く場所なら。 私と共に来る者は各々。 覚悟を決めてください!!!」





だが白神隊に立ち止まった兵士は1人もいなかった。



前代未聞の大事件が起きている。



竹子自身も何故オリュンポス軍と戦っているかはわからなかった。



だがわかる事は一つ。



オリュンポス軍は家族を殺そうとしている。



それだけわかれば竹子には戦う理由があった。

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