第8ー10話 祖国のために祖国を
天守閣から見渡す景色は、壮大で穏やかであった。
肌を撫でる風は優しく、母の温もりを思い出させる。
いつの日か、この苦難すらも笑い話になるだろうか。
その日が来る頃には、自身はどの様に生きているのか。
ユーリは白陸の本城天守閣でそう感じた。
その場所は鞍馬虎白の部屋であり、敵国白陸で一番高い場所である。
黄昏れているユーリとゾフィアの肩に手を置いた虎白は、遠くを見ていた。
その眼光は鋭くも、穏やかである。
「戦争がなくなれば、世界の闇も消える。 統治する俺達が黒く染まらない限りな。 世界の陸地が、白くて美しくあれ。 それが俺の国の由来だ」
虎白は痛感していた。
汚れた治世には必ず、涙する者が現れると。
その涙は、一番の被害者である半獣族達からも流れるが、今日まで偽りの正義を信じてきた忠義の者達から流れるのだ。
ユーリとゾフィアという白陸の将軍すらも圧倒できる有能な彼女らは、純粋で愛国心に満ちているが故に、黒く染まった祖国を受け入れる事ができない。
虎白は静かに口を開くと、彼女らの細い肩から手を離した。
「祖国を守るために祖国を滅ぼせ。 生まれ変わった祖国をお前達が白く美しくさせんだ。 民が幸せに暮らせる大公国にな」
天守閣から見下ろす眼下には、既に武装した白陸兵が集結を始めていた。
そして大鎧に身をまとった皇国武士達も、前回とは異なり三千もの兵力を用意している。
目指すはティーノム帝国とルーシー大公国の滅亡。
虎白は傍らで片膝をついている家来にうなずくと、鎧兜を身に着け始めた。
「どうするかはお前らが決めろ。 祖国に俺達の接近を知らせるのも良し。 俺達と共に新しい祖国を築くのも良し。 どっちにしろ俺は止まらねえぞ」
ユーリは虎白が言葉を発する度に痛感していた。
父セルゲイに良く似ていると。
風を感じる様に静かに目を瞑ると、風の音から不思議なほど聞こえてくる父の声が迷いし英雄の耳に入ってきた。
「私は止まらないぞフキエ」
「本当に政権奪取を?」
「ああ、今のルーシーでは民は安寧を
幼いユーリを膝の上に座らせて話す父の声は、子供ながら鮮明に覚えていた。
あの父の覚悟を目の前で聞いていたフキエが腐るとは。
そう思い返すだけで、ユーリの細い体は怒りで震えた。
閉じていた目を見開くと、ゾフィアの胸元を一度叩いて虎白の前に立った。
鎧兜を身に着けている虎白が、首をかしげるとユーリはその場に片膝をついた。
「そ・・・祖国を・・・滅ぼしてくれ・・・私が先鋒を務めて、民と兵士に降伏を促す・・・」
「いつの日か、お前の苦労が報われて、お前の民が今回の犠牲者に涙する日が来るさ。 もう話し合いで解決はできねえ・・・」
話し合いでの解決ができれば、何よりいいだろう。
しかしフキエは、ルーシーの民に絶対に知られるわけにいかない秘密があるのだ。
誇り高きルーシーの民が弱者を踏みにじって、祖国が発展していたと知れば皆がフキエを殺害しようと動き出す。
それを恐れたフキエはエリアナすら殺害しようとまでしたのだ。
今更何を話し合っても、証拠隠滅に動くだけの事だった。
やがて鎧兜を身に着け終えた虎白が、部屋を出ていくと完全武装している将軍達が廊下に並んでいる。
「ユーリとゾフィアは俺達と戦う。 彼女らのためにも腐ったルーシーを潰してやろう」
かつて戦った竹子が歩み寄ってくると、ユーリに向かって握手を求めた。
すると甲斐や他の将軍らも静かに一礼している。
驚きを隠せないユーリが、虎白の顔を見ると自慢げな表情をして笑っていた。
「これが俺の将軍達だ。 もう俺達は敵じゃねえ。 この礼は純粋に歩んできたお前らへの敬意だと思ってくれ」
こうして白陸は再び北側領土へと出陣したのだ。
そして北へ向けて進軍する事、一時間が経つとユーリとゾフィアの前に姿を見せたのは秦国とマケドニアの大軍であった。
既に虎白からの援軍要請を快諾していた始皇帝と勇者は、雪辱を果たすために勇んでいた。
次こそスワン女王とフキエに出し抜かれまいと。
その勇ましき者らの道のりは、皮肉なほど穏やかで平和だった。
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