第8ー11話 弱者と強者の価値観
一度受けた屈辱とは、晴らせばさぞ良い気分になるものだろう。
しかしその報復の連鎖こそが、戦争を引き起こすのだ。
虎白は馬上でふとそんな事を考えている。
では戦争のない天上界を実現するためには、何が必要なのだろうか。
「天王ゼウス様ですら実現できねえんだもんな」
絶大な力を持っているゼウスですら、戦争のない天上界を作れずにいた。
それを考えると、虎白は自身の夢がどれだけ壮大な事なのだろうかとため息すらついている。
天空を見上げる虎白と白陸を始めとする連合軍の前に、雷が落ちると天王が強張った表情で立っていた。
ゼウスは自慢の髭をわしわしと触りながら、虎白に近づいてくるとごろごろと話を始めた。
「どうして鞍馬は戦争をなくそうとするのだ?」
「誰も悲しまねえ世界にするためです」
「良く考えてみろ。 人間は好きで戦争をしているんだ。 我が息子アレスの様に戦うのが好きなのだぞ」
天王の息子にして、戦いの神である「アレス」は戦争と破滅を司る神とされている。
それはアレスが暴れ出せば、何もかもが破壊され人々は
散々に暴れた挙げ句、破壊の限りを尽くして自身が求めていたものまで台無しにしてしまうのがアレスだ。
知能は極めて低いとされるゼウスの最愛の息子だが、強さはまさに神がかっている。
まるで人間の愚かなそれを象徴するかの様なアレスだが、ゼウスからすれば可愛い息子というわけだ。
アレスが好き勝手暴れてきたのも、彼が求めていたから。
人間とて戦争が好きで、何を失っても戦いたいものだろうとゼウスは話している。
そんな人間から戦争を奪う事が、果たして正しいのかとゼウスは言っているのだ。
腕を組んで、強張っているゼウスは馬上で遠くを見る虎白を見つめている。
「アレスだって暴れてえなら戦争じゃなくてもいいでしょう。 人間も同じですよ。 戦争と喧嘩は違うんです天王・・・何も死んだり、悲しんだりする必要はないと俺は思います」
そう正論を投げかけても、アレスはあまりの馬鹿さから世には出せないとゼウスは考えている。
アレスに戦争と喧嘩の違いを説明している時間があれば、全ての女性に子供を与える事だってできるとゼウスは考えて笑っていた。
虎白の話しは正論かもしれないが、理想論にすぎない。
いつの日か、暴れるだけが趣味の息子でも持てば人間の気持ちもわかるだろうと天王は語りかけた。
眉間にしわを寄せて黙り込んだ虎白は、返答に困っている様子だ。
しばらくの沈黙を経て、口を開いた虎白は微かに笑っている。
「可愛い息子は甘やかしたくもなりましょうな。 生憎俺は、人間をそこまで可愛がっているわけではないので
それは挑発という事だ。
親馬鹿に馬鹿息子の躾はできないと言っている。
苛立ったせいか、白い髭の周りを雷が駆け回っているゼウスは手を前に差し出して虎白へ向けた。
そして次の瞬間、雷鳴と共に雷が手から放たれた。
馬上から転げ落ちた虎白は、体を痺れさせている。
「躾はできるぞ? 息子同然のお前が、口の聞き方を誤った時にはこうしてな」
「そ、それをアレスにもやれって話しです・・・」
「あいつには効かないのだよ」
慌てて駆け寄ってくる竹子の膝に頭を置いた虎白は、静かに天空を眺めながら考えている。
ゼウスで言うアレスの様に、何を言っても聞かない存在が虎白で言うスワン女王とフキエというわけだ。
今さら半獣族を酷使するなと言っても聞くはずがない。
だから武力行使によって制圧しようとしているのだ。
所詮は人間と同じではないかとゼウスは、見下している。
竹子の肩を借りて立ち上がると、ふらふらとゼウスの元へ近づいてきた。
「わかっていますよ天王・・・俺は人間と同じ土俵で戦争しています・・・でもね。 誰かが嫌われてでもやらないといけないんです。 この土俵で勝ち抜く事を」
ゼウスの様に高い所から見ている事は簡単だ。
しかし虎白の様に泥だらけになりながらも、人間と同じ景色で戦争をなくす者が必要なのだ。
天王の太い腕を掴んだ虎白は、息を切らしながらも話しを続けた。
「天王には迷惑をかけませんので、どうか俺に任せてください」
「本当に人間から戦争を奪うのか?」
「ええ、奪います」
それが人間のためにはならないと考えるゼウスは、神の視点なのかもしれない。
全ては人間の考えによって引き起こされたのが戦争だ。
神は何も命令などしていない。
命令していないからこそ、戦争をするなと命令をしようと覚悟を決めたのは人間視点を知る神だ。
そのために戦争をする。
皮肉にまみれた現状を歩めるのは、鞍馬虎白だけというわけだ。
渋々天空へと飛び去っていくゼウスを見届けた虎白は、振り返ってユーリの顔を見た。
「誰かが最後まで立ってねえとな?」
「同感だ。 今の天王の言葉は、誰だって言えるだろうな」
「ああ、同感だ・・・行くぞ」
大いなる挑戦。
世界のあり方を変えようとする者達は、か弱き者の痛みを哀れみ支えようとする。
そんな彼らの背中は、大きくそして美しかったのだ。
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