第8ー9話 真の導き手の姿
白くて細い体から流れているのは、風呂の湯か汗か。
それがどちらなのかわからなくなるほどの殺気を感じているのだ。
湯船の中で心地よさそうに目を細めて、頭の上に生えている純白の耳を緩やかに動かしている。
ユーリとゾフィアの前に現れたのは、虎白に瓜二つだが色気すら放っている正妻の恋華だ。
細い肩に手ですくった湯をかけながら、動揺する二人の英雄の顔を見た。
「北の英雄だったな?」
「訳あってしばらく邪魔をする・・・」
「うん、夫から聞いているわ。 しかし我が家は旅館ではないのでな。 どんな対価を払ってくれるのかと思ってな」
心地よさそうにしているが、言っている言葉は決して穏やかではない。
つまる所、白陸に何か利益をもたらせと話しているのだ。
顔を見合わせる二人の英雄は、体から流れているのがお湯ではなく冷や汗なのだと気がついた。
しかし完全に気を抜いている恋華を見た二人は、この場で恋華一柱なら蹴散らして逃げられるのではないかと考えた。
そして次の瞬間、ユーリが恋華を取り押さえようとすると武装して弓を手にした皇国武士らが続々と風呂へ入ってきたではないか。
「安心しろ。 皆女武者だぞ」
「ぬ、抜け目ないな・・・」
「そして対価は何を払う?」
ゾフィアは考えた。
目の前で余裕の表情をしている小生意気な、神族が求める対価とは決まっている。
ルーシー大公国への侵攻する際の先鋒を勤めるとゾフィアが言うのを待っているのだ。
体から流れ出る冷や汗は、戦場では感じた事もないほどの殺気を浴場で感じているからだ。
初めて感じる恐怖という感情を前にしても北の英雄ゾフィアは、静かに返答をした。
「悪いが、期待には答えないぞ」
「ほう? 期待とは何かな?」
「確かに亡命はした。 しかし祖国を他国に滅ぼさせるわけにはいかない」
ゾフィアからの言葉を聞いた恋華は、静かに立ち上がった。
何食わぬ顔で近づいてくる小さな体を見た二人の英雄は、
ユーリと瞳を合わせて、攻撃する機会を伺っていた次の瞬間。
恋華がゾフィアの首を掴むと、小さな体から想像もつかないほど強い力を感じた。
抵抗するゾフィアは蹴りを何度も恋華に食らわすが、全て片腕で防がれている。
その時、ユーリが恋華の小さい顔目掛けて自慢の蹴りを振り抜いたが、なんと片手で足を掴むとその場に倒れ込ませた。
湯船の中に沈み込んだユーリの顔を踏みつけると、ゾフィアも湯の底へ沈めた。
二人の英雄をいとも簡単に沈めた恋華は、彼女らが溺死するのを待っている様だ。
ばしゃばしゃと湯が
「覚悟も名誉も祖国も法律も。 全て貴様ら人間の都合の良い言葉だな」
ユーリとゾフィアは後悔していた。
虎白の優しさは表向きで、最初からこの様に殺される定めだったのだと。
祖国を裏切って敵国なんかに行ってしまったがためになんて無様なのだ。
意識は薄れ始め、再び湯の心地よさが体を包み込み始めた。
これが死ぬというやつなのだろう。
ユーリは自身の無様さを呪いながら、大人しく殺される時を抵抗もせずに待った。
隣で諦めずに抵抗を続けるゾフィアの手を握ると、無念のせいか湯の中で涙が流れた。
「おいやめろ。 俺の客に手を出すな・・・俺は手を出さねえと辺りが見えねえけどよ・・・」
聞き覚えのある声が湯の中にいても耳に入ってきた。
やがて恋華の異常な力強さが弱まっていき、湯の中から顔を出す事ができた二人は目の前にいる存在に驚いた。
目元に布を巻いて、目隠しをしている虎白が竹子の手を借りて歩いてきたではないか。
両手を伸ばして、周囲を気にしている様子はどこか
「女の裸を覗き見するのは、悪趣味だよな・・・ユーリとゾフィアはどこだ?」
「あ、ああここだ・・・」
「恋華がすまなかったな。 こいつは直ぐに人間を殺したがる・・・まあ俺の夢のためなんだけどな」
何を呑気に話しているのだろうか。
竹子の手を握っている虎白は、雑談でもしているかの様に平然と話している。
その間も恋華からの異常な殺気を感じている二人は、足早に浴場から出ると服を着た。
ふらふらと竹子の手を借りて追いかけてくる虎白は、二人が着替えたと知ると目隠しを外した。
滑稽に見えていた目元から、覗かせた鋭い瞳を見るとやはりこの男はただ者ではないと痛感するのだ。
「俺の夢は戦争のねえ天上界。 ユーリ。 お前と同じ夢だ」
「知っているさ。 どこかの馬鹿にも見習ってもらいたい・・・」
これが人の上に立つ者なのだ。
ユーリは虎白の凄まじいほどの眼力と風格を見て、亡き父の姿を思い浮かべた。
誰かのためにその身を削る事に一切の
父セルゲイも鞍馬虎白も。
ユーリは心の中では十分にわかっている。
フキエの馬鹿ではなく、この男こそ戦争のない天上界を作れると。
すると虎白が手を前に差し出している。
「俺と来い。 お前が新しいルーシー大公国を導け。 俺はその力になるぞ」
それはユーリの全身を不思議な何かが駆け抜けた瞬間だった。
鞍馬虎白が亡き父の影と重なった瞬間だった。
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