第8ー8話 その場に訪れた者

 天上界の春風の様に暖かい風が吹き荒れる。



白陸で暮らす国民達は、今日ものどかな一日だと平和を謳歌おうかしているだろう。



 それもこれも虎白と将軍達が、守っているからだ。



 建国当初は、嬴政に甘える事が多かった白陸も今では誰かを助けられるほどに発展した。



 多くの戦闘を経験して、練度の上がっている白陸兵らが強張った表情で自身らの武器を一点に向けている。



 殺気立つ視線の先には、疲れ切った表情をしている亡命者が三人。



「頼む撃たないでくれ。 鞍馬虎白に会わせてほしい」

「ルーシーの英雄とか言われる貴様らが陛下になんの用だ!!」

「もうそんな肩書なんて捨てた」



 多くの仲間が彼女らに蹴散らされたのだ。



白陸兵の殺気は凄まじく、ユーリ達が何を言っても聞き入れる気配はなかった。



 すると騒ぎを聞きつけた将軍が、見事な着物に身を包んで現れた。



 緊迫する白陸兵らに武器を降ろさせると、満身創痍のユーリ達へと近づいた。



 皆の静止を無視して近づいた将軍とは、竹子である。



「いかがなさいましたか?」

「鞍馬虎白と話がしたい」

「察するに、何か覚悟を決めた様に見えますね。 いいですよ。 待っていてください」



 その言葉を聞いた白陸兵は、驚きのあまり開いた口が塞がらない。



まさに先日まで戦争をしていた国の大将軍三人を保護するというのか。



 ざわめく白陸兵を横目に、微笑んだ竹子は虎白にユーリ達の来訪を伝えた。



 話しを聞いた虎白は、足早に部屋を出ていくと正門で座り込んでいる北の英雄達を見た。



 疲れた表情に、汚れきった礼服はとても英雄とは思えない姿であった。



 虎白は竹子と共に近づいてくると、水を与えながら目の前でしゃがみこんだのだ。



「知ってしまったのかユーリ・・・」

「ああ、しばらく匿ってほしい」

「しばらく? 俺達の仲間になりに来たんじゃないのか?」



 ユーリは喉を鳴らしながら水を飲み干すと、虎白からの問いに黙り込んだ。



方やゾフィアは、応急処置をして眠っている妹のエリアナを心配そうに見ている。



 虎白が問いに答えないユーリを見ながら、手をさっと振り下ろすと衛生兵が駆け寄ってきてエリアナの手当てを始めたのだ。



 これに驚くゾフィアは問いに答えないユーリの細い体を肘で何度か突いた。



 やがてユーリは大きく息を吸い込むと、鼻から吐いた。



「私の仲間は誤った祖国を信じている。 あいつらを残して、お前の元に加わるつもりはない」

「じゃあ休んだら行くのか?」

「ああ、それまでは迷惑をかける・・・」



 申し訳無さそうに語尾に連れて小さくなる声は、彼女の悔しさが滲み出ていた。



 敵である虎白の元へ逃げてきた事も、信じていた祖国が今日までに倒してきたどの国よりも闇に染まっていた事もユーリは思い返すだけで吐き気すら催すのだ。



それを哀れんだ目で見ている虎白は、ユーリの細い肩を何度か叩くと城内へと案内した。



 昏睡状態のエリアナは、白陸の医者達が懸命に手当てを行った事で一命を取り留めた。



 そして案内された城内にある来訪者が、滞在するための部屋は豪華絢爛ごうかけんらんそのものであった。



 和室の部屋からは畳と木が絡み合う、心地よい香りがしている。



まるで高級な旅館にでも案内されたかの様な、ユーリとゾフィアは驚きを隠せずにいた。



 虎白の顔を見ると、何食わぬ顔で二人の汚れた服の匂いを嗅いでいる。



「せっかくの美貌が台無しだぞお前ら。 新しい服を用意してやるから風呂に入ってこい」



 そして礼を言う事も忘れて、案内されるまま大浴場へと連れて行かれた美しき英雄二人は泥と汗と血で黒く染まった礼服を脱いだ。



汚れきった服の下から覗かせたのは、白くて細い体が痛々しく傷ついている。



 背中には祖国の愛を刻んだ入れ墨が、気高く描かれていた。



 全裸になった気高くも美しい英雄二人は、体に風呂の湯をゆっくりとかけた。



傷口に染み渡る激痛にも、眉一つ動かさないのは彼女らがルーシー大公国では名を知らぬ者がいないほどの豪傑だからだ。



 やがて体を洗い始めてしばらくすると、湯船へと美脚を入れた。



 彼女らには風呂という文化がなかったのだ。



困惑しながら美脚を両足入れて座り込むと、全身を包み込む様な心地よい感覚が彼女らを迎えた。



 驚きを隠せずにいながらも、あまりの心地よさに脱力している二人は無言のまま快感を満喫している。



 やがて白い頬を赤くした二人は、湯船から上半身を出すと会話を始めた。



「これからどうする?」

「鞍馬には強気な事を言ったが、なんの宛もない・・・」

「もはや帰る場所もないな・・・」



幼少期から信じて、命を懸けてきた祖国が最悪の国だった。



 その吹き飛ぶほどの衝撃は、彼女らの豊満な胸の奥に深い傷として残った。



 愕然としている二人はやがて、風呂から出ようとすると何者かが入ってきたのだ。



 全裸のまま、身構えた二人は湯気で見えにくい視界から姿を現した存在に驚いた。



「く、鞍馬!?」

「良く似ているでしょう。 でも私は虎白の正妻の恋華よ」



 そう言いながら平然と、体を洗い始めた恋華は風呂に浸かって心地よさそうにしているのだった。

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