第8ー7話 敵の懐へ飛び込む

 愛してやまず、信じ続けてきたものが全て偽りと知ったらどの様な気分になるのだろうか。



 偽りとは、簡単に真実へと辿り着けない様に硬い守りでひた隠しにするものだ。



 腐りきった悪人共が自身らの都合の良い様に、作った何かを大衆には知られぬ様に偽る。



 日頃から当たり前に見ている光景とて、真実は別にあるかもしれない。



 ある者は言った。



愚者とは何も考えぬ者であると。



 騙されている事に気がついたエリアナが掴んだ真実は、ルーシーの薄汚い闇である。



 しかし後少しという所で、フキエに見つかりクローゼットに閉じ込められた。



 方や羨望の眼差しと共に、自身の射撃の腕や体術を披露している英雄は標的として置かれた恋人の入るクローゼットを撃ち抜こうとしている。



 ただ射撃するだけでは、演出にも何もならない。



 戦闘民族らを喜ばせ、来賓らいひんで訪れているティーノム帝国の女王と側近らに見せつけるために、ユーリは空中で一回転しながらクローゼットの中心を撃ち抜いた。



 銃声が歓声でかき消されるほど盛り上がる会場で、ユーリは群衆に敬礼している。



「お、おいなんだこれ!?」

「ユーリ大変だ!! クローゼットから血が流れている!!」



 仲間の声を聞いて、勇ましい表情を一変させたユーリが駆け寄った。



 そして皆で鎖を切ってみると、中には腹部から血を流しているエリアナが力のない表情で傷を抑えているではないか。



 何事かと騒然としている会場で、最初に声を発したのはフキエであった。



「ば、馬鹿な!! これは私の部屋にあった必要のないクローゼットだぞ!! エリアナが入っているはずないだろう!! 入っているのなら、私の部屋に無断で入った事になるぞ」



 ルーシーの法律で定められている、最高指導者の私室への入室は重罪という法に触れてしまうというわけだ。



 フキエの言葉を聞いたユーリの仲間達は、一斉にクローゼットから離れた。



 どんな理由から共犯扱いされるかわからないのだ。



しかしその中でもユーリだけは、エリアナの救出を行おうとしている。



 抱きしめる様に、彼女の衰弱した体を密着させると静かに声を発した。



「こ、この国は腐っている・・・半獣族をティーノム帝国から買っているんだ・・・これが証拠・・・」



 目を見開いて、青くて綺麗な瞳孔が裂けるほど開口しているユーリはその場で立ち止まった。



するとフキエは騒然とする会場の中で更に叫んだのだ。



 罪人を捕らえて殺せと。



 一斉に武器を構えて近づいてくる仲間達は、もう仲間ではないのだ。



 真実を知ったユーリは悩んでいた。



「お前を救うためには、仲間を倒さなくては・・・」

「見捨てていいよ。 私が知った真実を時間をかけて仲間に広めて・・・父の様に反乱を起こせば成功する・・・」




 それはつまりこの場でエリアナを死なせる事になる。



だがエリアナの犠牲を持って、仲間を傷つけずに反乱を成功させる道筋が確立するのだ。



 しかし彼女には論外というものだった。



 愛する者を犠牲にして始める反乱なんてものは、無価値に等しいと。



「馬鹿言うな。 お前のいない世界に平和なんてあるものか・・・」



 エリアナは微かに微笑んだ。



 次の瞬間には、同じ釜の飯を食ってきた仲間の顔を蹴り飛ばした。



 そして一目散にエリアナを担いで走るユーリもこの瞬間を持って国家反逆罪となった。



 長年苦楽を共にした仲間達からの銃撃が襲う中、正面に立ちはだかったフキエガードらがユーリとエリアナの命運を定めようとしている。



 その時だ。



大勢のフキエガードが蹴散らされたかと思えば、二頭の馬を連れているゾフィアが手招きしている。



「仲間を爆発で吹き飛ばすのは胸が痛むな・・・でもこうなったからには逃げるぞ!! 亡命だ畜生が!!!!」



 どうして裏切ったのだ英雄よ。



 そんな悲痛の表情を浮かべながらも命令に従う仲間からの銃撃は、不思議と体に当たる事はなかった。



 戦闘民族として幼少期から戦いの訓練を受けている、ルーシーの民は剣も槍も銃だって得意なものだ。



 だが一発も英雄の体には命中しなかったのだ。



「みんなすまない・・・」

「おいユーリ!! 何が起きたのか知らねえが、どこへ逃げるんだ!? スタシアか!?」




 こうしている今も、国境では小競り合いが続いているスタシアへの亡命は世界に衝撃を与える。



 しかし追手の仲間達を振り切ってスタシアに入れば、小競り合いは本格的な局地戦へと発展してしまう。



南の連合軍が撤退した今、スタシアだけでルーシーとティーノム帝国を食い止める余力はないと考えたのだ。



 背後から迫ってくる仲間達をどの様に振り切るか、ユーリは馬上で恋人の心配をしながら熟考している。



「天王の治める王都だ」

「なんだって!? ミカエル兵団に捕まるぞ!!」

「馬を一気に駆けさせて、祖国がミカエル兵団に通報する前に南へ逃げるんだ」



 ゾフィアは驚きながら次の質問を投げかけ様としていた。



南のどこへ逃げるんだと。



 しかしその問いを言葉に出す事はしなかった。



 尋ねるまでもないというわけだ。



「白陸の鞍馬の元へ逃げる・・・」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る