第8ー6話 闇を知った者の末路

 弱きを助け強きを挫くという言葉は、古来から人のかがみとして教えられてきた。



ルーシー大公国は今までに多くの弱きを助けてきた。



 しかしそれはユーリ達が信じる表向きの姿であった。



 かの英雄の父であるセルゲイ・ザルゴヴィッチが思い描いた理想のあり方。



 夢半ばにして生命が尽きたいにしえの英雄は副官達に夢を託して今日がある。



一体どこから狂ってしまったのだろうか。



 勇猛な戦闘民族すらも欺いて、ルーシーは越えてはならぬ一線を越え続けてきた。



 そうとは知らず、セルゲイの最愛の娘は素晴らしきルーシーのために命を懸けて生きている。



英雄ザルゴヴィッチに愛されたエリアナ・ペテレチェンコは、自身が感じた違和感とユーリと虎白の会話を知った今、危険を承知で祖国の闇へと踏み込んだ。



 白陸の強さを知った今となっては、戦うより別の道を探すべきだと感じながらも祖国はティーノム帝国との同盟を破棄する気配はない。



 形上同盟とはいえ、直ぐに手のひらを返す雰囲気が息苦しいほどに伝わってくる貴族の国に対してどういった理由があって最高指導者フキエは同盟を重んじるのだろうか。



 エリアナはその抑えきれない真実への探究心を行動に移した。



 今日はルーシー大公国の建国記念日である。



 フキエは戦闘民族らに激励を行い、軍隊は町中を優雅に行進するのだ。



 慌ただしく、パレードに向けて動き回るフキエの目を盗んでエリアナは最高指導者のみが入ることのできる部屋の前に立っていた。



 間もなく盛大なパレードが行われるというのにフキエガードが、凛とした表情で立っている事もまた不可解だ。



「エリアナ様?」

「最高指導者に頼まれて忘れ物を取りに来た」

「聞いてません。 それは本当なのですか?」



 日頃から誰一人入室できない秘密の部屋である。



扉を守るフキエガードすら中に何があるのか知らずにいた。



 エリアナを怪しんだ目で見ているガードを前に落ち着いた様子で、静かにかつ淡々と言葉を発した。



「最高指導者はお急ぎだ。 私を信頼して取りに行かせたんだ。 お前達がもたついていると、フキエ様はお怒りになるだろう」

「で、ですが命令は受けていませんので」

「私は扉の中の物を取ってくる様に命令を受けている」



 表情を歪めたガードは静かに扉を開けた。



この瞬間を持ってエリアナは、国家反逆罪という重罪を犯した事になる。



 不審に思ったガードの一人が、エリアナに気が付かれない様にフキエに報告へ向かった。



 そうとは知らず秘密の部屋の探索を続ける彼女は、書類の山をがさがさと漁りながら決定的な証拠を探している。



 すると彼女はとてつもない書類を見つけてしまったのだ。



「半獣族家畜化計画・・・」



 歴戦のエリアナですら白くて細い手が震えるほどの衝撃だ。



唇まで震えさせながら、書類を一枚めくってみるとツンドラ帝国の滅亡によって崩壊した半獣族の保護体勢が事細かに記載されている。



 そして路頭に迷った半獣族がティーノム帝国に、連れて行かれて労働力として働いている事も書いてあったが、何よりもエリアナが憤りを感じた内容がある。



 労働力を祖国ルーシー大公国へ流して使用しているという内容であった。



「誰もが平和に暮らせる世界の実現だなんて夢物語か・・・」



 これで証拠は揃った。



足早に部屋から出ようとしたその時だ。



 扉の外にいるガードが、ひそひそと誰かと話している声が聞こえた。



 静かに身を潜めて、クローゼットの様な本棚に細い体を隠した。



「馬鹿な事を言うな。 エリアナがそんな勝手な事をするはずないだろう」

「で、ですがフキエ様・・・確かにこの部屋の中に・・・」

「ありえないだろう。 それよりガード手を貸してくれ」



 フキエに報告へ向かったガードが戻ってきた。



しかしフキエはエリアナをかばっているのか、認めようとしていない。



 クローゼットの様な巨大な本棚を見つめるフキエは、ガードのたくましい肩に手を置いて語りかけた。



「あのクローゼットを始末したいのだが、今日のパレードでユーリの射撃の腕を民に披露しようと思ってな。 クローゼットに白陸兵の絵を描いて的にするんだ」



 命令に従ったガードは、クローゼットに鎖を巻いて運び始めたのだ。



中に隠れているエリアナを知ってか、知らずにか。



 このままでは、愛するユーリからの銃弾を浴びて死ぬ事になるではないか。



 クローゼットに描かれていく白陸兵の間抜けな姿を満足気に見ているフキエは、近づいてくると小さな声を発した。



「秘密を知ったからには死んでもらうぞ。 しかしお前は我が慈悲によってユーリの手で死なせてやる」



 密室の中で最期の時を待つエリアナは、静かに考えていた。



愛するユーリからの温もりや、彼女の力強い言動。



 そして父が立て直した麗しき祖国の繁栄を願って、夢を語るユーリの純粋な瞳はいつだって胸を熱くさせた。



 死ぬ間際に自身が見た真実を、伝えるべきなのか。



「このまま、静かにユーリに殺されるべきかな・・・きっと知りたくないはず・・・」



 やがてパレード会場に運び込まれたクローゼットには、間抜けな顔をした白陸兵が無様に描かれていた。



 笑い声と歓声に包まれる会場で、普段から物静かなエリアナが声を出した所で気がつくはずもない。



 何より自身がそこまで大きな声を出す事のできる人間ではないという事は、エリアナが一番良くわかっていた。



 クローゼットの中で静かに目を瞑ると、愛する者からの最期の贈り物が体内に入る時を待った。



「ユーリ・・・私を拾ってくれてありがとう・・・こんな私を愛してくれて・・・役に立ちたかったよ・・・」



 会場ではユーリが拳銃を片手に、歓声の中で構えている。



やがて彼女の銃弾が放たれると、クローゼットを突き破ったのだった。



 

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