第8ー5話 薔薇が見た悪夢

 休日にでも観光に行きたい様な辺り一面が、真紅に染まる平原はローズベリーの名所である。



 戦争のない平時には、ルーシーやティーノムといった国々の一般人が観光に訪れるほどだ。



 必ず写真に収めて、中には経営する店の中に飾るほど美しい「薔薇平原」と呼ばれる土地は、白陸軍とローズベリー軍が衝突している。



 赤く綺麗な薔薇に更に降りかかる、生々しい血液が名所を死地へと変えていく。



アニャとハミルという二人の反乱を支えたのが、白陸の将軍にして元冥府軍の大将軍であるレミテリシアだ。



 更に彼女らを勢いづかせたのが、白陸本国から到着した夜叉子率いる援軍の存在。



 しかし大軍を率いて戦っているのはレミテリシアだ。



 夜叉子と彼女の部下の姿は薔薇平原にはなかった。



「新入り!! 中央戦線で力の限り暴れろ!!」

「ウィルシュタインとスカーレットだ。 以後よろしく」



 レミテリシアが新入りと呼んだ犬のヒューマノイドと人間は、先日の恋華が行った求賢令で加わった。



 ウィルシュタインとスカーレットは戦場中央で、激しくぶつかり合う両軍の中へと入っていくと改めて異次元の強さを見せつけた。



 自慢の双刃槍を操る犬の半獣族は、ローズベリー軍の兵士をまるで寄せ付けなかった。



 方や隣で怯えた様子だったスカーレットだが、双刃槍の餌食になった兵士の血液が顔に付着した途端に豹変した。



 くすくすと笑い始めると、気弱な表情が跡形もなく消えた。



次の瞬間にはローズベリー兵が瞬く間に戦場に倒れたのだ。



「人が死んでいく姿が一番美しいよね・・・綺麗な体の中に流れる薔薇の様に赤い血が見たいの・・・」



 彼女は世に言う多重人格というやつだ。



日頃は気弱でウィルシュタインの背中に隠れている始末だが、一度血液を見ると彼女は怪物に豹変する。



 求賢令で加わった傑物の活躍もあり、ローズベリー帝国軍は劣勢だった。



 しかしこの戦場で敗北するという事は、反乱軍に帝国を取り返されてしまうというわけだ。



 戦場後方で偉そうに指揮しているアト皇帝は、是が非でも妹と南の軍隊を破ろうとしている。



「陛下!! 前線が崩れかけています!!」

「第二陣を出せ、更に本国から追加で部隊を送るんだ!!」



 例えこの戦いに勝利しても、アトに待ち受けている未来は永遠にルーシーの操り人形にすぎない。



 だが愚かな皇帝は、権力を求めて妹すらも退けようとしているのだ。



 しかし最大の邪魔者と言える白陸からの援軍を前に、思った様に戦いが進まないアト皇帝は苛立っていた。



「後方予備隊も全て投入しろ!!」

「で、ですが陛下・・・背後から強襲されてしまえば守りが足りません・・・」

「背後は我が国だ!! いいから全軍進め!!」



 局地戦とは簡単に言えば、将棋の様なものだ。



最初から手持ちの駒を全て前に出せばいとも簡単に手駒を失うというもの。



 そして想定外の戦術を持って、王手まで持っていくかが大切なのだ。



 自身の手駒を全て前に出していくアト皇帝とは対照的に手駒を隠し続けている将軍がいる。



 奇想天外な戦術で、配下の兵士を神出鬼没に操る戦術家が夜叉子将軍だ。



「歩兵と金将、銀将にばかり気を取られていると飛車や角行の存在を忘れるもんだよ」

「お頭、準備できました!!」



 飛車や角行とは将棋の駒の名前だ。



一定の進行方向だけを大きく移動できる二つの駒は、まさに戦場で言うならば奇襲部隊と言った所だ。



 夜叉子将軍は王将として戦場に来たというのに、自身は飛車へと転身していたというわけだ。



 彼女の冷静かつ冷酷な瞳に写っているのは、薔薇平原での激闘ではなくローズベリーの本城であった。



「平原に部隊を集中しすぎているね」

「警備部隊は少なく、気を抜いていますよお頭!!」

「レミ達に暴れてもらったからね」



 夜叉子という戦術家には、最初から平原での決着なんて事は視野になかったのだ。



 猛将揃いのレミテリシア達にあえて激戦を演じて、戦いを長引かせる様に頼んでいた。



そして当人は、僅かな配下を率いてローズベリー本国へと忍び込んでいたのだ。



 やがて城へ近づくと、気を抜いている衛兵らを仕留めると制服を盗んだ。



 後は平然とアト皇帝が自慢げに座っていた玉座に彼女が座るだけ。



「白陸の旗を挙げな」

「へいお頭!! お見事です!!」

「素人相手に勝ってもつまらないね」



 こうして僅か半日足らずでローズベリー帝国は白陸の手に落ちた。



夜叉子が制圧した城は、薔薇の国の心臓部。



 国の機能が停止したローズベリーは為す術もなく兵士らが降伏した。



 しかし夜叉子という女の凄まじい所は、これだけではない。



「じゃあ私がローズベリーの女帝だね」

「民にもそう言い聞かせてやりますぜ!!」

「逆らうなら殺すと脅しかけな」



 そう冷酷な言葉を発した彼女だったが、民を殺す気なんてものは微塵みじんもなかった。



 だが恐怖政治によって一時的に、民と降伏した兵士を従わせる必要があったのだ。



 微かに口角を上げた夜叉子は、薔薇平原の戦いがレミテリシア達の勝利に終わると詰みの一手を指した。



「じゃあ短い間だけど女帝を楽しめたよ。 私には性に合わないね。 退位して後継者にアニャを指名するよ」



 これがローズベリー帝国で起きた大事件だ。



 ルーシーの諜報員であるエリアナすら想定もしていなかった事態だった。



ローズベリーの女帝に就いたのが白陸の将軍で、後継者にアニャが即位する事になったという事は事実上、薔薇の国は白陸の領土というわけだ。



 そして敗戦したアト皇帝は、僅かな兵士らと共にティーノム帝国へと亡命した。



 功労者の夜叉子はその後、直ぐに恋華の本軍に合流するのだった。

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