第8ー4話 疑惑と不可解な停戦

 民衆の声で包まれる中をゆっくりと歩いている姿は、優雅で気高い。



 人々からの羨望の眼差しは、祖国を窮地から救ってほしいという切な願いが込められている。



暖かい風が光り輝いても見える金髪を撫でていく。



 そして人々からの眼差しに敬礼をして返す英雄は、宮殿の中へと入っていった。



「大丈夫かゾフィア?」

「あ、ああ・・・あの野郎結構やる」

「そりゃ赤き王だからな。 私が相手した神族とやらと将軍達もだ」



 スタシアのアルデン王と三日間にも渡って、激闘を繰り広げたもう一人の英雄であるゾフィア・ペテレチェンコは赤き王と相討ちとなったのが事の顛末だ。



やがて負傷から回復したゾフィアは、妹のエリアナの介助を受けながら立ち上がり復讐を誓った。



 闘志溢れる相棒の瞳を見て、微かに微笑んだユーリは病室を後にした。



 そして宮殿内にある自身の部屋へ入ると、遠くの景色を静かに眺めている。



「お前は純粋だから英雄か・・・鞍馬はフキエ様と何を話したのだろう」



 ルーシーと白陸連合軍が停戦して間もなく一週間が経過する。



しかしあの停戦時の出来事が頭から離れずにいた。



 敵の総大将とも言える鞍馬虎白は、何故悲痛の表情で自身を抱きしめたのだろうか。



 そして何か悟った表情で、語りかけた内容の意味は。



「お前は知らなくていい・・・何を聞いたんだ・・・」

「お邪魔するよ」



 部屋の扉から顔を覗かせるのは、茶色い髪の毛の毛先を緑色に染めている女だ。



ゾフィアの妹にして、ルーシーの諜報活動の最高司令官でもあるエリアナはユーリへと近づいた。



 すると顔を見合わせる二人は、静かに口づけをした。



 そして激しく抱き合うと、寝室へと倒れ込んだのだ。



しばらくの間、愛に満たされるとシーツを体にかけて話しを始めた。



 停戦時に虎白から聞かされた謎の言葉について。



「実はユーリ」

「どうした?」

「属国のローズベリーである事を聞いた」



 エリアナはローズベリーを完全に吸収するために、アト皇帝を操っていた。



その諜報活動の中で気になる事を耳に入れたエリアナは、しばらくの沈黙を保った。



 早く話せと美しい顔を接近させるユーリは、内容が気になって仕方ない様子だ。



 やがて沈黙を破り、声を発したエリアナの口から出た言葉を聞いた北の英雄は表情を一気に曇らせた。



「酒屋で半獣族が話していた。 ルーシーから亡命したと」

「馬鹿な・・・我らの祖国から亡命する理由なんてないだろう」

「近づいて話しを聞こうとしたけど警戒されてね」



 ルーシー大公国には正式に、居住権を持っている半獣族も微かに存在した。



しかしその誰もが、忠誠心に満ちあふれている。



 生活水準は極めて高く、亡命する理由なんてものは存在しなかったのだ。



 ユーリはエリアナの美しい顔を撫でながら、しばらく考え込んでいた。



 頭の中によぎるのは、敵総大将の悲痛の表情だ。



「そんな事あるわけないか」

「亡命が本当なら私達に、追わせるよね?」

「その通りだ」



 万が一にでも無断で、国を出たのなら軍部へ知らせが入るはず。



何かの勘違いだろうと、話しを終えたユーリは職務へと戻った。



 しかしエリアナは、自身の耳で確かに聞いた内容だったがために更に調べる事にした。



 姉のゾフィアにも恋人のユーリにも話さずに、宮殿内を徘徊すると最高指導者のフキエが衛兵と共に歩いてきた。



「我が影よ」

「フキエ様、何かご命令は?」

「そうだな・・・ユーリは元気か?」

「早く白陸と戦いと話していました」



 それを聞いたフキエは、満足気に笑うと立ち去ろうとしている。



腰の後ろで手を組んで歩いている最高指導者の背中を刺すほど鋭い視線で、見つめるルーシーの影は何か謎に迫れないかと考え始めた。



 しかしそれは国家を裏切るに等しい行為だ。



 最高指導者を疑い、国家機密を詮索するなどあってはならない。



 だが、エリアナは様々な事から疑わう他なかったのだ。



「あそこまで勢いに乗っていた白陸が停戦を受け入れるはずがない・・・あの将軍らが・・・」




 廊下で立ち尽くし、フキエの背中を見つめている彼女は停戦直前に起きたローズベリーと白陸の戦闘を思い返していた。



アト皇帝が即位すると、皇女アニャはレミテリシア将軍と共に反乱を決意した。



 反乱を後押ししたのは、白陸軍の援軍の存在だ。



 まるで反乱が起きると、事前に知っていたかの様に現れた白陸軍に驚きを隠せなかったエリアナは、配下の諜報員を監視として残していた。



 エリアナ自身はマケドニアと宮衛党の調略に向かったが、頻繁に入る報告を聞いていたルーシーの影は驚きを隠せなかった。



 反乱軍こと白陸軍と志願した市民らは、ローズベリー帝国軍と平原で開戦したと知らせが入っていた。



 しかしそれから僅か一時間も経たずに、帝国軍が降伏したと聞かされたのだ。



 あまりの衝撃を前に、マケドニアと宮衛党への調略を不十分のまま終わらせると、ローズベリーへと急いで戻った。



「だから絶対に停戦なんてするはずがない・・・たった数人で帝都を制圧できる将軍がいるのに・・・」



 事の次第が気になったエリアナがローズベリーへ戻ると、帝都の城には白陸の国旗が風に吹かれていたのだ。



 一部始終を見ていた配下の諜報員に尋ねると、夜叉子という将軍が制圧したと話していた。



 エリアナは当時の事を思い出すと、美しい顔を青ざめさせて部屋へと戻っていった。



質素だがどこか落ち着く部屋へ戻ると椅子に座って机に頬杖をついたまま、当時の異常事態を冷静に思い返したのだった。

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