第8ー3話 半獣族の希望
夜道を孤独に歩く様を月の神が見下ろしている。
どこか儚くも見える三日月が毎晩、天上界の夜を見守っていた。
そんな月明かりだけが照らす白陸の夜道を護衛もつけずに歩いている皇帝は、夜中だと言うのに歓楽街の様ににぎやかで明るい街へと入った。
白陸帝国内にして半獣族のみが暮らす街だ。
宮衛党へと入った虎白は、
夜行性の半獣族が皇帝の顔を見るやいなや抱きついてきては、白い頬を何度も舐めている。
これが半獣族の挨拶なのだ。
市民も兵士も皆が愛想が良いのも宮衛党の魅力と言える。
夜間警備の半獣族らと雑談をしていると、やがて月の神の仕事が終わり太陽神が覗かせた。
鶏の鳥人が朝が来たと伝えると、夜行性の市民や兵士らが眠たそうに目をこすり始めた。
それを優しく見届けた虎白は、メルキータが目を覚ますのを出迎えるために宮衛党の城の中へと入っていった。
するとこの種族を限定している街にただ一人だけ暮らしている友奈が、朝食の支度をするために早朝から動いていた。
かつて下界で出会った謎多き彼女は、今ではメルキータと共に宮衛党の発展に努めている。
虎白の顔を見るなり小さく会釈した友奈は、無愛想に料理を始めた。
「暮らしにはなれたか?」
「まあねえ。 半獣族は可愛いから私にはこの場所こそ天国って感じ」
「それは何よりだ。 メルキータはいるか?」
ことこと音を立てながら、まな板にある食材を切っている友奈の横で台所に寄りかかった虎白は雑談を始めた。
友奈はすっかり宮衛党での生活に慣れた様子で、可愛い半獣族の話しをしている。
それを見た虎白は自身の行った事が決して間違いではなかったと、改めて心中で言い聞かせた。
すると目をこすりながら、髪の毛を激しく乱したメルキータが淫らな寝間着のまま部屋から出てきたではないか。
肩から鎖骨付近まで露出させて、丈の短い寝間着からは美脚がしっかりと見えていた。
そして虎白に気がついたメルキータは、その場でひっくり返るほど驚くと部屋へ飛び込んでいった。
数分すると制服姿で髪の毛も整った状態で出てきた彼女を見て、虎白が小さく笑うと友奈が朝食を運んできた。
「は、恥ずかしい・・・」
「こっちの台詞だ」
「朝食できたから食べていって」
友奈が作った朝食を前にして食卓を囲んだ一人と一匹と一柱は、両手を合わせて食事を始めた。
しばらくの間は他愛もない会話をしていたが、いよいよメルキータが早朝からの来訪の意図を問いかけた。
北側遠征から戻って一週間も経っていない現在、疲労を癒やす事が先決だと考えるメルキータは虎白が何やら大事な話しがあるのではないかと箸を止めた。
「じ、実はよお・・・お前の兄貴を滅ぼしたせいで、路頭に迷った半獣族が大勢出たんだ。 そして彼らは今ではティーノム帝国の商品としてルーシーに売られていた」
その言葉を聞いたメルキータの表情は一気に青ざめた。
ヒューマノイドという限りなく人間に近い外見をしている彼女の美しい顔はまさに蒼白。
血の気が引いた美女の顔を見た虎白は、半獣族を兄が守っていた事実を知らなかったのだと直ぐに察した。
凍りついた食卓で平然と白米を口に入れる友奈を横目に、虎白はメルキータの肩を何度か優しく叩いた。
「悪かったよ・・・」
「あ、兄上がそんな事を・・・では私は多くの同胞を見殺しにして自分だけ・・・」
「そんな事ねえよ。 お前はツンドラの民を救ったじゃねえか」
せっかく作ってもらった朝食を吐き出しそうなほど、顔面を蒼白させるメルキータは口を抑えたまま言葉を発さずにいた。
自責の念と哀れみの中にいる虎白は、何度も彼女の肩をさする事だけをしている。
やがてメルキータが茶を一気に喉を鳴らして飲み干すと、大きなため息をついた。
「ルーシーとティーノムを倒せなかったと聞いたけど?」
「ああ、彼らが人質になっているんだ。 無理に攻め込めば何をするか・・・」
「次の出陣には私も同行させて。 これは私の責任でもあるから」
彼女からの言葉に静かにうなずいた虎白は、食べ終えた食器を洗うと部屋を出ていった。
閉めた扉の奥からは、すすりなく元皇女の声が聞こえた。
今回の一件で衝撃を受けた虎白だったが、恋華からの厳しい言葉や仲間達からの優しい言葉を受けて立ち直っていた。
何が何でも半獣族を救い出して、夢の実現をすると。
「誰も悲しまねえ世界。 どうか健やかに生きてほしい」
勇ましい表情で、空を見上げた虎白は本城へと帰っていった。
傷が治り退院した竹子を抱きしめると、再びルーシーとティーノム帝国を倒す方法を考え始めたのだ。
表向きは天上法を犯していない。
しかし蓋を開ければ、重労働や違法な人身売買に等しい行為というわけだ。
机で地図を睨みつける様に見ている虎白は、ふと北の英雄の顔が思い浮かんだ。
彼女は今頃何をしているのだろうか。
純粋な彼女の忠誠心を利用して、代理戦争でも戦わせられているのだろうか。
「どうなんだろうな・・・事実を伝えても信じねえよな」
ルーシーの英雄であるユーリ・ザルゴヴィッチは今頃、スタシア王国を粉砕するために準備を整えているのだろうと考えた虎白は再び北方遠征を計画し始めたのだった。
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