第7ー17話 ルーシーのための代理戦争

 燃え盛る炎は、無慈悲なまでに広がっていく。



青空は燃える炎を見下ろしながら、人間による終わりなき戦いを見守っている。



 情熱的に燃え盛る炎は真紅の薔薇ばらよりも、生々しく赤く染まっていた。



 ローズベリーという大国に挟まれる小さな国は、ルーシーの手に落ちた。



 アト皇帝が即位したと同時に、彼らはルーシーの潜入工作員であるエリアナに赤き魂を売ったのだ。



 これに耐えられなかった妹の皇女アニャは離反を決意して、白陸の将軍であるレミテリシアとお初と共に帝都を脱した。



 国の外れにまで避難した彼女らは、今後の絶望的な戦局を打開するために話し合っていた。



「白陸本国にいる仲間達を呼ぼう」

「賛成だ」

「わ、私は反乱軍を集めるとする・・・ルーシーに従いたくない民は大勢いるから」



 暗い表情で話すアニャは、兄との絶縁に戸惑いながらも自身の数奇な運命を受け入れようとしていた。



 目の前で父が暗殺され、アニャの気持ちとは異なり愛する薔薇の国はルーシーの配下へと成り下がった。



 だがこの状況になってもアト皇帝は自身が、ローズベリーの正統後継者だと自慢気に言っているのだ。



 つまる所ルーシーの属国になったというのに皇帝を自称するとは。



 そんな呆れた表情をしながら親友のハミルと顔を見合わせるアニャは、反乱軍を集めるために田舎街へと足を運ぼうとしていた。



 すると遠くから無数の砂煙が立ち込めながら、接近する未確認の集団が見えた。



 一気に緊迫する彼女らは、各々おのおのの武器に白くて綺麗な手を添えた。



 やがて接近してくる集団の先頭で馬にまたがる者の顔を見た時に、レミテリシアの表情は一変した。



「大丈夫?」

「や、夜叉子じゃないか!! それに鵜乱と先日の求賢令で加わった・・・」

「ウィルシュタインとスカーレットだ。 お見知り置きを」



 着物の下に薄手の鎧をまとっている白陸の将軍夜叉子は、同じく鵜乱将軍と共に白陸軍を引き連れて現れた。



 この衝撃的な展開に驚きを隠せないレミテリシアは何が起きているのか夜叉子に尋ねた。



 するとレミテリシアに知らされた内容とは、あまりに驚くべき事であった。



「ローズベリーへ来たのは私の指揮でルーシーを倒すため。 竹子達は既に別の戦域に向かっているよ」

「国を空けて平気なのか!?」

「恋華いわく問題ないらしいよ」



 夜叉子とて恋華の真意を理解できずに、困惑した表情で話しているが命令に従って数万もの白陸軍を引き連れてローズベリーへ訪れた。



 安堵の表情を浮かべるレミテリシアは、白陸兵から鎧と馬を手渡されると勇ましい表情を浮かべてアニャ皇女を見つめていた。



 同時に覚悟を決めるのだと目で訴えかけるレミテリシアは小さくうなずいた。



「アニャ、覚悟はできているか?」

「え、ええっと・・・兄上はどうなるかな・・・」

「だから。 覚悟はできているかと聞いているんだ。 受け入れられないなら民と共に身を守るんだ」



 その覚悟とは、アト皇帝が死ぬという事だ。



 小さく赤い唇を震えさせ、アニャはしばらくの沈黙を保った。



 それを親友のハミルは静かに見ている。



なんて気の毒な皇女なのだと、親友は哀れんでいるがこの沈黙を破ったのは意外にも夜叉子であった。



 馬から降りた儚くも美しい将軍はアニャの小さい肩に優しく手を置くと、表情を変える事なく言葉を発した。



「怖いよね。 誰かを失うって・・・私達に任せていいんだよ」



 その昔、自らの手で元夫を殺害した夜叉子はそれ以来、心が凍りついていた。



 世界の残酷さも人間の果てなき争いを繰り返す愚かさも、全てが夜叉子にとっては吐き気すら催す負の産物であった。



 しかしそんな世界に突如として光りを与えようと現れた狐の神族は、夜叉子の凍りついた心を少しずつ溶かしていった。



 アニャに語りかける夜叉子は間もなく行われる、アト皇帝との戦いに震える彼女を見てはいられなかったのだ。



「兄を殺せなんて言えるわけないよ。 この戦いが終わってから私達を恨んでもいいよ。 ただ、目を背けちゃいけないよ・・・いつかあんたの心を溶かしてくれる存在が現れるからね」



 思い返してみればアト皇帝は幼少期から傲慢であったが、アニャを大切にしていた。



 アニャをいじめた村の子供達を一人で撃退しに向かっては、返り討ちにあって戻ってくる事も多かった。



 皇太子という立場なのに村の子供に負けてくる様はあまりに情けない姿であったが、妹のアニャを守るために手段を選ばない兄であった。



 終いには兵士を引き連れて村の子供達を取り押さえる暴挙に出て、妹を守ったと豪語する始末だった。



 幼少期から手段こそ卑劣だが、妹を思う兄の気持ちは理解していた。



 だからこそ間もなく攻め込むであろう白陸軍の将軍達を見ても、攻撃を依頼できなかったのだ。



「わ、私は・・・兄上を殺せません・・・で、でも夜叉子将軍の言う通り・・・目は背けません・・・兄上はローズベリーの民を道具として使い続けるでしょう・・・」



 涙ながらに語ったアニャを静かに見ている夜叉子は、黒い瞳を微かに輝かせると大軍を率いてローズベリーの帝都へと進んだ。



 これはローズベリーという小さい国で起きるもう一つの決戦だ。



 戦争のない天上界を作るために犠牲になっていく小さな薔薇の国の物語サーガ



 

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