第7ー18話 英雄と勇者の対立

 物語サーガとは事細かに紡がれた、様々な出来事を一つにして初めて語られる。



 サーガとはかつて北欧神話で使われていた物語という意味だ。



万物の父と呼ばれて、息子の死と世界の滅亡という予言に抗った最高神オーディンという神の出来事を総称してサーガと呼ぶ。



 そして今ここでも神族によるサーガの結末が完成しようとしていた。



 硝煙渦巻くルーシーの街を冷徹な瞳で、眺めている白陸の大将がいる。



恋華だ。



 彼女によって紡がれていった全ての出来事には、緻密だが大胆な軌跡が残されていた。



 夫である鞍馬虎白の危機を知った彼女は、直ぐさま援軍に駆けつける事を志したわけだが、それに至るまでの恋華の行動は凄まじいほど狡猾であった。



 本国白陸の守りを手薄にする危険に対して、周辺の大国である秦国とマケドニアにも北側領土の派兵を要請して攻め込まれる可能性を消した。



 そしてマケドニアのアレクサンドロスには崇拝するゼウスの名を出して、彼の忠誠心を利用し、秦国の嬴政には虎白の名を出して友情を利用したというわけだ。



 さらに恐ろしいのは南側領土から白陸、マケドニア、秦国の大軍が出陣して間もなくすると、宮衛党による大規模な軍事演習が始まったのだ。



 宮衛党は虎白の庇護下ひごかにある半獣族の軍隊で、その数は数十万にも登る。



それだけの獣の群れが、白陸本国に残って軍事演習を行うという事はマケドニアにも秦国にも十分な脅しになるという事だ。



 真面目に戦わなければ、宮衛党が後ろから突き刺すぞと。



 だが恋華という傑物の恐ろしい所は、これだけの事をやってのけておいて味方である秦国にもマケドニアにも白陸の動きを伝えなかった事にある。



 彼女は始皇帝と征服王に白陸の出陣が少し遅れると伝えると、静かに白陸軍と共にルーシー本国へと進んだのだ。



 味方である秦国、マケドニア、ましてや夫にまで何も伝えていなかったのだ、敵であるルーシーが知るはずもなく本国は今こうして恋華の手に落ちた。



残すは彼らの首都である「フキエグラード」だけとなってしまった。



 神馬にまたがって冷たい瞳を首都へ向ける恋華は、隣にいる竹子へ総攻撃を命じた。



「さあて。 戦闘民族の蓋を開けてみれば、何が出てくるか見ものだな」

「どういう事?」

「中身が知りたければ、蓋を開けて見る事が一番であろうな。 竹子よ、蓋を開けに行こうか」




 そう不敵な笑みを浮かべた恋華は、白陸軍と共にフキエグラードへの攻撃を開始した。



主力の大半を遠く離れたスタシアへ派遣していたルーシーは白陸軍の猛攻を前にどうする事もできなかった。



 全ては恋華という傑物によって。



 そしてその頃、遠く離れたスタシア国境で戦う虎白は恋華の味方すら欺く行動に驚きながらも、血眼になって首都防衛へと退却するユーリ・ザルゴヴィッチらの背中を見ていた。



「あいつは昔から半端じゃないんだ・・・」

「我がアレクサンダーよ。 もうこの際だ、首都まで進むぞ」

「ああ、戦いが終わったらみんなで酒を飲もうぜ」




 好敵手にして盟友であるアレクサンドロスと顔を見合わせて笑うと、彼らもまたフキエグラードを目指した。



 しかしそこへ驚くべき知らせが舞い込んだのだ。



 アレクサンドロス大王の目の前にまで飛び込むほどの勢いで駆けてきた伝令は、荒い呼吸を整える事すら忘れて大声で言葉を吐き捨てた。



「白陸の宮衛党が、マケドニアに侵攻しています!!!!」

「な、なんだと!? どういう事だ鞍馬!!!!」



 恋華は確かに宮衛党に軍事演習を行わせていたが、メルキータ擁する元ツンドラ帝国の軍隊が訓練場所を間違えるはずもなかった。



 そうとなれば援軍にまで駆けつけたというのに、後ろから刺された事になる。



顔を真っ赤にして怒るアレクサンドロスは、直ぐさま撤退を表明して国へ戻ろうとしていた。



 虎白は女の太ももよりも太い腕を掴むと、静かに首を振った。



「そんなはずない。 これは手違いとかじゃねえ・・・俺達を分離するための作戦だ」

「どうであれお前の犬共が攻め込んできているのだ!!」

「仮にマケドニアに迫っても、メルキータが異変に気がつけば撤退する!! お前は帰らなくていいんだよ!!」



 誤報と信じて北側領土に戻るか。



 侵攻と信じて南側領土に戻るか。



 ここに来ても南側領土の英雄と勇者の意見は大きく食い違ったのだ。



虎白の女の様に細い腕を振り払った征服王は、物凄い剣幕で睨んでいる。



 白い鎧を力強く押すと、大王は怒鳴り散らした。



「自分の民の窮地でも同じ事が言えるのか!!!!」

「俺の軍が攻め込むわけねえだろ!!!!」

「事実お前は恋華の計画を把握していなかったではないか!!!!」



 冷徹な恋華の事だ。



混乱に乗じてマケドニアすらも刈り取ろうとしているのではないか。



 彼女の狡猾さを目の当たりにした征服王は、疑心暗鬼になっていた。



 事実、宮衛党が侵攻しているという知らせを受けている。



苛立つ両雄の話しを静かに聞いている嬴政が、遂に口を開くと怒号が止んだ。



「今から戻っても、間に合わんだろ。 もし本当に侵略されたなら、ルーシーの領土を全てマケドニアに差し出せばいい」

「だそうだ鞍馬? スタシアの者共にも土一つとて譲らぬぞ?」

「ああ、構わん。 俺はメルキータを信じている」




 険悪な空気のまま、馬の歩みを進めさせた。



ここにスタシア、白陸、マケドニア、秦国の大連合軍はルーシーを滅亡させるために最後の攻撃を始めようとしている。



 だが当事者らの空気感はまさに最悪と言ったところだ。



 そして更にはスタシアのアルデン王は、ルーシーの英雄と呼ばれたゾフィア・ペテレチェンコとほぼ相討ちとなり、意識を失ったと知らせが入った。



 この事でスタシアの進軍が大幅に遅れるという事態にまで発展した。



 ルーシー大公国という四カ国にも値する超大国の強さは確かであったのだった。



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