第7ー16話 人間の殻を破りし者

 皮肉なまでに青々とした天空は、眼下で行われるいかなる事も見守っている。



青空と緑々しい平原では、人間が性懲りもなく激しい殺し合いを行っているのだ。



 今や神族まで巻き込むこの北側領土の最高権力者を決める大決戦は、南側領土の秦国とマケドニアまで介入してきた。



 想定外の援軍の存在に驚くルーシー、スタシア、白陸の双方は、困惑のまま歓声へと変わり、ルーシーは次々に倒れていった。



 虎白の隣で高笑いをするアレクサンドロス大王と嬴政を動かしたのは、虎白の正妻である恋華だと聞かされて、更に驚いていた。



「そうだったのか・・・」

「実に不愉快な女だが、言っている事は間違っていなかったぞ」

「そうだ虎白、恋華姫が俺の元を去る前に一言、言い残していったんだ」



 恋華の言動に不快感を隠せないアレクサンドロス大王をよそに、親友である嬴政は真剣な面持ちで口を開いた。



 北側領土への出兵を促しに来た恋華は、嬴政からの快諾を聞くと満足げに立ち去ろうとした。



 しかし謁見の間で立ち止まった彼女は小さな背中を始皇帝に見せながら、淡々といつもの様に語り始めたのだ。



「貴殿らが夫の救援に行く頃、私は別の場所にいる」

「姫君は援軍に行かないのか?」

「ええ、まあ。 夫の事をよろしく頼むぞ嬴政」



 そう言い残すと、恋華は秦国を去ったと話している。



 彼女の不可解な言動の後、嬴政は秦軍を率いて北へ出発したがそれ以降も恋華からの連絡はなかった。



 腕を組んで考え込む虎白は、自身の正妻の機転の良さから考えてまた何か大きな事をしてくるのだろうと考えていた。



 秦国、マケドニアの参戦によってルーシーが圧倒的劣勢になった今、虎白らは話し合う余裕すら生まれていた。



「まあ恋華が何をしてくるのかわからんが、俺達は目の前にいる敵を片付けよう」

「来たれ我がアレクサンダーよ。 戦いは既に勝敗は決したぞ」

「いいやそうでもない。 敵はこの状況でも怯まずに戦っている」




 スタシアと白陸連合軍の猛攻にまるで怯まなかった戦闘民族は、更に秦国、マケドニアが加わっても逃げ出す者は一人もいなかったのだ。



 恐ろしいまでの闘争心に驚く嬴政は、髭を触りながら傍らの将軍に手を振った。



 拝手はいしゅを行った将軍が足早に動き始めると、秦軍の奥から異様なものが轟音と共に接近してきたのだ。



 背の高い木製の塔が音を立てて進んでくると、車輪を兵士らが押している。



 そして塔の上には弓兵が多数現れると矢の雨をルーシー軍の頭上へと放った。



井闌車せいらんしゃだ」

「こんなもんまで持ってきたのか嬴政!!」

「ああ、北の連中に自慢してやろうと思ってな」



 口角を上げて低い声を唸らせる始皇帝は、北の戦闘民族に見せつけるかの様に井闌車による攻撃を続行させた。



 しかし、次の瞬間には井闌車が脆くも崩れ落ちたのだ。



 ルーシー軍の歓声の中で、井闌車に乗っていた秦軍を斬り捨てているのはユーリではないか。



 かの英雄はこの状況においても、兵士らの士気を高めさせていた。



「退くな!! 我らに敗北はない!! 体の機能が停止するまで戦い続けろ!!」



 魂の絶叫をするユーリの言っている事は、あまりに無謀な話にも聞こえる。



だがルーシーの将兵は彼女の細い背中を見て奮起するのだ。



 なぜならユーリは皆の先頭に立って、秦軍とマケドニア軍すら蹴散らし始めた。



 既に彼女は虎白と戦い、白陸軍やスタシア軍とも戦っている。



 満身創痍なのは言わずと知れているはずだが、彼女の闘争本能は消えるどころか、激しさを増しているのだ。



 これに驚いた嬴政とアレクサンドロスは、兵士を何列にも並べて分厚い壁を作ってユーリの突撃を阻止しようとしていた。



 しかし虎白は静かに首を左右に振っていた。



「あの女は人間なのかも怪しいぐらいに凶暴で、人間を魅了する才能を持っている」

「虎白がそこまで言うとは、アルテミシア以来ではないか?」




 嬴政がそんな話しをしている刹那の事だ。



吹き飛ぶ秦軍の兵士らが、悲鳴すら上げているではないか。



 ユーリと彼女に付き従う騎兵は、もはや一直線に突き進んでいる。



 広大な戦場ではルーシー軍が四カ国もの軍隊に包囲されているが、戦闘民族から英雄と称賛される彼女は怯む事なく虎白のみを狙って進んでいるではないか。



 やがて嬴政とアレクサンドロスの余裕に満ちた表情が曇り始め、獰猛なルーシー軍の強さと勇敢さに言葉を失っていた。



 歩兵の壁を次々に突破してくるユーリの勇ましくも、美しい顔が肉眼でもはっきり見えるほどの距離にまで迫ると南の三英傑は同時に武器を抜いた。



「ば、化け物か?」

「だから言っただろ。 人間かも怪しいってよ」

「我が兵をいとも簡単に蹴散らしておる・・・」



 もはやこの場で決着をつける他ないと覚悟を決めた虎白らは、迫る獰猛な戦闘民族を見ている。



 すると彼らの元へ伝令が走ってきたではないか。



 しかし不思議な事に、伝令の到着と同時にユーリの雄叫びとルーシー軍の突撃までもが止まったのだ。



 虎白らの目の前に転げ込む伝令は、荒い呼吸のまま驚く事を発した。



「も、申し上げます!! 我ら白陸軍は、ルーシーの首都まで残り僅かの距離まで進軍しています!!」



 その言葉を聞いた三英傑は一同に顔を見合わせ、同時にある女の顔が真っ先に浮かんだのだった。




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