第7ー14話 夢の理解者と転機

 水中の中で呼吸が続かなくなり、やっと水面に出ると岸までかなりの距離があった時の気持ちはどうだろうか。



 長時間の神経を費やして取り組んだ作業が遂に終わり、心休まる場所へ戻ろうと立ち上がった時、忘れていた大量の作業に気がついた気分は。



 永遠に続くと感じるほどの痛みと、何があっても屈しない敵を前に遂に活路を見出した時、今までの激痛が序章だったかの様な痛みが襲い体が動かなくなった。



 虎白の腹部に開いた穴からは純白の血液が流れている。



「殿!! おのれ卑劣な!! 一騎打ちに水を差すとはここまで人間は堕ちたのか」



 怒りをあらわにする皇国武士が、倒れる虎白の前で銃弾を弾き続けている。



その隙に白陸兵らが虎白を引きずって後方へと下がっていった。



 激痛に朦朧もうろうとする虎白だったが、死んだわけではなかった。



 それどころか、引きずっている白陸兵の腕を掴むと自ら立ち上がったのだ。



「へ、陛下!?」

「ありがとうな。 だがもう大丈夫だ傷は治ってきた」

「そ、そんなはずは・・・」

「神族はな、これぐらいじゃ死なねえんだよ」




 これは虎白が特別な体質というわけではなかった。



 神族という超越した種族は、脳組織が破壊されないかぎり死ぬ事はないのだ。



 天王ゼウスを始めとする全ての神族が、同じ体質。



 驚く白陸兵に優しく微笑んだ虎白は、再びユーリとルーシーを食い止めるために前へ出ようとした。



「おとも致す虎白様」

「莉久か。 もう傷は大丈夫か?」

「僕とした事が・・・不覚でした」



 不死身に近い神族だが、受けた痛みは感じる。



そして大幅な神通力の低下もしてしまうのだ。



 既に満身創痍なのは虎白も莉久も同じであった。



 互いの美しい顔を見合わせると、この死地になんとか活路を見出そうとしていた。



「とにかくユーリを倒さねえと」

「僕は兵らと共に周囲の敵を」

「シュメール神族との戦いを思い出すな・・・」



 そう話した虎白を見た莉久は、くすくすと笑い始めた。



かつて神族が地球へと降り立った時に、先住神せんじゅうしんとして存在していたシュメール神族との戦いは壮絶であった。



 それを思い出した莉久は、笑っていた。



 あの戦いに比べればこの程度と、自らの胸を叩いた莉久は虎白に一礼した。



「おいおい胸なんて叩くな。 お前は女なんだからよ」

「ふぁああ!! ま、まさかメアリーが言ったのですか!?」

「なんだメアリーには打ち明けたのか? お前ほど美しい男なんていねえよ」



 沸騰して倒れそうな莉久は、足早に刀を持って戦場へと入っていった。



 虎白はその可愛らしい後ろ姿を見て微笑むと、ユーリと再戦するために表情を一変させて瞳孔を開いた。



戦争のない天上界を目指して。



 やがて乱戦へ突入すると、周囲で戦死している白陸兵が大勢見えた。



 驚く虎白の開いた瞳孔に写ったのは、白陸兵を容易く蹴散らすユーリの姿があった。



 虎白が撃たれて意識を失いかけた僅かな時間で、白陸軍は劣勢になっていたのだ。



「やられた・・・不意打ちに気がつけなかったのは俺の甘さか・・・」

「へ、陛下もう限界です退却命令を!!」



 白陸軍の綺麗な制服を赤く染めた将校が、顔面を蒼白させている。



 もはやユーリの勢いをどうする事もできない白陸軍は、次々に戦場に倒れていった。



 気がつけばルーシー軍は正気を失ったのか、衝撃信管弾すら利用していないではないか。



爆発物を投げてくる様は、常軌を逸していた。



 そしてユーリの勢いは白陸軍だけに収まらず、スタシア軍の八卦の陣すら崩壊させる凄まじさだった。



 虎白は考えていた。



退却するべきかと。



 しかしここで退却すれば、スタシアの滅亡は確定したに等しかった。



 倒れていく兵士を見て決断を迫られる虎白は、兵の生命か盟友との絆かという究極の選択をしなくてはならなかった。



「全軍に命ずる!! 退却したい者はとがめない。 俺とここに残る者はその生命を懸けてついてこい!!」



 この一声は戦場に響いた。



 しかし兵士達からすれば酷な話であった。



 自身が逃げても皇帝は逃げないと話しているのだ。



 この状況で、誰が逃げられるのだろうか。



虎白はさらに続けた。



「罪にも問わない。 ここで逃げても誰も笑わない。 お前らはよく戦ってくれた」



 そう言い残した虎白は乱戦の中へ消えていった。



 既に満身創痍の兵士達は、とてつもない葛藤の中で戦っていた。



 前方で戦う仲間は虎白の言葉を聞いても、迷わず戦っている。



 だが後方では逃げようか悩む兵士達が立っている。



 もはやルーシー軍の勢いは止まる事はなく、スタシア軍にまで被害は及び始めた。



こんな状況で誰が勝てると思うのか。



 悩みに悩む兵士らは、ある異変に気がついた。



 目の前で倒れて死んでいる、ルーシー兵の亡骸には血溜まりができている。



その血溜まりが揺れているのだ。



 だがそれも当然、目の前では数十万人が殺し合っているのだ。



 いよいよ正気を失ったのかと自身に失笑した兵士は、武器をその場に置いて白陸へ帰ろうと振り返った。



 そこで兵士は目を疑う光景を見たのだ。



 徐々に迫る怒号と激しい馬蹄の音。



 兵士の瞳に映るのは、無数の旗と大軍。



「皆の者勇者であれー!!!!」

「全軍は白陸軍の援護と救援に回れ!!」



 その兵士とすれ違う様に突き進んでいく大軍の旗には「南」と書かれる旗が上がっていた。



 そして目の前で馬にまたがり黄金の鎧を身にまとう男は、自慢げに笑っていた。



 勇者であれと絶叫した男が、自慢げに笑う隣に近づいた男は長い髭を触っている。



「鞍馬め!! 英雄気取りにもほどがあるな秦国の嬴政よ!?」

「あいつは自身を英雄だなんて思ってない。 ただ、戦争のない天上界のために戦っているのだ。 マケドニアのアレクサンドロス」




 逃亡しようとした白陸兵に気がついてもいないかの様に話す、二人の傑物と彼らの数十万もの大軍が死地へと流れ込んでいったのだった。




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