第7ー13話 越えてはならない一線

 思いは風に乗り遠くへと運ばれていく。



事実は詩人が語り、聞き手によって様々な解釈をされて更に語られていくのだ。



 事の顛末てんまつを誰かが、見届けなくては誰も語る事ができない。



 今や天上界北側領土の覇者を決める決戦へと発展したスタシア、ルーシーによる一大決戦は、当事者らの北側領土だけではなく南側領土の白陸帝国まで巻き込んだ。



 天上界中がこの結末を見守っていた。



 そしてこの大戦闘の中心で戦う虎白とアルデン王は、十倍以上にもなるルーシー軍を手勢だけで食い止めていた。



 目の前で金髪をなびかせて、果敢に挑んでくるユーリ・ザルゴヴィッチに苦戦しながらも懸命に白陸軍の指揮も行っていた。



「スタシアの八卦の陣に敵を誘い込んで挟撃しろ!! 将校らは兵を奮い立たせて命令に従え!!」

「私と戦う事に集中しなくていいのか鞍馬!!」



 サーベルが振り下ろされ、刀で受け止める。



すかさず腰から拳銃を抜き取り、発砲する北の英雄は虎白が弱っていくのを肌で感じていた。



 戦闘経験が不足している白陸兵を励ましながら、ユーリを相手にする事は神業と言える。



 至近距離で放たれる銃弾すら刀で弾いてみせる虎白だが、表情は徐々に曇り始めていた。



「い、いくら倒しても敵の士気が下がらねえ・・・」

「当然だ鞍馬。 我が兵達は死ぬか、勝利するかの選択肢だけだ」

「勇猛で気高いルーシーの民達・・・敵として滅ぼすにはもったいねえ・・・」



 兵力こそ勝っているルーシー大公国であったが、スタシアが発動した八卦はっけの陣を前に苦戦していた。



 アルデン王と戦うゾフィアと彼女の兵らも、亀の甲羅の中に封印されたも等しい。



 そして亀の甲羅に打ち付けるかの様に白陸軍からの猛攻を受けているというのにルーシー軍は、まるで怯まなかった。



 既に虎白の視界にも倒れる毛皮の兜を被った兵士達が、大勢見えてきているのだが士気は下がるどころか増していた。



 その圧倒的な戦意の高さに、白陸兵どころか虎白までもが怯み始めていたのだ。



「まるで無限に現れるかの様だ・・・」

「我らルーシーは勝利するまで止まらないぞ」




 既に三日間も戦闘が続いている双方では、大勢の兵士が倒れた。



夜間になって一度引き上げる双方だが夜襲の繰り返しで、決着がつかずに倒れる者だけが増えていったのだ。



 だがここで恐ろしいのは八卦の陣の中で戦うゾフィアとアルデン王の存在だ。



 彼らは三日もの時間、一度も休む事なく戦っていたのだ。



 既にゾフィアの兵士は壊滅して、新たに甲羅の中に誘い込まれたルーシー軍を殲滅している。



 ここまで来てもルーシーの戦意は砕けなかったのだ。



 そして三度も互いの刃を交える虎白とユーリにも異変が起き始めていた。



「はあ・・・お前はなんなんだ・・・」

「だから何度も言っているだろ? 私はルーシーを世界の頂点へと導く者だ」

「本当に人間なのかも怪しくなってきた・・・」




 ユーリの凶暴性と砕けぬ勝利への信念。



そして彼女の思いをそのまま、受け継いでいるかの様な獰猛な兵士達を前に白陸軍の士気の低下も限界へと達し始めた。



 将校らの命令に従わずに、逃亡を図る兵士らが出始めたのだ。



 だがもはやここは死地だ。



戦闘を放棄して逃げようとしても、ルーシーの騎馬隊に背中を斬られていくのだ。



 虎白はユーリと再び刀を交えると、どうにかして彼女を倒そうとしていた。



しかしルーシーの英雄は簡単には対処できなかった。



 サーベルを操る剣術もさる事ながら、拳銃や時には華麗な体術まで駆使してくる北の英雄は虎白を圧倒し始めていた。



 拳銃を刀で弾いた虎白が踏み込もうとすると、視界の外から飛び込んでくるかの様な速い蹴りを顔に受けると崩れ落ちる様に地面へと倒れた。



 朦朧もうろうとする意識の中で肌に感じる地面の冷たさが、心地よく感じ始めていた。



「諦めるな虎白!!」

「そ、その声は・・・アルテミシアか・・・」

「私の思い描く世界をあんたが作るんじゃなかったのー?」

「へ、ヘクサか・・・」




 薄れゆく意識の中で無意識に放たれた第六感と第八感は、不思議な空間を作り出していた。



 倒れる虎白の前に立っているのはユーリのはずだが、どうしてか聞こえてくるのはかつての敵の声。



 偉大なるアルテミシアと悲しき忌み子のウィッチことヘクサだ。



 考え方は違えど、彼女らの目指す先は虎白の夢と同じであった。



激しく戦う間に芽生えた奇妙な親和性は、今も虎白の中で不思議な力で繋がっていた。



「お前を私は信じている!! 妹も危険な状況でも必死に戦っているんだ。 立ち上がって夢まで進め!!」

「ねえ鞍馬、一番のクズはね。 純粋な者を悪人に変えて姿すら見せないやつだよ? あんたが戦うこの女を操る者まで行かないと、私が死んだ意味ない」




 そう話すかつての敵は、今では虎白の味方というわけだ。



 戦争のない天上界。



笑われる様な夢を語る虎白に共感した二人の傑物は、死してもなお虎白に第六感を通して語りかけていた。



 彼女らの事を思い出すと、涙すら出てくる虎白は地面の土を握りしめた。



 もはや動かす事も苦しいほどに損傷した体にむちを打つ虎白は、ゆっくりと立ち上がると刀を握りしめた。



 やがて無意識の第六感と第八感は消えて、時間が動き始める。



「化け物はお前もだな鞍馬」

「どうしても負けられねえんだ」

「同感だ」



 その時、虎白は全身全霊の雄叫びを上げた。



声を途絶えさせる事なくユーリへ斬りかかった、魂の一刀がサーベルと交わった。



 するとサーベルが砕けて、破片が太陽の光りを浴びて舞い散ったのだ。



 これに驚いたユーリは直ぐに拳銃を放った。



 虎白はそれすらも刀で弾き返すと、ユーリを倒さんと近づいた。



 だが次の瞬間。



大鎧を着ている虎白の肉体に激痛が走った。



 ふと下を見ると、純白の血液が滴っているではないか。



 腹部を抑える虎白が前を見ると、ユーリの配下の兵士達が銃を乱射しながら助けに来たのだ。



「お前らは鞍馬を狙うな!!」

「そうはいきませんユーリ様!! 我らは負けられないんです。 こんなやつ殺して先に行きましょう我らの正義のために!!」



 この激戦はあくまで天王ゼウスによる衝撃信管弾とオイルによって行われる模擬戦だ。



 その激しさから既に死者は出ていたが、天上法に従っての武器を使用していた。



 だがこの時、虎白の腹部を貫いたのは鋼鉄すらも貫通させる装甲貫通弾そうこうかんつうだんだ。



 虎白は地面に再び倒れた。



同時にこの瞬間を持ってルーシー大公国は天上法を犯した事になる。



 しかしそれも虎白が死ねば証拠はなくなるというわけだ。



 虎白の遺体を回収すれば。

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