第7ー12話 英雄と闇の審判官

 流れというものは予測ができず、人間を困惑させる。



突如吹き荒れる風に飛ばされ、思わぬ土地へ赴いたり、川の流れに身を任せて未踏の地を発見するのも全ては流れだ。



 何がどうあって皇帝が銃撃されたのか把握していない皇太子は、困惑したがこの流れは自身が皇帝に即位するのだと理解した途端、笑みを浮かべた。



「ここに父上の時代は終わり、このアト政権が始まる」

「アト陛下おめでとうございます」



 やがて皇太子改め、新皇帝となったアトは倒れる父と泣き崩れる妹を気にもせずに両手を広げて自身が皇帝だと主張している。



 それに拍手で答える文官共も、数秒前まで仕えていた皇帝の死を忘れたかの様ではないか。



 常軌を逸していているこの空間の中で、レミテリシア将軍は身の危険を感じていた。



 泣き崩れるアニャに顔を近づけて小さく言葉を発した南の将軍は、この場から今直ぐ逃げるべきだと話した。



「アニャ、お父上は一旦この場に置いていけ・・・アト兄上殿は私を殺しにくる」

「そんな事はさせない・・・お父様はあなたの熱意に感じ入っていたもの・・・」

「では逃げるぞ」



 アト皇帝即位に湧いている謁見の間で、猫の足音ほどの小さな音を奏でながらレミテリシア将軍は脱出を試みた。



 アニャの父が暗殺された今、この場はルーシー派の者だけとなった。



間違いなくレミテリシアは殺されてしまうというわけだ。



 やがて謁見の間の扉に手をかけると、静かに開けた。



 その時だ。



「この女を捕まえろ。 おめでとうございますアト陛下」

「な!? る、ルーシー軍だと!? ち、父上を撃ったのはまさか!?」



 レミテリシアが扉を開けると、武装したルーシー兵と将校が入ってきたのだ。



これに驚いたアトは父を暗殺した影にはルーシーがいたのだと確信した。



 しかしルーシーの将校は平然とこれを否定したのだ。



証拠はどこにあるのだと。



「私は皇帝に戦況を伝えに来たまで。 それがまさか内乱でも起きたのかな?」

「な、内乱だなんてそんな・・・よ、余が新たな皇帝なるぞ。 要件を話せルーシーの将校よ」

「表向きはルーシーに味方しておきながら、スタシアに寝返ろうとしていると聞いてな。 はっきりしてもらおうと思ったら偶然にも白陸の将軍がいたとはな」




 ルーシーの将校が捕まえたレミテリシアはつまる所、ローズベリーがスタシアと関わっていた事の証拠となる。



 アト皇帝は元よりルーシー派という事から疑いを晴らすための決断は早かった。



その女を殺せと。



 レミテリシアはその場にひざまずかされると、ルーシーの将校がサーベルを抜いた。



 これを文官共が静かに見守る中で、南の将軍は潜入の失敗を痛感している。



「一言だけ言わせてくれ」

「どうぞ将軍殿」

「未来を見据えて立ち上がれ!!!!」



 レミテリシアが魂の雄叫びを謁見の間で響かせたと同時に、サーベルは振り下ろされた。



 真っ赤な血液が滴り、石床が赤く染まる光景を皆が見ようとしていた。



 だがサーベルは南の将軍の白くて細い首を、無慈悲に骨ごと切断する事は叶わなかった。



静まり返る謁見の間で剣戟が響き、再び静寂に包まれた。



「私は今日を持って正式に故郷のローズベリーに反旗をひるがえすと決めた・・・兄上お別れです!! 永遠にルーシーの操り人形となる皇帝には民は導けないぞ!!」



 ルーシーの将校のサーベルを受け止めたのは、アニャだ。



そして親友であるハミルはルーシー兵を斬り伏せた。



 この瞬間にアニャとハミルは反逆者として全ての身分を失った。



レミテリシアの腕にきつく締められていた縄を剣で切ると、彼女を連れてこの場を立ち去ろうとした。



 するとルーシーの将校がアニャの首を掴んでその場に叩き伏せたではないか。



「私がただの将校だなんてね。 今日はローズベリーを滅ぼすか、属国にするかって大事な交渉なの。 一応名乗っておくよ。 エリアナ・ペテレチェンコ。 ゾフィアの実の妹だよ」



 エリアナの名を聞いた文官共は一同に顔面を蒼白させていた。



黒髪に毛先を緑色に染めているこの女はルーシーの英雄の妹なのだ。



 そしてただの妹ではなく彼女はこうも呼ばれているのだ。



 闇の審判官と。



 今日までに多くの国々が祖国の旗を捨て、ルーシーの旗を掲げていった。



時には滅びた国もあるが、全て共通しているのが最後の日にはエリアナが訪れているのだ。



 顔面を蒼白させていたのは文官共だけではない。



 地面に叩きつけられて血を流すアニャと、立ち尽くすハミルとて青ざめた表情で硬直していたのだ。



「南の将軍、降伏すれば未来はある」

「生憎だが私は既に一度降伏して未来を手に入れた身でな。 二度目はないと心得ている」



 レミテリシアはそう笑みを浮かべると、双剣を振りかざした。



ルーシー兵らが一斉に槍を彼女に刺そうとしたその時だ。



 謁見の間へと繋がる廊下から立ち込める白煙が皆の視界を遮断したではないか。



 これに困惑するレミテリシアの細い腕を何者かが、掴んだ。



「助太刀御免」

「お初か!?」

「今は逃げる。 皇女を連れて行こう」



 虎白の命令で影から見守っていたお初だったが、いよいよ生命に関わる危険と判断して姿を現したのだ。



 廊下にはエリアナが引き連れてきたルーシー兵が、背後から喉を斬られて死んでいた。



 驚きを隠せないレミテリシアだったが今はアニャとハミルを連れてこの死地を脱するのだった。

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