第6ー19話 聖なる四本の剣

 物事には攻め時と退き時というものがある。



これを誤れば、積み上げたものが一瞬にして崩れる事すらあるのだ。



 大いなる挑戦に勇猛果敢に挑む事は、大事な事であるが猪突猛進は非常に危険だ。



時には岩の様に好機を待ち、時には水の様に状況に合わせなくてはならないというわけだ。



 ティーノム帝国は既に三つの方面で大敗を期した。



上流貴族達は今回の侵攻が、失敗だったのだと議論を始めた。



 だがこの状況においても今だに二つだけ、勝敗がはっきりとしていない戦域が存在していた。



 広大な山岳地域で、山の頂上に陣地を貼って腕を組んでいる男の背後にはスタシア王国の旗が風になびいている。



そして男を囲む様に、通常の騎士よりも体の大きなスタシア兵が沈黙を保っていた。



「さあて。 この山岳において連中はどう出るか?」

「フリーラ将軍、敵は進軍しながら笛を奏でると聞きます」

「それはなんとも愉快な敵ではないか。 この四聖剣を相手に笛を咥えたまま、挑んでくるとはな」




 女の足よりも太い腕には血管が滲み出ている。



フリーラと呼ばれた将軍はスタシアが誇る四聖剣の一人にして、剛勇無双の男であった。



 彼が動けば岩は砕け、彼が叫べば木はなぎ倒されるとまで言わしめたフリーラ将軍は、腕に絡みついている血管に負けぬほどの自信を滲ませていた。



 ティーノム帝国の代名詞とも言える上品な笛の音色は、山岳戦において不利だと考えている剛勇は少数のスタシア軍を率いて大軍を撃破しようと意気込んでいる。




「笛が聞こえたら森を進んで、一瞬にして壊滅させてやるぞ」

「所で将軍、シンク将軍はどこにいるのでしょうか?」




 配下の騎士が尋ねたシンク将軍という男も四聖剣の一人だ。



だがシンクという名を聞いたフリーラ将軍は嫌悪感を全面に出して、知った事かと鼻を鳴らした。



 彼らは犬猿の仲というわけだ。



スタシアが誇る四本の聖剣はアルデン王の妹である、メアリーを筆頭にリヒト将軍、シンク将軍、フリーラ将軍と異なる色を持つ傑物が、赤き王を支えていた。



 皆がスタシアの栄光を求めている反面、異なる考え方が故に対立する事が多々あったのだ。



 犬猿の仲であるシンクとフリーラは、比較的近い戦域を守っていた。



剛腕を振り回して、木を殴るフリーラは怒っている。




「二軍団で共闘して、敵を平原に誘い出せだと? 相変わらず馬鹿な男だな」

「しかし共闘すれば我らは一万にもなりますし、敵も集中するのでよかったのでは?」

「お前まで馬鹿なのか!! 敵も増えるんだぞ!?」




 この未曾有の防衛戦が始まるよりも前に、シンクは今までの確執かくしつを水に流して両軍団で協力しないかと提案した。



だがそれはスタシア軍も一万名にまで増える事になるが、迫りくるティーノム帝国軍も数十万にまで増えてしまうというわけだ。



 即座に提案を拒否した剛勇無双は、シンクとはやや離れた戦域である山岳地帯に潜伏して敵を待った。



シンクなどいなくてもスタシアは負けぬと豪語するフリーラは、爆音の様な笑声を響かせていた。



 爆音が響いている刹那の事だ。



周囲を取り囲んでいる配下のスタシア兵達の姿が、消えていた。



「んん!? おい騎士らはどこへいった?」

「は、はあ? 先程までそこに・・・」

「お、おい!?」



 まるで神隠しかの様に、こつ然と姿を消す騎士らに困惑する剛勇は自慢の大剣を手に取ると、配下を密集させた。



 異なる山々に潜伏しているはずの五千名ものスタシア軍は、何かあれば狼煙のろしを上げて報告する手はずになっていた。



だが狼煙はどこからも上がっていない。



 やがてシンクは、配下がいるはずの山の頂上にティーノム帝国の旗が上がっている事に気がつくと、表情を一瞬にして青ざめさせた。



「敵は見えない、笛も聞こえていないぞ!! どうなってんだああああ!!!!」



 感情的になり、雄叫びを上げた次の瞬間だ。



瞬きほどの早さで目の前に現れたのは、半獣族ではないか。



 獰猛な瞳をぎらつかせる猛獣はフリーラの太い腕に噛みつくと、食いちぎるほどの激しさで左右に首を振った。



激痛のあまり悲鳴混じりの雄叫びを上げた剛勇は、近くの木に半獣族を打ち付けた。



 動物が痛がる時に出す甲高い声を出した半獣族は、茂みに飛び込むと姿を暗ました。



腕から流れる血を気にもせずに、フリーラは周囲の木をなぎ倒し始めたではないか。



「獣の部隊を出してきたのか!! 考えたな!! お前ら反撃だ・・・」



 ふと周囲を見ると、既にスタシアの精鋭部隊は消滅したかの様に姿を消していた。



青ざめる剛勇は歴戦の戦士とは思えないほど、無防備に立ち尽くしている。



 やがてがさがさと茂みの音が鳴ると、吸い寄せられたかの様にフリーラは突進した。



すると足が何かに絡み、両手を前に伸ばして倒れ込むと、引きずられる様にして木に吊るされたではないか。




「な、なんだ!!!!」

「フリーラ将軍だな? 捕虜になってもらう」




 宙吊りになるフリーラの前に姿を見せたのは、ティーノム帝国の貴族ではないか。



余裕に満ち溢れた表情で語りかける貴族は、半獣族の部隊を率いて山岳に入っていた。



 山の中は半獣族にとって最も動きやす地形というわけだ。



貴族は笑みを浮かべたまま、フリーラを半獣族に担がせると山を降りていった。



 やがてフリーラはティーノム帝国の陣地へと連行されると、投げ捨てられる様に簡易的な檻へ入れられた。




「お、お前!?」

「や、やあフリーラ・・・大敗した・・・て、敵は鳥人族を連れてきたんだ・・・」

「シンク!! お、俺の所には半獣族だ・・・ティーノムは人間だけの軍隊ではなかったのか!?」




 スタシア存亡の危機にして、アルデン、虎白の主力戦域は勝利。



メアリーと莉久の戦域も勝利に終わった。



 だがここに来てフリーラとシンクという四聖剣の二本が、ティーノム帝国の手中に落ちた事になる。



勝利したティーノム帝国軍は、虎白達を無視してスタシアの王都へと進軍を始めたのだった。

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