シーズン6最終話 名刀の由来と謎の青年

 後悔とは終わってから気がつくものだ。



あの時こうしておけばよかったなと嘆くのが、後悔だ。



 しかし当時は必死に取り組んだはずが、終わってみれば後悔してしまうというのが良くある事だ。



何もしない者が後に後悔するというのは、自業自得というもの。



 大半は綱渡りの様な挑戦をして失敗したからこそ、頭を抱えて後悔するものだ。



「さ、最初から王都で迎え撃つべきだった・・・」




 そう言って赤髪を引きちぎるほど、力強く掴んで表情を歪ませているのはアルデン王だ。



メアリー、リヒト軍団勝利の知らせに歓喜していたのも束の間。



 フリーラ、シンク軍団が大敗したという衝撃の知らせを受けたアルデンは、二本の聖剣と一万もの精鋭を失った事を激しく後悔していた。



「とにかくメアリー達と合流して王都まで下がるしかない・・・民を連れての撤退か・・・」



 表情を同じく歪ませている虎白は、民の安全のために彼らを連れて王都に下がるしかないと話すが、それがどれほど困難な事かはよくわかっていた。



かつて冥府潜入時に捕虜を連れて逃げた中間地点の道のりは、永遠に感じるほど長かった。



 また今回も同じ事をするのかと考えると、虎白は気乗りしなかった。



「アルデン、お前を信じて民は暮らしている。 ここは俺に任せろ」

「そうはいかない・・・」

「王都でメアリーと莉久と合流しろ」




 彼らが険しい表情で話す平原から先には、アルデン王の勝利を信じて避難していない民が何万人もいるのだ。



幸いメアリーの地域の民らは既に王都にまで避難していた。



 だが敗北したシンクやフリーラの地域の民は、絶望と共にティーノム帝国に吸収されている。



この状況でアルデン王は盟友にして神族であり、女にも見える美しい顔を見ている。



「既にシンクとフリーラの民は敵に飲まれてしまった・・・」

「お前がいる戦域の民は諦めちゃいねえぞ。 最後まで信じさせてやれ。 俺と兵五百はここに残って民を王都まで逃してやるから」




 そう言って力強く盟友の胸元を押した虎白は、撃退したと言えども今だに数十万にも登るティーノム帝国軍は健在だと考えると、この場に残る他ないと悟った。



虎白とアルデンらによる異常なまでの強さに一度下がっただけにすぎず、態勢を整えた貴族の軍隊は再び現れるのは明白。



 どこか覚悟すら決めた様子の虎白は鎧の帯に差す、名刀時斬りと間斬りに触れた。



悲痛の表情で退却するアルデン王と五千もの騎士らを見送ると、五百の皇国武士らは虎白を中心として、横一列に並んだ。



 まるで防衛線の様に。



「殿、これは死地になりまするぞ」

「ああ。 誉れある戦いをしよう」

「御意、どこまでもおとも致す」




 やがて地平線の彼方から聞こえてくる優雅な音色を聞いた神族らは、各々が帯に差している名刀を抜いた。



五百の皇国武士に対するは数十万にも及ぶ人間の群れ。



 かつて大陸大戦で守り抜いた人間が今では、神族を蹴散らさんと迫っている。



虎白はそう考えると、この状況においても笑えた。



「とんでもねえ皮肉だぜ」

「一斉射撃が来ますぞ」

「死ぬまで戦うぞ!!!!」




 笛の音色が止まり、互いの顔が見える距離にまで迫ると一斉射撃が火を吹いた。



白煙に包まれた平原はしばらくの沈黙を保った。



 貴族は直ぐ様、二列目にも射撃を命じた。



濃さを増す白煙と、耳に残る爆音。



鼻を刺激する火薬の匂いが充満する平原で、白煙が消えるのを待っている。



 その刹那。



白煙を斬り裂く様に姿を見せたのは、瞳孔どうこうが開いた虎白ら狐の凄まじい眼力だ。




「一兵足りとも逃すな!!!!」

「虎白様に続け、情け無用だ!!!!」




 やがて乱戦となった白煙渦巻く平原には、神族と人間による激しい喧騒だけが響いた。



五百の皇国武士に殺到するティーノム帝国の兵士は、数十人が一柱の武士へと迫った。



 虎白らは風の様な速さで、縦横無尽に戦った。



それでも兵士に殴られ、刺されかけている。



 だが虎白らは攻撃を浴びるたびに瞳孔が大きく開き、人間に戦慄を与え続けた。



もはや極限の戦闘を展開している虎白だか、神族の高い神通力を持ってしてもいよいよ限界だと感じ始めた。



 視界が緩やかに薄れかけている。



「だ・・・だ・・・第・・・」




 第七感を使用して攻撃速度、移動速度を早めている神族の武士もののふは一所懸命に、かの地に踏ん張った。



 薄れゆく意識の中で虎白は、殺到する人間らを蹴散らし続けた。



そんな時だ。



 虎白は薄れゆく視界の中で奇妙な異変に気がついた。



ティーノム帝国軍の兵士らの表情が停止したかの様に固まり、飛び交う銃弾は空中で止まっているではないか。



「だ・・・第・・・八感・・・」




 無意識につぶやいたその言葉は、第八感と言った。



すると時間が停止したかの様に喧騒すらも消え、全ての動きが止まった。



 家臣らの動きも止まり、まるで虎白だけが存在しているかの様だ。



驚きを隠せない虎白は、この驚異的な力の覚醒に言葉を失っていた。




「天王ゼウスには雷、ミカエルには光。 俺は時間か・・・だから俺の刀は時斬りと間斬りっていうのか」




 皇国武士の刀は故郷の安良木皇国で元服げんぷくした際に、鍛冶職人から贈られる。



 だがその刀は鍛冶職人が直々に、持ち主の顔を見てから作られるのだ。



皇国で暮らす狐の神族らは、鍛冶職人を予知者とも言う。



 虎白の刀を作った鍛冶職人はこの未来が見えていたというのだろうか。



この時まで刀の名の由来を知らずにいた虎白は、自身が覚醒した驚異的な力を前に初めて名刀の名を理解した。



「時を支配し、間を空ける事なく斬り進む。 それが我が名刀、時斬りと間斬り」



 虎白は止まっている世界の中で、ティーノム帝国兵を数十人も斬り捨てた。



すると緩やかに時間が再始動した。



 何が起きたのかわからない人間らは、一瞬にして倒れた仲間を見て戦慄している。



虎白は瞳孔を開ききって、刀を頭上にまで上げている。



 その威圧感を前に一人、また一人と兵士が腰を抜かしているではないか。



「雑兵共が!!!! 近づけば生命はないと心得ろ!!!!」

「も、もうダメだ・・・ば、化け物だああああ!!!!」




 たったの五百。



ティーノム帝国は数十万。



しかし我先に背中を向けて逃げ出したのだ。



 その光景を見ている貴族も、上品な表情を崩して馬主を本国へと向けた。



ティーノム帝国の主力軍は虎白を前に完全に撤退を始めたのだ。



 すると我先に逃げていく兵士の中から一人の人間だけが、迫ってきた。



虎白はその者を斬り捨てんと刀を、高々と上げている。



 すると人間は虎白の前にまで迫ると、武器を捨てて涙を流しているではないか。




「や、やっとお会いできました・・・ち、父上」

「その顔・・・お前まさか?」

「はい、下界で半年だけ一緒でしたね・・・白斗はくとと申します」




 それは人混みの中で偶然ぶつかった相手に惚れてしまう感覚だろうか。



我先に逃げていくティーノム帝国兵の悲鳴と、勝利に湧く皇国武士の歓声の中で虎白の体を駆け巡る衝撃。



 白斗と名乗った青年の顔を見て硬直する虎白は、名刀を地面に突き刺すとふらふらと近づいた。



そして言葉を発する事なく白斗を抱きしめたのだ。



「お、お前は祐輝の子だな。 じゃあ俺の子も同然だぞ」

「ええ、父上。 俺はそのつもりです・・・あ、会いたかったああ」




 涙を流しながら微笑む白斗は、かつて下界で封印されていた虎白の宿主である祐輝が生後半年で失った息子だ。



 原因不明で生命を落とした彼は長い年月を天上界で過ごして、今では立派な青年になっていたのだ。



虎白は白斗を抱きしめて、頭を何度もなでている。



「無事でよかった。 一緒に俺の国へ帰ろう」

「ええ、でもまずはティーノム帝国を倒さなくては」



 親がいない事から孤児院に入っていた白斗は、ティーノム帝国領内で静かに育った。



やがて青年となると、事あるごとに軍隊へ召集されていたのだ。



 そこで経験した貴族らの圧政に怒る白斗は、虎白と共にティーノム帝国の崩壊を望んだ。



義理の息子の肩に手を置いた虎白は力強くうなずくと、スタシアの王都を目指そうとした。



 その時だ。



「ち、父上!! 走って!! や、やつらが!!」




 突然の息子の発狂に驚く虎白が振り返ると、逃げ去っていくティーノム帝国兵を馬で蹴散らしている集団が迫っていた。



兜の周りを毛皮で覆っている騎兵らは、どこから現れたのか。



 そしてティーノム帝国兵を蹴散らして前へ出ると、絶叫しながら小高い丘を駆け下りてきた。



 だが次の瞬間には虎白は愕然とする光景を目の当たりにする。



小高い丘を越えて、斜面を駆け下りてくる謎の騎兵らは、丘も斜面も平原すらも埋め尽くすほどの数で迫ってきたのだ。




「ルーシー大公国万歳ー!!!!」

「白斗逃げるぞ!!!!!!」





          シーズン6完




 








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