第6ー14話 極限で芽生える絆

 相手を嫌うという事は、性格が相反するからである。



考え方が違う、行動の意図がわからないなど。



だが世界にはこんな言葉もある。



 性格が似ているからこそ、嫌い合ってしまうという言葉だ。



勇猛な性格で自身が犠牲になる事すらもかえりみない鵜乱は、何を考えているのかわからない夜叉子を嫌悪していた。



だがこの夜叉子という寡黙な悲しき乙女とて、かつて冥府潜入によって救った捕虜達が後少しという所で、亡き者になった時も自身の傷の手当てすらせずに花束を送って弔っている。



 自身の犠牲を顧みずに、誰かのために行動できるという点では彼女らは良く似ている。



大きな違いは表現力があるかないかという点だけであった。



 それを見越してか恋華は、不仲である彼女ら二人に求賢令きゅうけんれいという一大事業を任せたのだ。



その大号令は白陸国内だけではなく、天王ゼウスのオリュンポスにまで噂は届いていた。



 一夜明けて求賢令の結果はどうだったのかと、夜叉子は綺麗な黒髪をくしで解かすと部屋を出ていった。



やがて募集場へと出向くと、そこには何百という癖の強そうな者らが採用を求めて、目をぎらつかせている。



 静寂こそ保っているが、痛いほど伝わる熱気を前に夜叉子は大きなため息をつくと羽の音が頭上から聞こえ始めた。




「まあ随分多いですわね」

「採用は何人にする?」

「そんな事は見てみないとわかりませんわ」




 互いの目も見ずに会話する人間と鳥人の美女は、求賢令によって集まった猛者達を眺めている。



皆が俺を採用しろと目で訴えかける中で、美女二人は定員が何名なのかという議論を小声で始めた。



 見るからに性格に難がありそうな彼らを、大勢白陸に招き入れれば何が起きるだろうか。



求賢令によって集まってきたという事は、つまる所彼らは一癖も二癖もあるがためにどこの国にも採用されていない人材というわけだ。



「半分の五十は採用しますわ」

「いやそれは多すぎる。 せめて十」

「少なすぎますわ。 戦力になりませんわよ」




 相も変わらず意見の合わない彼女らの小声の舌戦ぜっせんがしばらく続くと、集まっていた猛者達からの罵声が響き始めた。



早く自身の能力を見てもらいたい彼らは、しびれを切らして苛立っている。



 だが美女二人は舌戦を終わらす事なく、採用の定員について話しているままではないか。



「五十人に負けないほどの才ある者を雇えばいいよ」

「こんな荒くれ者にどこまで期待しますの?」

「それじゃ求賢令の意味ないでしょ」




 終わらぬ彼女らの口論を前に、猛者達は我慢の限界が来たのか遂に暴れ始めたのだ。



一人が隣の者を殴り、吹き飛んだ者の横で他が殴り合い、まさに乱戦の様な大乱闘が始まった。



 大騒ぎを見ていた護衛の白陸兵達が、慌てて武器を手に事態を収めようと近づくと、兵達に下がって見ている様に命令したのは恋華ではないか。




「この程度すら収める事のできない様では彼女らは将軍とは言えぬ。 真の名将はこの状況であっても才ある者を見抜く目を持っているはずである」




 白陸兵が暴徒達を囲んでいるが、止めに入る者はいなかった。



乱闘の中に取り残された鵜乱と夜叉子は、彼女らまで喧嘩を始めるほどの勢いで口論を激化していた。



 しかし暴徒共の怒りは当然ながら、決断の遅い彼女らにも向いた。



近づいてきては、武器を夜叉子の白くて細い体に叩き込もうと振りかぶった。



怒号と共に振り下ろされた武器は、夜叉子の綺麗な黒髪に直撃する直前だ。



 すると盾で暴徒の武器を受け止めたのは鵜乱ではないか。



「相容れなくても同じ白陸の仲間ですわ」

「それは私も思っているよ」

「あら、初めて意見が合いましたの」

「まずはこの暴徒を鎮めよう」




 もはや野獣と化している暴徒共を止めるために彼女らは、互いの鋭い瞳を見てうなずいた。



鵜乱の盾が攻撃を止め、夜叉子の短刀が暴徒を鎮圧する中で様子の違う暴徒の姿があった。



 女にしては低い声を響かせて暴徒を指揮しているではないか。



彼女は犬の半獣族で、茶色い髪の毛をなびかせている。



そして目元はメイクでもしているのか、黒く染まっているのだ。




「さあ雑魚共を蹴散らしてやれ。 腕に覚えがあるならこのウィルシュタインが相手してやるぞ」




 まるで宴の会場を楽しんでいるかの様に声を響かせる犬の半獣族は、周囲で暴れる暴徒を束ねると指揮官の様に振る舞っていた。



やがて彼女を倒すための数人の暴徒が殺到すると「ウィルシュタイン」と名乗った犬の半獣族は手に持っている双刃槍そうばそうを、自在に回転させながら一瞬にして蹴散らしたのだ。



 眩しいほどの異彩を放っている彼女に釘付けになった鵜乱と夜叉子は、互いの心中を発した。




「いいのがいるよ」

「あの双刃槍の犬の事?」

「うん、指揮しながら戦ってるし」

「気が合って来ましたわね」




 大乱闘の中で互いの背中を密着させて、戦う彼女らの意見が合致すると鵜乱が肘で夜叉子の背中を突いた。



すると僅かに口角を上げた変わりつつある乙女は、鵜乱と共にウィルシュタインと名乗った双刃槍の使い手へと近づいていった。



 ウィルシュタインは変わらず、指揮を取りながらも自慢の双刃槍で暴徒共を蹴散らしていた。



やがて鵜乱が近づいていくと、犬の半獣族は得意げに笑っている。




「ご指名は私か?」

「ええ、是非白陸に入ってくださいな」

「位は最初から将軍で構わんな? それと、こいつも雇え。 私の恋人だ」




 ウィルシュタインは自慢げに笑っている。



そして彼女の恋人と話す者は、茶色い髪の毛を風になびかせている気の弱そうな女ではないか。



鵜乱と夜叉子は不思議そうに気の弱そうな女を見ていると、ウィルシュタインは高笑いを響かせた。




「役に立たなそうか? じゃあスカーレット見せてやれ」

「え、こ、怖いよお」




 怯えている「スカーレット」と呼ばれた女の顔に、ウィルシュタインが殴り飛ばした暴徒の血を顔につけた。



すると次の瞬間。



 下を向いたスカーレットは何が面白いのか、くすくすと笑い始めたではないか。



そして顔を上げると、表情が一変して常軌を逸していた。



「血がほしいの・・・もっと血をちょうだい」

「スカーレット、この場にいる連中を全て倒してしまえ。 遊びは終わりだ」

「わかった。 全部倒して血をもらうね。 殺さなければいいのね・・・」




 そしてスカーレットが暴れだすと、僅か数分にして怒号は静まり返った。



呆気にとられる鵜乱と夜叉子の前で、気絶した暴徒共を山積みにして頂上に座るウィルシュタインとスカーレットは高笑いを響かせた。



 やがて美しき将軍らの前に立った美しき異常者は、片膝をつくと丁寧に頭を下げたのだ。



「ウィルシュタイン。 お見知り置きを」

「す、す、スカーレット・・・そ、そのよろしくお願いいたします」




 こうして求賢令は大乱闘の末に、とてつもない傑物を発掘するという成果を上げて幕を閉じた。



その光景を満足気に見ている恋華の瞳には、目的達成に喜んでいる鵜乱と夜叉子が顔を見合わせている姿が写っているのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る