第6ー15話 聖なる剣よ守りたまえ
人は何故争うのだろうか。
権力のためか、己の欲望のためか。
譲れない大切なものを守るためか。
争いとは神々が人間に与えてしまった、必要のない知識だったのだろう。
神々の苛烈な争いを見ていたヒトから人間へと、知識は共有されていった成れの果てが現在という事になるのだ。
そして今では神々までもが、争いを人間と共に戦う始末というわけだ。
だがこんな意味のない争いを繰り返しても、得るものより失うものがあまりに多いという事を知った一柱の神族は、果ての見えない争いを終わらせると決意した。
時は少し戻り、北側領土でティーノム帝国と対峙している虎白は伝令を恋華の元へ送ると、スタシア王国のアルデンと共にこの状況をどうするべきかと考えていた。
「もはや全方向と言っても過言ではないほどに囲まれているな」
「その上、戦力も敵の方が遥かに多い・・・」
およそ十倍にも登るティーノム帝国、ルーシー大公国連合軍はスタシアの麗しき領土を侵食している。
腕を組んだまま、今にも攻めかかって来そうなティーノム帝国軍を眺めている虎白は白陸の援軍を待つ事にした。
だが、敵は待ってはくれない。
軽やかな太鼓が、ことこと音を立てると同時に優雅な笛の音色が平原で響き始めた。
天上界の美しき青空に良く合う穏やかな笛の音は、ティーノム帝国軍の行軍曲なのだ。
貴族国家らしい優雅な音色と共に前進してくる将兵は隊列を乱すことなく、肩と肩をびっちり隣の兵士と揃えて歩いている。
小高い丘を下ってくる帝国軍は、前方に銃を肩にかけた歩兵が歩き、背後には馬に乗った貴族がこれもまた優雅に進んでいるのだ。
やがて将兵が丘を下ると、丘の上には大砲が並べられたではないか。
砲兵達が鉄球の様な弾を込めると、一斉に火を吹いた。
爆発音と共に放たれた砲弾はスタシア軍には届かず、優雅に歩いているティーノム帝国軍の前方に落下した。
すると直ぐに弾を込め直して再び一斉に火を吹くと、次はスタシア軍の目の前で砲弾が爆発したのだ。
これを見た虎白はアルデンに後退を提案した。
「連中は火力を持っている。 一度下がって狭い市街戦にでも持ち込んだ方がいい」
戦術において、大軍を撃退するには狭い地形を選ぶというのは鉄則である。
広い平原ならば大軍はその兵力を縦横無尽に展開できるからだ。
虎白はアルデンの肩を掴んで後退を促すが、赤き王はまるで動こうとしなかった。
何をしているのだと勢い良く肩を引っ張ると、アルデン王は首を左右に振っている。
「我ら騎士が敵に背を向けて逃げれば、王国の民は誰を頼りにするのだろうか」
「何も負けたわけじゃねえ。 一度下がって有利な場所で戦おう」
「わざわざ遠方まで来てくれて申し訳ないが、スタシアの誇りがあるのだ」
騎士道を重んじるスタシア軍は、一度対峙した敵に対してどんな理由があっても背を向ける事は許されない。
その鉄の掟を今日まで守り続けたスタシアの誇り高き騎士達に後退の二文字はなかった。
目の前で砲弾が爆発しても、声すら上げない騎士達は赤き王が走り出すのを待っている。
「我らスタシアは決して退かない。 虎白、こんな身勝手な我らをそれでも盟友と認めてくれるか?」
援軍に呼んでおいて随分と身勝手だな。
そう言いかけたが、虎白は盟友の赤い瞳を見ると出かけた言葉を飲み込んだ。
赤き王の瞳は子供の様に純粋に輝いている。
美男子である赤き王、アルデン・フォン・ヒステリカがここまで瞳を輝かせたのは、かつて虎白が自身の夢を語った時だった。
戦争のない天上界を作ると話せば誰もが鼻で笑うだろう。
しかしアルデンは共に叶えたいと、勇んだ。
赤き王の瞳を見た虎白は、そんな身勝手な盟友を見ると笑みを浮かべた。
「男だもんな。 わかるぞお前の気持ち。 仕方ねえなあ・・・でも現実的な事ばかり言って悪いが、お前のいない戦域は大丈夫なのか?」
仮にこの
他の戦域が破られてしまうのではと危惧していると、赤き王は力強い眼差しでうなずいた。
すると赤き姫であるメアリーが割って入ってくると、兄と虎白の前で上品に一礼したではないか。
「では私は戦域に戻ります」
「スタシアを頼んだ、我が妹にして
赤き王アルデンには四本の聖剣があると言われている。
その剣が戦場に現れれば、敵は恐れおののき逃げていくとも。
スタシアの騎士達は四聖剣を見ると歓喜し、士気が最高潮になる。
赤き姫はスタシアで
白馬にまたがると、メアリーは配下の女性騎士を率いて颯爽と自身の受け持つ戦域へと駆けていった。
彼女の美しくも勇敢な背中を見ている虎白は、隣に立っている莉久に言葉を発した。
「半数の五百を連れて、メアリーの援護に行け。 ここは残りの五百と俺がなんとかする」
「かしこまった、ご武運を虎白様!!」
こうしてそれぞれの持ち場へと駆けていった英傑達は、未曾有の危機に立ち向かう。
全ては悲願である戦争のない天上界のために。
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