第6ー13話 才ある者よ白陸へ

 人材育成とは組織において、最も難しい課題の一つである。



組織を指揮していく上で、人材が優秀であればこれほど心強い事はない。



 しかし人材とはすなわち人間であり、十人十色という言葉があるほど人間とは、様々な生き方をしてきたのだ。



そんな無限の思考を持つ人間を一人の統治者の考えに、統一する事は空中から投げ捨てた糸を、地上にある針穴に通すが如き困難な事なのだ。



 白陸国内で虎白の代わりに、将軍らを指揮している恋華は日頃、夫が座っている天守閣の政務室の椅子に腰掛けてぼんやりと考えていた。




「人間がここまで広い視野を持つとは。 地球に降り立って生命をかけた意味があったというものだ」




 無垢むくで考える事すら知らなかった人間が今では、百通りの考えを持ち衝突しては協力している姿を見た恋華は机に頬杖をついたまま小さく笑みを浮かべた。



嬉しさと、発達しすぎた知能故の衝突に困惑している。



 やがて恋華は政務室を出ると、将軍らの視察へと回った。



まずは城内にて内政を担当している竹子と優子姉妹の様子を見るために、薄暗い廊下を歩いていた。



 すると喧騒と激しい足音を響かせた白陸兵が、恋華の前にまで駆けてくるとその場で倒れ込むほどの勢いでひざまずいたではないか。




「れ、恋華様!! 北側遠征中の虎白様から伝令が参りました」

「それは私の兵であろう。 何もそなたが伝えに来ずとも伝令を通せ」




 虎白の伝令はつまる所、皇国武士だ。



しかし人間の白陸兵が城門で、皇国武士を止めて恋華に報告へ来たのだ。



これは白陸建国時に日頃から、暗殺などを警戒している秦国の嬴政から教わった手順であった。



 手順に従って皇国武士であろうと、城門で待たせた白陸兵の行動は正しかったのだが恋華にとっては不快な事であった様だ。



眉間にしわを寄せて白陸兵の顔すら見る事なく、伝令の元へと細くて綺麗な足を進めた。




「恋華様」

「ご苦労であるな」

「殿が援兵を求めてございます」

「左様か、夫に相わかったと伝えよ」




 端的な会話を終えた皇国の武士と姫は、直ぐ様別れると虎白の意向を叶えるために準備へと取り掛かった。



白陸軍の派遣に向けて、どの部隊を北側領土へと送ろうかと考えている恋華の元に竹子が歩いてきた。



 血相を変えて走っている白陸兵の様子を心配した彼女は、恋華に何があったのか尋ねると優しく微笑んでいた。



北側領土へ白陸軍を派遣するという話しを聞いた竹子は恋華に飛びつくほどの勢いで、顔を接近させると自ら出兵の志願をしている。



 しかし恋華は静かに首を左右に振っていた。




「そなたは夫に白陸の内政を任されたのであろう?」

「で、でも・・・虎白の窮地なら私が」

「今は将軍らとてそなたと同じ様に夫を想っていると心得ている。 冥府から加わった者らを派遣するのはどうであろうか?」




 そう尋ねる恋華の表情は、変わらず冷静だ。



冥府から加わった者とはレミテリシアと魔呂の事を指す。



戦闘能力が非常に高い魔呂と、冥府軍時代から軍団を率いていた統率力に長けるレミテリシアは長い遠征に最適だと判断したのだ。



 竹子は恋華からの問いかけにぎこちなくうなずくと、自身が行きたかったという本心を押し殺していた。



すると次は恋華が、白くて小さい顔を接近させた。



あまりの美貌にたまらず赤面する竹子は「あわわ」と動揺した声を発している。




「夫は皇帝である。 そしてそなたは夫の妻になるのであろう? ならば時に自身の感情を殺して、最善の決断をしなさい。 そなたは夫に会いたいだけであろう?」




 それはまさに図星であった竹子は、赤面した顔を一変させてうつむいた。



竹子が白陸軍と共に北側領土へ遠征に出れば、妹の優子一人で配下の者らと内政を行わくてはならないというわけだ。



 対してレミテリシアは姉のアルテミシアからの知識を持っている事から、領土経営を順調に行っていたのだ。



並びに魔呂は領土や配下を持っていない事からも遠征に最適というわけだ。



「そなたは自身の領土だけではなく、民の配置や新兵の編成などもあるのだ。 夫を想うならばなすべき事をするのだ」

「わ、わかったよお・・・見破られてしまった・・・」

「夫を愛する気持ちは良く伝わってくる故にな。 私とてそなたに感謝しておるぞ」




 淡々と話しているが、恋華の言葉は不思議なほどに暖かくも聞こえている。



恋華からの言葉を聞いた竹子は小さくうなずくと、穏やかな表情を見せて政務へと戻っていった。



 彼女の小さい背中を見届けると、視察を再開した姫君は城の外へと足を運んだ。



白陸軍と将軍らの様子を見るために、着物をなびかせて歩いていると鳥人の戦士長鵜乱と夜叉子が共に近づいてきた。




「そなたらは相容れぬ仲であるのか?」

「私は上手くやりたいんだけどね・・・」

「まあ? その割には言葉足らずですわ」




 戦士という勇猛な立場からか、鵜乱は自身の主張をはっきりと言葉にする。



だが夜叉子は過去の惨劇から、心を閉ざしているが本人は一所懸命に皆と分かり合おうとしていた。



 しかし物静かで人の顔色を見ているかの様な夜叉子の性格は、鵜乱には不愉快というものであった。



恋華はそんな彼女らを見ると、不敵な笑みを浮かべて話しを始めた。



「私達の白陸は今よりも強くなる必要がある。 なのにそなたらは不仲とは。 そなたら二人にある事を取り仕切ってもらいたくてな」




 そう話している恋華は変わらず不敵な笑みを浮かべたまま、人間と鳥人の美女に紙を手渡した。



不思議そうに手渡された紙を広げて目を通すと、それは命令書であった。



 つまる所、虎白の代理である恋華からの直々な命令というわけだ。



「きゅ、求賢令きゅうけんれい?」

「左様、かつて中華の人間が発した命令であるぞ。 才ある者は何者であっても取り立てるという事だ」




 それは聞こえこそ良く聞こえるが、何者であっても才あれば取り立てるとはあまりに危険な事ではないか。



顔を見合わせている鵜乱と夜叉子は、この求賢令きゅうけんれいを発令しようとしている恋華に驚きすら感じていた。



 しかし恋華は不敵な笑みから冷静な表情に戻ると、綺麗な唇を開けて言葉を発した。




「とんだ乱暴者なども来るであろうな。 故にそなたら二人に見極めてもらいたいのだ。 確かに頼んだぞ」




 それだけ話すと、恋華はレミテリシアと魔呂を北側領土に派遣するために立ち去った。



残された人間と鳥人は不仲のまま、求賢令きゅうけんれいという才能ある者を白陸に招き入れる大号令の発令に取り掛かるのだった。



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