第6ー10話 鞍馬家と安良木家の掟

 変化とは人々の中には好まない者もいる。



新たな機能や技術の導入は、賛否両論を生むものだ。



 だが人間は様々な変化の中で、生きてきた。



天上界の白陸帝国とてそれは例外ではないというわけだ。



 新たな国の発展に乗り出したのは、アーム戦役に援軍として現れた恋華だ。



 しかしその中で竹子は虎白を愛してやまないが故に、恋華の存在に対して複雑な心境を浮かべていた。



頼りになる神族という敬意と、虎白の正室という圧倒的な立場を前に、人間の自身が恋華に太刀打ちなどできないという複雑な心境を胸にとどめていた。



 国の施設発展と人口増加に注力する事となった竹子は、静かに政務室で書類の山と睨み合っている。



そんな時だ。




「竹子入るわね」

「れ、恋華殿!?」

「恋華でいいわよ」




 恋華が顔を覗かせると、穏やかな表情で室内へと足を踏み入れてきたのだ。



竹子は自身が胸に抱えているもやもやとした、感情を打ち明けるべきなのか悩んでいた。



 すると恋華は変わらず穏やかな表情のまま、口を開いた。




「側室になりたいのね?」

「え、えっと・・・」

「隠さなくていいわ。 私は大歓迎なの。 ただ一つお願いがあってね」




 側室とはつまる所、二人目の妻というわけだ。



武士国家として日本神族の中に存在している安良木皇国は、戦国武将の様に多くの妻を持つのが彼らの常識であった。



 皇国で育った恋華もまた、側室という存在が必要なのだと話していた。



だが竹子はそれでもなお、複雑そうな表情を浮かべていた。



 しかし恋華はお願いについて話しを続けたのだ。




「当然ながらそなたは夫の側室となってほしい。 ただ、他の将軍らにも側室となってもらいたいの」




 その発言は竹子を吹き飛ばすほどの衝撃であった。



何を言っているのか理解できなかった竹子は、返す言葉すら浮かばずに立ち尽くしていた。



 複雑な彼女の心境はさらに複雑なものとなった。



恋華が話したのは、甲斐や夜叉子からエヴァやサラなどの将軍の全てを側室にしろと話しているのだ。



 竹子は大混乱となり、言葉を発する事を忘れていた。



しかし恋華は冷静な表情のまま、その意図を話し始めたのだ。




「彼女らは優秀で夫からの信頼がある。 いずれ白陸以外の国と関わる事も増えてくるでしょう。 その時に、鞍馬虎白の妻として発言できるのは政治的に強いのよ」




 あくまで政治のためだと話す恋華の表情は、穏やかだが冷静だ。



しかしその淡々とした口調と、落ち着いた瞳はどこか冷酷にも見えた。



 竹子は恋華からの提案に対して返す言葉が見つからずに困惑していたが、薄くて綺麗な唇が微かに動き始めると声を発した。




「こ、虎白からの意見は聞いてませんよね?」

「必要ないわ。 これも皇国の習わしなの。 戦は鞍馬家、政務は我ら安良木家という決まりがあるの」




 地球に降り立った日より定められていると話す安良木皇国の習慣は、竹子に衝撃を与え続けた。



妻を決めるのが、一番の妻である恋華である事は現代社会においても理解し難い事だ。



 しかし恋華の頭の中にあるのは、軍事的にも政治的にも強力な白陸帝国の形成であった。



そのためには必要だと話す恋華であったが、竹子はどうしてもうなずく事ができずにいた。



「まずは虎白の意見を聞かないと・・・」

「必要ないわ。 もう決めたのよ」

「わ、私達は神族ではありません・・・人間ですから・・・」




 だが恋華の瞳は、穏やかでありながら冷酷に輝いたままであった。



何を言おうが聞き入れるつもりがないという雰囲気だけが、痛いほど伝わってくる恋華の落ち着ききった表情は竹子に戦慄を与えた。



 そして同時に竹子は改めて痛感するのだ。



愛した相手は神族であり、圧倒的に異なる観点を持つ超越した存在なのだと。



「夫には側室の皆を愛する様に努力させるわ」

「い、一方的すぎます・・・」

「これは我らが習わしよ。 夫を愛したのなら従いなさい」




 まるで口うるさいしゅうとめの様に話す恋華は、そう言い残すと部屋を出ていった。



どうする事もできない神族の習わしに、困惑する竹子は部屋で下を向いたまま複雑な心境が爆発して涙を流している。



 ただ霊界から共に歩んできて、愛していただけの相手が神族であった。



それが理由で人間には、酷な習わしに従う事となってしまったのだ。



竹子はやりきれない感情を必死に押し殺して政務に臨むのだった。



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