第6ー9話 神族のお姫様の話術
組織とは、大きくなればなるほど管理が難しくなるものだ。
数人程度の組織ならば、意見を合わせて動く事もできるだろうが、数百、数千と人員が増えれば行える仕事も増えるが問題も増える。
だからこそ組織を束ねる者は、仲間からの意見を取り入れて決定もしくは反対しなくてはならない。
全てを肯定するわけでもなく、全てを否定するわけでもない。
自身が正しいと思った決断を仲間の意見を元に決めていかなくてはならないのだ。
それが組織の長というものだ。
肝心な組織の長である、虎白が北方遠征に出かけた事で表面化し始めた将軍同士の衝突は、遂に恋華を介入させるまでに発展していた。
レミテリシアの独断によって呼び出される事になった恋華は、皇国武士達の砦の一室で話しを聞いていた。
机に広げられている武士の名簿を管理しながら、話しを聞いている恋華は書類に目を通す事を止めると、黒髪の美しい将軍の顔を見ている。
「それで私に仲裁をしろと?」
「え、ええまあ。 虎白が不在の今、将軍達は気張っているが故に衝突していて・・・」
皮肉な事だが、皆が虎白と白陸を思っての決断の結果、口論になっている。
レミテリシアはそんな皮肉を理解した上で、中立の立場である恋華が必要だと話しているのだ。
しばらく口を閉ざしていた恋華だったが、真剣な眼差しで話すレミテリシアを見て微笑むと上品に小さく拍手をしている。
「偉いねえ。 ちょうど、彼女らと親しくなりたいと考えていたのよ。 人間であろうと、我が夫が愛している者達だものね」
そう話すと恋華は立ち上がって外出用の着物を着始めた。
小さい体に一枚ずつ羽織られていく、鮮やかな着物はなんとも美しく優雅であった。
着ている恋華も、絶世の美女であり品の良さが伺える。
やがて着物を羽織終えると、レミテリシアと共に白陸の本城へと向かった。
感謝した様子で何度も会釈している彼女を見上げる様に、顔を上げている恋華の表情は穏やかだが、どこか頼りがいのある凛とした表情にも見えた。
「そなたは優しいねえ。 仲間を思っているからであろう?」
「そうですね・・・このままでは良い結果は生まないので」
うなずきながら話しを聞いている恋華は、こうしてレミテリシア将軍という優秀な美女と知り合うと、最初に信頼を置いたのだった。
やがて城に辿り着いて「評定の間」と呼ばれるまさに口論を行っている現場へと入ると、恋華の姿を見た一同は静まり返った。
なおも凛とした評定で竹子らを見ている恋華は、評定の間の中心で開かれている白陸の地図を見ている。
張り詰めた空気の中でも、平然としている恋華は彼女らに話しを再開する様求めると、口論の続きが始まった。
「だから今は街の建設を急いで、人口を増やすべきだって!!」
「いやいや、近代戦闘の訓練はそんな甘くないから。 早くやらないと、また冥府軍が来るでしょ」
静かに話しを聞いている恋華は、美しい将軍達の口論の原因を探っていた。
主に内政派と軍力派だ。
甲斐や夜叉子など古参の将軍は内政派であり、エヴァやサラといった新参だが優秀な将軍らが軍力増強を主張していた。
一向に話が進まない様子を困惑した表情で、見ている竹子と優子の姉妹と言った所だ。
誰もが白陸を思っての発言だが、衝突は激化していく一方であった。
「だから人口増やして大軍を出せても、近代兵器には勝てないでしょって」
「精鋭になっても損害は出るんだから人口増やさないと、予備軍が作れないでしょうが!!」
延々と終わらぬ議論をしている最中、遂に恋華が綺麗な口を開いた。
一瞬にして静寂に包まれる評定の間の注目は、恋華に向いている。
少し外れた位置で、静かに話しを聞いていた恋華は広間の中心へと歩いていくると将軍らの顔を見ていた。
「近代戦闘は必要不可欠と心得たよ。 だが人口を増やす事は発展に繋がるので、そちらも必要不可欠と理解した」
「それで何が言いたいのですか? 恋華殿」
甲斐が挑発的な態度で、恋華を見ていると彼女は小さく微笑んだ。
頭に血が登っている一同とは異なり、冷静な恋華は甲斐の背中を優しくさすると長身を見上げている。
小柄な恋華の可愛らしくも、上品な笑顔に息を飲む一同は彼女の意見を聞こうとしているのだ。
「竹子と優子は主に施設発展に努めなさい。 甲斐と夜叉子は軍部の訓練を続けなさい。 そしてエヴァとサラは残って私の話しを聞いてほしい」
そう話すと、将軍らを帰らせた。
役割分担をさせて、ひとまず口論を終わらせた恋華は新参の将軍であるエヴァとサラを広間に残した。
様子を伺っているレミテリシアと魔呂の冥府加入組は、恋華が何を彼女らに言うのかと表情を曇らせている。
静まり返った広間の中で恋華は、白い肌が透き通る様に美しい二人の文化も違う将軍らに声を発した。
「気にする事はないわ。 そなたらの考えは間違っておらぬ。 ただ、急な変化を好まない者もいるのだ。 そこで一つ頼みがある」
何事にも急な変化とは混乱するものだ。
新しい環境や、今まで行ってきたやり方が変わると落ち着かないというわけだ。
だが変化とは時に必要な事だと、恋華は話している。
アーム戦役での大敗を知り、やむなく皇国軍が到達点から呼び出されるという異常事態はまさに変化が求められる時というわけだ。
神族にして、人間の心を理解していないかと思われた恋華だったが、口論を即座に解決させ人間の考え方すらも理解したのだ。
そしてエヴァとサラに対して頼み事を、話し始めた恋華はなおも冷静な表情をしていた。
「近代戦闘を白陸軍に取り入れるなら、訓練内容や武器の使用方法を言語化及び書類にまとめるのだ。 人口が増え、兵士も充実した所でそなたらの考えを導入しよう」
恋華はそう話すと、広間を出ていった。
つまる所、引き続き国内の施設発展を行いながら軍部も強化していくという方針だ。
しかしエヴァとサラによる近代戦闘の訓練や武器の導入も、水面下で始まった事になる。
恋華はその事実を、巧みな話術を持って古参の将軍らに伝えるのだった。
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