第5ー17話 本音と大いなる義務

 意外とは想定もしていなかった返答や出来事が起きた際に感じる気持ちだ。



想いを寄せていたが、望み薄だと諦めていた異性から食事の誘いを受ければ意外だと感じる。



 強面で無愛想な男が子犬を抱きかかえながら共に甘い物でも食べていればそれも意外に見える。



世界には意外な出来事が無数に散りばめられているからこそ、生きる事は楽しいのだ。



 天上界の王にして神々の王ゼウスは虎白に黄金の鍵を見せて、故郷への扉の鍵だと話した。



鍵の存在自体は莉久が、ためらいの丘で話していた様に意外な事ではない。



 意外なのは、扉の鍵を開けないかとゼウスが提案してきたのだ。



驚きを隠せない虎白は白い耳をひくひくと動かしながら、目を見開いている。




「で、でも開ければ先に逝った者が・・・」

「第六感を集中させてみるんだ。 メテオ海戦で成長したお前の神通力なら兄上に声が聞こえるはずだ」




 ゼウスに言われるがまま、その場に座り込んで瞑想を始めると第六感を放った。



周囲の音が消え、意識を遠くにある故郷へと向けた。



 虎白には八柱の兄がいる。



ゼウスは到達点を守り、天上界で死んだ者達を安息の地へと導く兄達へと意識を繋げろと話しているのだ。



 第六感という驚異的な力の中で兄の存在を求め続けた。




「虎白か・・・」

「あ、兄上?」

「最後に顔を見たのはいつだったか・・・今どこにいるんだ?」




 集中した意識の中で聞こえてきたのは、初めて聞く様で聞き慣れた様にも感じる兄の声だ。



虎白と兄が最後に会ったのはいつなのだろうかと、消えた記憶を必死に蘇らせ様としている。



 しかし今話すべきはそれではない。




「兄上・・・俺は今天上界にいます・・・どうしてかわかりませんが・・・」

「ゼウスの元にいるんだな? 安心したぞ。 ハデスの元ではないんだな?」

「はい兄上・・・それより、兵を送ってください。 天上界の危機を救いたいのです」




 第六感を通じて話している兄弟の会話の中で、虎白は確信した。



自身の過去を兄も知らないのだと。



 どの様に下界に降りて人間の体に封印されたのか、どうして天上界にいるのかも。



落胆したい気持ちを押し殺して、援軍の話しをすると兄は困惑している。




「それでは安息の地にいる者を天上界に呼び戻してしまうぞ」

「ちょっといいか鞍馬よ」




 兄弟の会話に口を挟んだのはゼウスではないか。



瞑想をする虎白の隣で竹子の体を舐め回す様に見ながらも、第六感で兄弟の会話に参加できるほど強力な第六感を持つゼウスはある提案をした。



 それは虎白の兵士の全てを天上界に送ってはならないという内容だ。




「鞍馬の兵のほんの一部だけでも送ってやれないか?」

「ゼウスか? 愛弟が世話になっているらしいな。 お主の世界の死者を余が預かっているが、皆お主に感謝しておるぞ」




 ゼウスと兄は第六感を通じて面識があった。



天上界の死者の行先は虎白の兄が治める安息の地だ。



ゼウスは度々、自身の民が安息の地で暮らしているのか様子を知るために兄と話していたのだ。



 そして神々の王が話す虎白の兵の一部を天上界に派遣しろという話しを聞いた兄はしばらく黙り込むと、声を発した。




「よかろう。 三千でどうだ? それぐらいならば安息の地で暮らす者に混乱も与えまい」




 到達点への扉を開けば、天上界に未練のある者やゼウスに反感を持っていた者などが、戻ってきてしまうと神々の王は危惧している。



虎白の兄が彼らを押さえつけている間に三千の兵士を派遣すると決まった。



 二つ返事で返した虎白は兄に、しばしの別れを告げると己が義務を全うするために立ち上がった。



ゼウスはそんな虎白の白い髪の毛をふさふさとなでると、微笑んだ。




「お前が天上界にいてよかったぞ。 消えた記憶は残念だが、今をしっかり生きているんだな」

「本音を言えば、兄上にまた会いたいです。 でも竹子達との出会いも何かの縁なんでしょう。 俺は天上界を冥府軍の手から守ってみせますよ」




 到達点への扉を開いた時に、虎白と莉久は中へ入ればそれで終わりだ。



故郷へ帰りたいと話すならそれで願いが叶うわけだが、虎白にはもはや戻る事よりも天上界でなすべき事があったのだ。



 それは下界での戦闘を経て、決まっていたに等しい。



天上界に訪れた日から覚悟は決まっていたのだ。



戦争のない天上界を作ると。



 故郷へ帰りたい気持ちを抑えた虎白は力強くうなずくと、冥府軍撃退に向けて白陸軍の本陣へと向かった。




「鞍馬よ、アレクサンドロスを始めとする人間達を守ってやってくれ。 我はあやつに叱られて助けに行けんからな」

「御意に。 何も天王が出るほどでもありません。 俺にお任せを」




 長い年月、向き合ってきた虎白の細いがたくましい背中を見ているゼウスは口角を上げて満足げな表情をしている。



立派に育ったなと息子を見送る父親の様な眼差しを向けると、稲妻となって天空へ飛び立った。



 白陸軍はとてつもない戦力を手に入れた事になる。



天才技術者であるサラの加入によって、戦闘機の製造を行い春花が戦力となった。



サラは引き続き、銃や車両の製造まで始めたのだ。



 此度の戦いに投入する事は困難でも、いずれ白陸軍は近代的な強国になるのは明白。



そして何よりも虎白の故郷の安良木皇国の兵士達が援軍に駆けつけるのだ。



 意気揚々と白陸軍を引き連れて、戦場へ向かう虎白は征服王アレクサンドロスと肩を並べて敵を待つのだった。



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