第5ー16話 捨てる生命と秘密の鍵
人はいかなる時に覚悟を決めるのだろうか。
初めての挑戦に際しては失敗を恐れない覚悟を決める必要があるだろう。
自身の身の保身ばかり気にしていれば、失敗するだろう。
だが世の中にはその生命すら投げ出す覚悟を持って何かに挑む者もいるのだ。
全てが初めての経験となる危険な挑戦をするからには、誤れば生命を落としてしまう。
新戦力を手に入れた虎白は予め、冥府軍の襲来に備えて出陣の支度を整えていた白陸軍三万名と共に国を出た。
目指す先は南側領土の最高権力者であるアレクサンドロス大王のマケドニア軍との合流地点だ。
偉大なる征服王はメテオ海戦での失敗から天上門に近い土地の国主達は合流地点に集結する事なく、自国で反撃の準備をする様に命じた。
よって天上門から離れている白陸は合流地点へと向かう。
やがてマケドニアの旗が見える広い平原へと辿り着くと、大軍で布陣している征服王の部隊が待ち構えていた。
虎白は足早に白陸軍から離れて、征服王へ面会に向かった。
側近の竹子だけを連れて。
こうしている今にも天上門付近の国主達は冥府軍からの侵攻に苦しんでいるという状況に殺気立つマケドニア兵を横目に虎白は陣幕をくぐった。
そこではワインをすすりながら落ち着いた様子のアレクサンドロス大王の姿があった。
「よくもこの短期間でここまでの軍を作り上げたものだな」
「仲間達が頑張ってくれたんだ。 それよりどうする?」
ゴブレットを置いて、睨みつけているかの剣幕で口を開いた征服王は天上界で迎え撃つのだと話した。
これが今までの
しかし虎白はこれを拒否した。
何を馬鹿な事を言っているのだと眉間にしわを寄せるアレクサンドロスは立ち上がると、虎白の女の様な顔に厳つい顔を接近させた。
「天上界にまで敵を入れれば、また民が死ぬ。 幸い天上門付近の国々が戦っているんだ」
「お前は何が言いたい!?」
「天上門で食い止めて、中間地点で撃退するんだ」
その言葉を聞いたアレクサンドロスは、呆れて目まいでも起こしたかの様に椅子へ崩れ落ちた。
一時間ごとに天候の変わる危険な土地での決戦なんてものは自軍の兵士を死なせるだけだと額に手を当てて、首を振っている。
しかし至って真面目な表情をしている虎白は今にも出陣して天上門で起きている戦闘に参加しようとしているではないか。
すると征服王の怒号が虎白を呼び止めると、胸ぐらを掴んできたのだ。
「勝てなければ意味がないのだ。 先に戦っている者らに敵を弱らせるだけ戦わせて、後で我らが粉砕すればいい」
「お前はそれでいいのか? 死んでいった味方や民にそう言えるのか?」
「時には切り捨てるのも王の宿命だ」
全ては救えない。
かつて巨大な帝国を築き上げた征服王はその事実を苦い経験と共に身をもって知っているのだ。
虎白の話す内容は理想論にすぎないと拒否すると、胸元を力強く押した。
睨み合う両者は、反撃を行うに当たってどこを戦場にするのかと激しい議論をしていた。
先に戦う味方を見捨てて、天上界で迎え撃つか。
それとも援軍に駆けつけて中間地点まで押し返すか。
冷静に考えれば、既に天上門に到達している冥府軍を撃退するには、地の利がある天上界の戦場を選んで撃退するのが上策である。
だがそれでは間違いなく、現在戦闘中の味方は壊滅してしまう。
一向に互いの意見を飲み込もうとしない両雄を横目に同行していた竹子は難しい表情を浮かべていた。
「死ぬのが怖いなら大王なんて名乗るな!!」
「率いる者の覚悟も知らぬ者が偉そうに何を言う!!」
「もうお止めください」
見かねた竹子が割って入ると、互いの胸ぐらを掴む両雄は離れた。
呼吸を荒くして怒りをあらわにするアレクサンドロスは竹子を睨みつけたまま、黙っている。
方や竹子に落ち着かされた虎白は何度か深呼吸をすると、征服王の飲みかけのワインを一気に飲み干した。
「でしたら我ら白陸は天上門の救援に向かいますので、マケドニアは迎撃の準備を」
「それでは貴様らの戦力を無駄に失うだけだ!! 秦国も呼べば五十万を超える戦力となる。 冥府軍共はそこで撃退するのだ!!」
激昂しているアレクサンドロスは虎白を突き飛ばすと、自身が最高権力者であると主張して作戦は決定された。
天上門付近で戦う味方を見捨てて、白陸、マケドニア、秦国連合軍による反撃を行う事になると、不満を募らせる虎白は足早に陣所から出ていくと白陸軍の元へ帰った。
気まずそうな表情で征服王に一礼した竹子も後を追った。
「あいつは頭がおかしいのか!!」
「で、でも虎白・・・気の毒だけど今から向かっても・・・」
「じゃあ竹子!! なんのための天上軍なんだ!? 強国だけで完結するなら小国なんぞいらねえぞ!!」
そう話す虎白の剣幕は凄まじいものだった。
メテオ海戦で虎白は苦い経験をしたからだ。
確かに冥府軍のアルテミシアを討ち取ったのは虎白であり、果敢にも少数で中間地点にまで向かった実績もある。
人々は彼を英雄と褒め称え、崇拝する者までいる始末だ。
しかし当の英雄はその目で確かに見ていた。
マケドニアや秦国といった強国の援軍を心待ちにした挙げ句、無惨にも散っていった小国の将兵達の亡骸を。
「それじゃダメなんだよ・・・いつも英雄の影には名もなき犠牲者が溢れかえっているんだ。 英雄なんぞいらねえよ。 みんなで協力して守れればいいんだ」
虎白はそう話すと悲しげな表情で天空を見つめていた。
話がありますと小さい声で話すと、雷鳴と共に姿を現した天王ゼウスは虎白の肩を何度か優しく叩いた。
これでは多くが死んでしまうと話している虎白を哀れんだ目で見ているゼウスは何やら悩んでいた。
「では鞍馬よ。 もし、お前の兵がいれば冥府軍を倒せるか?」
「俺の兵はまだ三万程度・・・これだけでは勝てないから天上軍で力を合わせる・・・」
すると、ゼウスは真っ白な唇に手を当てて話を終わらせると静かに首を振っていた。
白陸軍は今だに訓練中の兵士がほとんどで、三万名もかき集めたが彼らも訓練不十分だ。
だがゼウスは何が言いたいのか、首を振ると静かに口を開いた。
「わしはお前に死んでほしくないぞ・・・冥府軍はお前の生け捕りを宣言している。 何をされるのか考えるだけで恐ろしい・・・お前の兵はいるではないか。 皇国軍が」
そう話したゼウスは懐にある黄金の鍵を手に取ると、見せている。
「皇国軍」と確かに話したゼウスの顔を不思議そうに見ている虎白の脳裏で思いつくかの軍隊は自身の故郷の
もしやと目を見開いた虎白の頭をふさふさとなでる天王はうなずいた。
「旅立った者達を管理しているのがお前の故郷だったな? 多くは連れては来られないだろうが、少数なら派遣できるであろうな。 呼んでこいお前の真の軍隊を」
ゼウスが持っていた鍵。
それは忘れられた虎白の故郷である、安良木皇国への鍵であったのだった。
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