第5ー18話 魔女の笑声は永遠に

 記憶とはアルバムの様なものだ。



淡い記憶も苦い記憶も、簡単には消えない。



日常生活をしている上で終始思い浮かべるわけではないが、ふと呼び覚ますと鮮明に思い出されるのが記憶だ。



 虎白はそんな忘れる事が本来ならできるはずもない記憶を失っている上で新たな記憶を、刻み続けている。



どの様にして記憶が消えたのかは、考えても始まらない。



 今は目の前にいる大切な存在を守らなくてはならないと、鎧の胸元を力強く叩いた虎白は眼前に現れた漆黒の旗の軍隊と対峙している。



戦いは始まるのだ。



 天上門付近の小国を蹂躙し尽くした冥府軍は、マケドニア、秦国、白陸の連合軍と対峙した。



虎白は竹子と優子を始めとする三万もの兵士と、開戦の時を待っている。




「敵は何をしてくるのかまるで情報はない・・・エヴァから特殊部隊がいるとだけ聞いたのみだ」




 平原で睨み合う両軍の中で虎白はエヴァが遭遇した特殊部隊の存在を気にかけていた。



この戦闘は規模こそ大きいものの、戦いの勝敗を分けるのは特殊部隊の働きなのではないかと考えた虎白は傍らにエヴァを呼びつけた。



 戦闘服に身を包むエヴァは顔をほとんど隠した状態で話しを聞いている。




「もうすぐ乱戦が始まる。 エヴァは部下を連れて側面に回れ。 敵の特殊部隊を片付けてくれ。 お初も連れて行っていいぞ」




 虎白がそう話すと、小さな忍者がエヴァの隣に立った。



隠密行動を重視するエヴァと相性が良いとされたお初は、命令に従って追従する事となった。



 するとアレクサンドロス大王の陣から太鼓が鳴り響き、秦国の陣から銅鑼どらの音が響いた。



開戦の号令である。



 虎白も傍らの莉久にうなずくと、法螺貝ほらがいが鳴り響いた。



音色と共に足並みを揃えて前進する白陸軍の緊張感は最高潮となっている。



 足を前に出せば出すほど、近づいてくる冥府軍に対して恐怖心を抱かない者はいないのだ。



虎白とて竹子と顔を見合わせて、大きく息を吸い込んでいる。




「天上軍よ突撃だー!!!! 勇者であれー!!!!」




 征服王のお決まりの一声から響き渡る地響きは、天上軍の戦力の多さを物語る。



馬上で突撃を行う虎白は、殺気溢れる状況下で冥府軍を冷静に観察していた。



 するとある事に誰よりも早く気がついたのだ。



闘志溢れる表情から一変して、目を見開いている虎白は咄嗟に竹子と優子の鎧を掴むと、馬上から引きずり降ろしたではないか。



 地面へと激しく落下した虎白と美人姉妹の様子に気がついた夜叉子ら仲間達も集まってきたのだ。




「お前ら伏せていろ!! マズイぞ・・・前列の味方は大勢死ぬ・・・」




 殺到する天上軍を前に冥府軍も進んでいたが、虎白が馬上で見た光景は冥府軍の中に潜んでいる特殊部隊の存在であった。



かの者らは一般兵に紛れていたのだ。



 それだけならこうも焦る事はない。



冥府軍の特殊部隊が装備していたのは、高速連射される機関銃ではないか。



虎白が仲間達を慌てて地面へ伏せさせた刹那の事だ。



 凄まじい銃撃音と共に、兜に何かが降り注いだ。



虎白が兜を触ってみると、手には天上軍兵士の肉片が飛び散っていたのだ。




「全軍伏せろ!!!!」




 そう叫んでも既に遅かったのだ。



前列の兵士が粉々になっていく惨劇の中でも冥府軍の銃撃は止まる事がなかった。



数分間も続いた銃撃は天上軍の心すらも粉砕してしまった。



 やがて銃撃が止むと、天上軍の兵士達は我先に戦闘を放棄して逃げ出したのだ。



逃げる天上軍の背後を斬り裂く冥府軍の歩兵が殺到して、一瞬にして殺戮現場と化した。




「虎白どうするの!?」




 竹子が悲鳴混じりの声で問いかけると、殺到する冥府軍が襲いかかった。



すかさず虎白が自慢の名刀間斬りで倒すと、白陸軍の全兵士に向かって叫んだ。



退却しろと。



 だが殺到する冥府軍の勢いは増すばかりで、せっかく集まった白陸兵も次々に討ち取られていった。



もはや全軍の撤退すら絶望的な状況下で、ある者が虎白の前に現れると言葉を発した。



「兵士を逃しなさいな。 私達が時間を稼ぎますの」




 そう発したのは鳥人族の戦士長である鵜乱ではないか。



隣では戦神魔呂も楽しげな表情をしている。



白陸軍の退却の時間を稼ぐためにおとりになると話した鵜乱は、配下の鳥人達と今にも冥府軍に襲いかかりそうだ。




「死ぬぞ鵜乱!!」

「私が死んでも戦争のない天上界は作れますわ。 でも虎白が死ねば、もう誰も叶えられませんわ。 さあお行きなさいな」




 勇猛で聡明な鵜乱が白陸に加わって、常々思っていた事がある。



どんな者の心ですらも射抜いてしまう虎白の魅力は、不思議だが確かな力であると。



 冷静な表情を一変させて子供の様に目を輝かせて話す戦争のない天上界の実現は、あまりに壮大で不可能な夢。



しかし不思議とこの神族なら叶えられる気がすると、常々感じる様になった。



 だからこそ、今日まで戦士長でありながら虎白に従ってきたというわけだ。



清々しい笑みを浮かべた鵜乱は、負傷した白陸兵を連れて退却する虎白の背中に一礼している。




「夢の果て・・・見てみたかったですわね魔呂」

「そうね。 最期に心置きなく戦いを楽しみましょ」




 夢の果てに辿り着きたかった。



そんな無念を押し殺して、虎白に夢を託した戦士長と戦神は五百もの鳥人族と共に死地に残った。



 惨敗を期して敗走する天上軍の姿を、愚弄するかの様な女の高笑いが冥府軍陣営から響く中で、未来を託した者達が絶望的な戦いに挑むのだった。

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