第4ー16話 闇の世界の天才
成功とは何を意味するのか。
考えていた事が計画通りに進めばそれは成功か。
一つだけ確定的な事は一人では何事も成し遂げられないという事だ。
そして今、計画とは異なり将軍が小国の防衛隊に討ち取られ、今日まで共にやってきた仲間が戦死したという知らせを聞いたアルテミシアは激しい乱戦から後方に下がっていた。
「マフディーが死んだのか・・・」
「第三軍は将軍を失って退却しています・・・」
「そうか・・・長年世話になったのに礼も言えずにお別れとはな・・・」
本来ならこの場所にいるべきではない冥府の住人が天上界の無慈悲にも感じるほど心地良い風に黒髪を吹かせている。
頼りになる将軍でもあり、苦難を共にした戦友でもあるマフディー将軍の討ち死には不死隊の女帝アルテミシアに衝撃をもたらした。
歴戦の将軍がただの小国に打ち負けるとは想定外にもほどがあったというわけだ。
そして黒髪を儚く吹かせるアルテミシアは眼前で血眼となって迫る天上軍を見ている。
「もはや計画は頓挫した・・・撤退する」
「し、しかしそれでは冥王に!!」
「何をされるかな・・・だがマフディーを死なせた責任は私にある・・・罰は受けるさ。 今はこれ以上仲間を死なせない事が大事だ。 撤退の笛を吹け!!」
アルテミシアの決断は素早いものであった。
一斉に吹かれた撤退の笛は天上界侵攻の中止を意味している。
大激戦を繰り広げていた平原にはおびただしい数の戦死者が無惨にも倒れた。
一方で突然の冥府軍の撤退を目の当たりにしている虎白は夜叉子が分離させた不死隊を粉砕する寸前にまで追い込んでいた。
「敵が退いていく・・・どうした?」
「はあ・・・はあ・・・勝ったのかなあ・・・」
突如として髑髏の軍団が退却していく姿を見た虎白は追撃する事なく白陸兵を休ませると、偉大なるアレクサンドロス大王の安否を確認するために戦場中央へと走った。
敵軍撃退の歓喜に包まれる戦場で虎白は横たわって動かない戦死者を見ては胸を痛めている。
やがて戦場中央で聞こえてくる大歓声の中へ飛び込んでいくと、アレクサンドロス大王が両手を上に上げて勝利の雄叫びを腹の底から叫んでいた。
「来たれ我がアレクサンダーよ!!!! 無事であったか!!!!」
「まだ終わってねえ。 敵が中間地点にまで下がったら奇襲しようぜ」
大歓声が戦場に響き渡り、生き残った将兵は自身らの体が動き体温がある事に安堵している。
一方で体が動かなくなり体温を失った者達を丁重に運んでいる者の姿も見えた。
アレクサンドロス大王は虎白の追撃して奇襲するという話しを聞いた途端に不快感をあらわにした。
「お前は我がアレクサンダー達の喜びと悲しみが見えないのか? もう戦いは終わったのだ」
「終わってねえよ。 不測の事態が起きたから一度下がったんだ。 また戻ってくるだろう。 中間地点なら俺らが追ってくるとは思わねえはずだ」
逃げていく敵軍を追いかけて殲滅しようとする虎白は冷酷そのもの。
負けを認めた敵軍を追いかける事を好まないアレクサンドロス大王は満身創痍のマケドニア軍を見ている。
大切な将兵をそんな危険な場所には連れていけないと強張った表情で首を振っていた。
すると虎白は拳を握りしめて低い声を発した。
「今日生き残ってもいつか死ぬだけだ。 今追いかければ未来に死ぬやつが減る・・・」
「敵は退却したんだぞ!?」
「必ず帰ってくる・・・俺らと戦う事は無駄だと思わせるまで徹底的に潰さねえと民の犠牲はこの先も増えていく・・・」
かつて先人は軍勝五分を持って上とするという格言を残した。
戦いは五割の目的を達成できれば上で七割ならば中となり十割なら下という一見すれば不思議な観点にも見える。
五割の勝利は次の戦いの励みを生み、七割となれば怠りを生む。
十割ともなれば驕り《おごり》を生むものとされている。
アルテミシアの撤退とはまさに五分と言える。
まだ虎白の耳には入っていないが、アルテミシア軍団の第三軍の将軍であるマフディー将軍の討ち死にという事実を持って七割と言えた。
だが虎白はアルテミシア軍団の完全粉砕を目指して中間地点へ出陣しようと話しているのだ。
第一の人生でとてつもない偉業を成し遂げた伝説の征服王ことアレクサンドロス大王は危険な追撃作戦を断固として拒否している。
「馬鹿な事を言うな!!」
「お前はわかってねえ・・・こんな戦いは氷山の一角だ・・・今アルテミシアを倒さねえと死ぬやつはもっと増える・・・俺らの戦い方を学んだあいつは強くなるぞ」
虎白の胸元を力強く押して尻もちをつかせると、物凄い眼力で睨みつけている。
見上げている虎白の表情は冷静だが、瞳の奥で何かが燃えている様にも見えた。
やがて立ち上がると大きく息を吸って天空を眺めている。
誰が自ら危険な戦いに行きたいと思うのだと怒鳴りつけようか悩んだ虎白は吸った息を小さく吐くとその場を後にした。
「悪いな・・・俺はやると言ったらやる・・・強くなったアルテミシアに次勝てる確証はない。 天上軍の戦い方を知ったあの女帝は必ず数段強くなって戻ってくるんだ・・・」
虎白が異常なまでにアルテミシアを危険視している事には当然ながら理由があった。
白陸軍の陣幕をくぐって中に入ると、汚れた鎧を丁寧に拭きながら竹子や莉久達と話しを始めた。
追撃の話しとアルテミシアという女についてだ。
「自らの部下の残虐行為を言い訳せずに謝り、長年共にしたはずの部下ですら斬れる。 ああいうやつは吸収するものと斬り捨てるものを即座に判断できるんだ。 今回の戦いで多くを吸収してしまった・・・」
判断にまるで迷いのない清々しいまでの決断力を見た虎白は彼女を傑物と判断していた。
そんな彼女が対応策を練って戻った事を考えると白くて女の様な腕に鳥肌が立ったのだった。
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