第4ー15話 皇女と将軍の譲れないもの

 散りばめられた思いはやがて一つの形をなす。



天上界を守りたいという皆の思いは各地の戦線で掲げられている。



夜叉子の見事な分離策によって主戦場で事態が動きそうになっている一方で白陸本国の攻防戦を行っている友奈とメルキータ達にも大きな動きがあった。



 城壁の上から軍配を振り下ろしている友奈の指揮によって防御設備が作動している。



梯子をかけて城壁によじ登っている不死隊を前に友奈と宮衛党の兵士達は煮えたぎった油を降り注ぎ、矢の雨を降らせた。



 時には石や破損した鎧と言った重さのある物を次から次へと重力を味方にして投げ捨てる彼女らの防衛戦はもはや手段を選んでいる場合ではなかった。



だが兵力でも防御施設でも勝っている宮衛党であったが、不死隊の勝利への執念は凄まじくどれだけの損害を与えても攻撃の手を緩めずにいた。



 城壁の上で白い顔を汚しながらも必死に軍配を振るっている友奈は眼下で数を減らしているにも関わらず怯む事のない不死隊に言葉を失っていた。




「どうしてよ・・・もう逃げて帰ればいいのに・・・」

「友奈様!! またしても梯子をかけて来ます!!」




 何度真っ逆さまにして蹴落としても果敢に登ってくる不死隊の気迫に押されている友奈は城門を攻撃している髑髏の軍団に目をやると、既に大門は破られて乱戦が行われていた。



 先頭で戦うメルキータとニキータ姉妹を守るメルガード達の戦闘能力は凄まじく、不死隊と互角に渡り合っては何人もの髑髏を粉砕している。



だが素人の友奈でもわかる事が一つだけあった。



 剣を振るって勇敢にも先頭で戦っているメルキータが誰よりも戦闘能力が低いという事だ。



メルガードに守られながら戦っている彼女は民を愛する民政家であって軍人ではない。



 だが民を危険に晒してまで戦うからには凡才ながらも先頭で戦わなくてならないというメルキータの気迫だけは凄まじかったが、剣に体が振り回されている始末だ。




「だ、大丈夫かな・・・」

「友奈様!! 油がもうありません!! 矢もなくなりそうです!!」




 白陸本国を見事に守り続けている彼女らだが、物資の限界だけはどうする事もできないという事だ。



肉体を溶かすほどの高温の油も既になくなり鉄の忠義と覚悟を貫く矢も残り僅かといった状況。



 不安げな様子を見せる友奈は城壁の下にある大門で奮闘するメルキータとニキータを見ている。



すると髑髏の仮面をして黒いマントを羽織っている他の不死隊とは姿の異なる者が入ってくると、メルガードをいとも簡単に吹き飛ばした。




「見事な戦いだ天上界の者よ!! アルテミシア軍団第三軍の将軍であるマフディーだ!! そっちの指揮官は誰だ!!!!」




 双剣を両手に持ち、精鋭であるメルガードを蹴散らす不死隊の将軍はそう叫んだ。



喧騒と怒号が渦巻くこの戦場においても轟く低い声は宮衛党の指揮官の耳にも届いている。



 乱戦が続く中でマフディー将軍の前にすっと姿を見せたのは民を愛する凡才のメルキータではないか。



髑髏の軍団の将軍は双剣を構えて今にも襲いかかりそうだ。




「わ、私は白陸帝国の傘下である宮衛党のメルキータだ!! かつては帝国皇女であった。 私が相手だ!!」




 そう勇ましく返したものの、剣がかたかたと音を立てるほど震え細くて美しい美脚は立っている事も危ういほどに力が抜けている。



灰色の尻尾が巻き上がり丸まっている姿を見たマフディー将軍は双剣の一本を地面に突き刺した。



 小馬鹿にした態度でもして挑発するのだろうと考えたメルキータは凛としようと恐怖心と戦っていた。



しかしマフディー将軍はどすの利いた低く鋭い声を轟かせると勇敢なる凡才に魂の一喝を食らわした。




「人の上に立つなら気合いを入れろ!! この俺と一騎打ちをしろ!!!!」




 突然の事に面食らったメルキータに対して男らしい将軍は双剣を手に斬りかかった。



互いの剣を交えた瞬間に弾き飛ばされたメルキータは激しく後頭部を打ち付けたまま大の字になって横たわっている。



 すかさず飛びかかってきた不死隊の将軍を見ているメルキータは時間の流れが遅くなったかの様な感覚を覚えていた。




「兄上が言っていたな・・・第六感という力の話しを」




 マフディー将軍の鋭い剣先が迫ってくるが、冷静にそれを交わすと剣を叩き込んだ。



だが精鋭の将軍はそれすら簡単に受け止めると力強い前蹴りを食らわした。



息苦しそうに悶えるメルキータだったが、這いつくばりながら将軍の足にしがみついたのだ。




「負けられない!! 兄上を殺して母上まで死なせた私がここで死ねば何も意味がなくなる・・・そんな事のために母上は私を生かしたわけじゃない!!!!」




 足にしがみつくメルキータを振り払ったマフディー将軍は泥だらけになってもまだ這いつくばる凡才を凝視している。



すると胸ぐらを掴んで立ち上がらせると拳を綺麗な顔に振り抜いた。



 吹き飛んで血と油と泥に塗れるメルキータを助けようとメルガードが近づいてくるが、勇敢なる凡才はそれを拒んで乱戦に集中させたのだ。



 黒く塗装された髑髏を血で濡らしている精鋭の将軍はどすの利いた声で哀れな凡才に対して叫んだ。




「愛だけでは何も守れないぞ!! だが覚悟は立派であったな。 お前の事は忘れないぞメルキータとやら」




 白い軍装が真っ黒になっているメルキータはふらふらと立ち上がり、おぼつかない手で剣を構えた。



 敵ながら敬意あるマフディー将軍は勇敢なる凡才の首を跳ねようと力強い足取りで迫った。



双剣を高く振り上げたその刹那だ。



メルキータは剣を突き立てて前に飛び込んだではないか。



既にその余力はないと見ていた将軍は腹部に剣を突き刺されるとメルキータと共に倒れ込んだ。



 腹部に剣を刺された将軍は髑髏の仮面から赤い血を垂れ流した。




「ゆ、油断したか・・・お、俺とて譲れないのだ・・・アルテミシア様を勝たせねば・・・」




 腹部を貫かれているというのにマフディー将軍はメルキータを抱きかかえたまま起き上がり、地面に叩きつけたのだ。



そして剣を自ら抜き出すと滝の様な吐血をした。



だがメルキータも直ぐに起き上がると再び将軍に飛びかかったのだ。




「負けられないのは私だって同じだ!!!! 第六感!!!!」




 遅くなった時の流れを感じながら振り出された犬の拳は髑髏を打ち砕いた。



素敵な美顔を見せたマフディー将軍は口に血をつけたまま、笑っていた。



想定外の表情に拳が止まったメルキータに対して誇り高き将軍は敬意を表したのだ。




「見事だった・・・お前の勝ちだメルキータ・・・どうか我が思いと共に生きてくれ・・・・・・」




 マフディー将軍討ち死にという衝撃の知らせは彼の指揮下であるアルテミシア軍団第三軍を驚愕させたのだ。



やむなく総大将のアルテミシアの元へ退却する事となった不死隊の後ろ姿を城壁から見ている友奈は腰が抜けていた。



 だが第三軍の撤退は白陸だけではなく、天上界南側領土の小国を結果として救う事になったのだった。

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