第4ー17話 女帝の意外な退き方

 平和とは何を定義として言うものなのか。



一度の戦争を終わらせて争いが終わればそれは平和か。



脅威と思える敵を完全に粉砕して未来に危険がなくなると考えれば平和なのか。



敵と見られて排除された側にはなんの正義もなく彼らの平和はどこへ消えた。



 そんな終わりのない議論を頭の中で延々と繰り返している虎白はアレクサンドロス大王のマケドニア軍と離れて白陸軍二千名を引き連れて進んでいる。



目指すはアルテミシアと不死隊だ。



しかしたったの二千名の白陸軍だけで不死隊数万人を倒す事は不可能。



 白くて大きな門に描かれる天使と悪魔の戦いを見上げながら馬上で黄昏れている虎白の隣に竹子が近づくと、透き通る綺麗な声を発した。




「私は虎白の意見をいつだって信じるよ。 不死隊はとても強かったね・・・だから今から倒すんだよね」

「ああ、それで平和が来ればいいが・・・果たして平和ってなんだ・・・」

「答えは一つじゃないよ。 虎白が正しいと思えばそれでいいよ」




 竹子は愛してやまない虎白に自身の考えを話したにすぎなかった。



しかし透き通る声を聞いた虎白は目を見開いたまま、静かに下を向いた。



天上門をくぐり抜ける白陸軍の甲冑がきしむ音と馬蹄のかぱかぱと耳当たりの良い音だけが響く中で虎白は小さく微笑んだ。




「ありがとうな。 何か救われた気がする・・・俺は俺の平和を作ってみる。 民に死んでほしくねえし。 兵士にだって。 そして何よりお前らに生きていてほしい。 そのためには今アルテミシアを倒すしかねえ」




 そう小さく呟いた虎白は前を向くと、不規則に天候が変わる中間地点へと踏み込んだ。



晴天の天候から見渡せる広大な謎多き土地を進む一同の遥か先に見える不死隊の黒い旗を追いかけている。



 すると優子が近づいてくると姉に負けぬほどの透き通る声とあどけなさの残る言動で問いかけてきた。




「それで二千人でどうやって不死隊数万を倒すのお!?」

「千載一遇の好機を見て奇襲する。 最終的にアルテミシアの前にまで行くのは数百名ほどだ。 残りは退路を守れ」




 撤退したとはいえアルテミシア軍団は未だ健在で数万もの不死隊を抱えている。



まともに平地で戦えば壊滅するのは白陸軍だ。



虎白は不規則に変わる天候を武器に雨に紛れて奇襲するつもりであった。



話しを聞いた優子は賢い虎白に驚いたのか、白い手をぱちぱちと叩いて拍手している。



漆黒の旗を追いかけること一時間が経過すると、天候は微かに雪が降り始めた。




「あんまり長いこと追撃していると兵士達の体調が保たねえな・・・」

「そろそろ奇襲する場所を決めようよ」




 冥府に向かって進んでいるアルテミシア軍団の足を止めて、素早く女帝を討ち取れるかが大事なこの奇襲作戦において場所が何よりも重要になる。



すると黒旗は歩みを止めたのか、動かなくなった。



 警戒したまま虎白は主だった面々だけを引き連れて近づいていったが、そこで目を疑う光景を目の当たりにする。



声を発する事すら忘れる一同が絶句したまま見ている光景は何千艘もの船が海上を埋め尽くす光景ではないか。




「これは想定外だった・・・」

「海を進んできたんだ・・・アルテミシアは随分と詳しいよね・・・まるで中間地点を知っているみたいね・・・」




 女帝アルテミシアは大規模な艦隊を有していたのだ。



そして天上界侵攻部隊とは別に数万もの不死隊が船で待機していた事を知った一同は今後の奇襲作戦が絶望的になったと考えていた。



何よりも白陸軍は陸戦隊のみで水上部隊を持っていないのだ。



中間地点の海上で悠々と停泊している冥府の大艦隊をどの様に撃退するのか。



 頭を抱えている虎白の脳裏にも「撤退」の二文字が浮かんでいた。







 この戦争は、白陸だけではなく他にも多くの犠牲者が出ていた。



アルテミシアという冥府の傑物が、海軍を率いていた事で不運にも巻き込まれてしまった者達がいた。



 手漕ぎの木製の船を薄暗い海域の中、進む数隻の艦隊がいた。



先頭の船の船首に立っているのは、短髪が良く似合う細身の女だ。




御父おとうの仇や・・・」




 それはまさに鬼の形相。



短髪が良く似合い、細い体が何ともあどけなく可愛らしい女だが、表情はもはや自身が人間である事を忘れているかの様に復讐に満ち溢れた顔をしている。



 彼女は御父おとうの仇と小さく発したのだ。



そして短髪の女の背後で、船を漕ぎ続けている男共の表情も同様に常軌を逸していた。




「海賊の誇りにかけて刺し違えたるわ!! 冥府のクズ共を海の藻屑もくずにしてから派手に死んだるでお前ら!!!!」




 天上界の社会問題とも言える、海賊行為は海王ポセイドンと配下の海軍による厳しい取り締まりを避けて度々中間地点に逃走していた。



日頃の悪行が祟ったのか、彼女らが中間地点へと逃げた時に偶然にもアルテミシアの海軍に遭遇してしまったのだ。



 女の父親を含む、大勢の海賊仲間達はあっけなくも中間地点の海底へと沈んでいった。



なんとか逃げ切った女と仲間達は、復讐のために再びこの海域へと戻ってきたのだ。



 帰るつもりはないと覚悟している女が、船を進めていると海岸から男の声が響いた。



激しい雨音にかき消されつつある声であったが、何度も響く声を気にかけた女は艦隊を海岸へと近づけると、大勢の人影を確認した。




「冥府のクズや!! 殺したれ!!」

「おーいお前ら誰だ!? 俺達は天上軍だ!! 不死隊じゃねえだろ?」




 海賊衆は陸地へと飛び移ると、復讐心を爆発させて迫ったが、目の前にいたのは人間ではない男であった。



白い狐の耳を生やしている男は、困惑した表情であったが敵意はなかった。



 女は背中に背負っている鞘に刀を収めると、人間ではない男が誰なのか尋ねた。




「俺は鞍馬虎白だ。 なあ船に乗せてくれ!!」

「あたしはことって言うんや。 天上軍とは無縁の海賊ですわ。 乗ってもええけど死ぬで?」

「死ぬわけにはいかねえ。 俺に作戦がある」



 偶然にも虎白と遭遇した琴という女海賊は、父の復讐に出ると話していた。



対して虎白達も、危険な冥府軍を撃退するためにこの異常な土地へと来たのだ。



奇妙な利害の一致を果たした天上軍の皇帝と天上界のはみ出し者の娘は、共通の目的の撃破へと乗り出そうとしていた。



 しかし虎白の腕を掴んで、正気なのかと顔で問いただしている竹子が首を静かに振っていた。




「無謀すぎるよ・・・敵は海軍だよ・・・これだけの小舟では全滅してしまうよ・・・」




 まさに竹子の話す様にアルテミシアと不死隊は、何千隻もの艦隊を有しているのだ。



たったの数隻しかいない琴の海賊衆で、突撃を行えば結果は誰でもわかる。



 しかし虎白は考えを変えるつもりもなく、乗り込もうとしているではないか。



必死に止めようとしている竹子であったが、肩を触られる感覚と共に振り返るとそこには夜叉子が落ち着いた表情で立っている。



「ここで撤退しても勝ち目はないでしょ。 奇襲して総大将を殺すしかないよ。 死ぬかもしれないけど覚悟の上でしょ?」




 夜叉子の瞳は冷酷なまでに凍りついているが、どこか言葉には暖かさもあった。



死ぬのは覚悟の上だと話す夜叉子は、まるで長旅を終えた者の様な満足感に満ちた表情にも見えた。



 彼女からの言葉を聞いた竹子は黙り込んだまま、虎白の顔を見ていた。



すると夜叉子は落ち着いた口調で虎白に語りかけた。




「いいよ。 私は一緒に行くよ。 あんたの考えを最期まで信じてみる」

「俺は死にたくねえ。 必ず生きて帰る。 お前らと夢の先を見たい」




 戦争のない天上界。



その夢が叶った先に待つのは、何だろうか。



知るためには行ってみるしかないのだろう。



 虎白は竹子や夜叉子など、大切な存在達と夢の果てまで生きていたいと話した。



夜叉子が船に乗り込むと、竹子も薄暗い大空を見上げて大きく息を吸い込んで、乗船したのだった。



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