第4ー14話 美しい者こそ要注意
物事とは想定外な事態が起きる事によって順調に動いていたものが崩れ始める。
人は計画していた事が順調に進むと安堵感を覚えるが、まるで想定していない事態に陥れば恐怖や苛立ちを覚えるのだ。
乱戦の果てに自慢の精鋭を持って天上軍を粉砕しようと考えているアルテミシアの側面に突如として横槍を刺されば息苦しくなるのは明白。
夜叉子指揮で森に隠れている奇襲部隊は当初の二百名から山賊衆の合流によって七百名にまで膨れ上がっていた。
薄手の鎧の帯に差している扇子を取り出すと森の外へ向けた。
「敵の側面を食い破ってやりな」
この状況においても淡々と話した夜叉子の命令に従順に従った虎のアニマノイドであるタイロンと荒くれ者の人間達は森を一斉に駆け出した。
天上軍に集中している冥府軍は側面攻撃に慌てた様子で部隊を横に動かしているが、既に手遅れというものだ。
タイロンが不死隊に飛びかかると、髑髏の仮面を噛み砕き顔を食い破った。
山賊衆もそれに続き不死隊に襲いかかるが、兵士とはかけ離れた戦い方であった。
不死隊に砂を投げかけると数人で取り押さえて八つ裂きにしているではないか。
山賊衆である彼らには武士道も騎士道もないのだ。
「いいよあんたら。 好きなだけ蹂躙してやりな。 連中がやった様にね。 後でごめんなさいなんて都合良すぎるからね」
側面攻撃を受けて抵抗する間もなく蹂躙されていく不死隊を冷たい目で見ている夜叉子が思う事は冥府軍襲来時に殺された罪なき他国の民達の事だ。
アルテミシアは命令が行き届かず、無能な将軍が行ったと謝罪をしたが殺された民の無念は晴れるはずもない。
夜叉子はまるで復讐でもするかの様に混乱する不死隊を部下達に殺させている。
突然の奇襲に浮足立つ不死隊は次々に倒れ、虎白達の白陸本軍に合流するほどの勢いで乱戦奥深くにまで進んだ。
だがそれは夜叉子の元にも現れたのだ。
部下の奇襲を見ている夜叉子の元に乱戦の中から飛び出してきた不死隊の精鋭である暗殺者は白くて細い喉を掴むと地面に押し倒して馬乗りになった。
隣にいたお初が即座に首を斬り裂こうと短刀を抜いたが、お初に向かって別の暗殺者が飛びかかったのだ。
倒れている夜叉子に向かって短剣を突き刺そうとしている暗殺者は次の瞬間には動きが止まった。
髑髏の仮面の下で目を見開いている暗殺者は目線を自身の腹部にやると短刀が突き刺さっているではないか。
「弱いとは言ってないんだよね。 戦うより考えたい派なだけでね」
夜叉子は首を掴まれて空中に浮いている僅かな時間で短刀を抜いて不死隊に突き刺していたのだ。
激痛と衝撃で絶句している不死隊の横腹に深々と手を添えて突き刺すと、たまらず転げ落ちた。
立ち上がった夜叉子は短刀を腹から抜くと、喉を斬り裂いた。
「もう十分だね。 退却するよ」
まさに破竹の勢いという状況において夜叉子はなんと退却を命じたのだ。
山賊衆の合流という事態に困惑していた白陸兵はまたしても困惑する事になった。
やむなく命令に従った白陸兵は夜叉子の細い背中を追いかけて森の中へ退却したが、森の中には彼らを誘導する様に山賊衆が立っている。
「ここは通るな。 右に進んで仲間に出会ったらそれに従え」
山賊衆が立っている場所より後ろに入るなと話す彼らの言葉に従った白陸兵は誘導されるまま、森を進んでいった。
一方で森へ退却した夜叉子は押し倒されて汚れた着物についた砂を丁寧に払っている。
お初とタイロンが戻ってくると森の中から冥府軍を見ていた。
「連中は私達を追ってくるよ」
「だろうな。 これで虎白達から戦力を分離させられるといいが」
「はいお頭椅子にお座りください!!」
そう夜叉子が話した様に不死隊の一部が乱戦から離脱して森を目指して進んできたのだ。
タイロンが出した椅子に座って水を飲んでいる夜叉子は冷静な表情で迫る不死隊を見ている。
やがて奇襲に苛立つ不死隊が森の中へ入ってくると、山賊衆が足早に動き始めたのだ。
何事かと休みながら様子を見ている白陸兵達は目の当たりにする光景に言葉を失った。
不死隊が森の中へ勢い良く入ってくると、地面が突如消えたかの様に一斉に奈落へと落ちた。
穴の下から聞こえるうめき声だけが森の中で響いている。
これは夜叉子が前もって仕掛けていた落とし穴という事だ。
つまりこの夜叉子という女は開戦前から部下を森に配置して罠を設置する作業を行わせていたというわけだ。
「まあ考える派だからね。 敵を引き付けて罠にはめる事で足止めになるよね。 後は虎白達が勝てれば文句なし」
戦場で部隊の一部が離脱して動けなくなるという事がどれだけ痛手なのか。
虎白の命令は敵を奇襲しろと命令しただけだ。
だがこの夜叉子という女は奇襲して混乱させるどころか、一部隊まで引っ張り出して足止めしているのだ。
静寂を保つ森の中で息切れをしている白陸兵の吐息と罠にはまり苦しむ不死隊のうめき声だけが奇妙に交差しては消えていくのだった。
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